思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

中々

2017-08-31 16:55:01 | 日常
昨日O野君と話したのだが、彼とは中々話が合うように感じた。というより、シュールなものへの憧れが近いように思う。結局、シュールやダダはアナキズムから派生したものだそうで(確か日本ではアナボル論争で敗北したアナキスト達から発生したとかなんとかって話らしいよ?)、その根底には既存の価値観を破壊することが目的にあるだろう。新しいもの、自分だけのものを創出する為にはやっぱりそう考えざるを得ないところもあるわけで、そんな方々の刺激になるものが色々な分野の「訳のわからないもの」なんだろうね。
  それにしても「あぶらだこ」を知っているのは驚いた。確かにあれはぶっ飛んでいるし、売れそうな気がしないのだが、妙に癖になるものがある。是非、灰野敬二の「滲有無」を聞いて笑ってもらいたい。
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今日

2017-08-30 08:46:06 | 日常
久々に学校へ。教職は辛いものだ。五限分あるらしいのだが、本当なのか?  本当に同じ講義で護岸もやるのか?  またまた、3時頃に終わるに違いないと思い込みたがっているのだが、果たしてどうなることやら。
  小説は前回載せた骸骨のものを書いているのだが、大きく軌道修正をした結果、これまた全然進んでいないものの、修正前に比べれば幾らか描きやすさを感じる。もう一つの気休めは完全に置いていってるが、あれもまた軌道修正しなければならないものなので、今のものを片付けなければ進まないだろう。多忙の末書いた長ったらしいものも軌道修正しないと満足しないだろうし、ともかく今年は来年以降に繋がる種を蒔いている感覚だ。
  自分でも意外に思うのだが、この夏休み十分休めているとは言い難いものの、少なくとも横になっている日々が続いていたのだが、むしろ、小説を書く気が進まなかった。どうも忙しくなればなるほど感覚が鋭くなるらしい。今日から三日間続く講義で少しは尖らせられると良いなと思いつつ、本当に五限か?  と疑問に思いながら大学へ到着した。はてさて。
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お涙頂戴

2017-08-28 15:03:31 | 日常
最近、24時間テレビが放映されていたそうだが、僕も少しだけ焼肉屋でその様子を見た。ちょうど、義母が義母であることを告白する場面だった。
  正直、これまで24時間テレビというものを見た記憶がほとんどないのだが、昔から色々と批判はあるらしい。偽善と言われたり、偽善でも善だろうと言われたり。それはどちらでも良いのだが、僕が言いたいのは、お涙頂戴で素直に泣けるほど馬鹿じゃねえよって話で。
  それはテレビだけの問題ではなく、あらゆる媒体、作品もそうだ。泣ける作品というのはそれだけの構成を持っていて、泣かせるような工夫を凝らしている。ひねくれたやつは、どうしてもそのコンテンツを正直に楽しめず、「ははーん、そうやれば泣くと思ってるんだな」みたいな見方をする。同じように、笑いや怒りもそうだ。炎上商法、コント、お涙頂戴、どれもちゃんと狙ってやっていることは当然。
  しかし、僕は炎上商法もお涙頂戴もあんまり好ましくは思えない。商売としては悪くないだろうし、報道メディアの稼ぎ方なんて煽らないことにはやってられないだろうから仕方ないけど、どうも大衆を馬鹿にしているだけのような気もする。もちろん、馬鹿は泣くし、怒るわけだが。正直、こう考えさせることすらも、掌の上に過ぎないのかもしれないが、全く面白くないね。
  だが、自分が何かしらの方法で稼がなければならない時、それらの方法は一定以上の成果を得られるような気もするから、どんどん用いるだろうと思う。要するにご老人さえ騙せれば金は入るだろうし、仮にそのメディアをテレビとするなら、老人のテレビへの信頼感は他の媒体よりも強そうな気もする。
  若い方々に金を使わせるなら、やっぱり狙いどころは英雄なんだろうな。三次元でも二次元でも、バンドマンでもアイドルでも俳優でも、視覚的な要素で気に入られれば関連して物が売れそうな気もする。若い方々ほど無神論者だと思うので、それだけお気に入りのコンテンツを信仰してくれると思うんだよなぁ。
  まあ金の話はともかく、煽るようなやり方はどうにも気に入らないね。ただそれで成り立つ部分もあるので、批判をしてもしょうがない。遠くからぼんやり眺める、ぐらいでありたいね。
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煙草

2017-08-26 03:14:42 | 日常
このブログを読まれる方々は大抵僕が喫煙者なことは分かっていると思われるが、それは大抵気まぐれなものに過ぎず、依存はしていないと思っていた。しかし、どうもそういうわけでもないかもしれないと近頃思う。
  勿論、吸わなくても生活はできるし、吸わないと手が震えるわけでもないのだが、ただ一点だけどうしようもないことが分かってきた。それは脳がぼやけてしまうことだ。
  このぼやけるという表現は少し危うい気がするので、少し表現を変えるが、僕は一点に集中することが苦手な人間なので、それを整える為にはニコチンが必要らしい。近頃は小説を読んだり、漫画を読むことには全く問題のない日々なのだが、書くことにはあまり身が入らない日々が続いている。そこで久しぶりに吸い始めたが、普段のふやけた脳内が少し締まっていくのを感じる。これがどうも僕にはあまり良い影響を与えないような、いや、ある意味とても良い影響とも言えるのだが、何とも言えない状態に違いない。
  少なくとも、読む時の神経と書く時の神経はまるで異なることが分かった。構想を練るとか、どんなものを作るか考えること自体には、別に煙草は必要ないのだが、いざ書くことになった時、自分の調子を保つには少し脳を痺れてなければならないらしい。
  疲れにも良い疲れの悪い疲れがある、とくだらない小説を書いている時にそんなことを書いたのだが、全くその通りだとつくづく思う。最近は恋人の看病に明け暮れる日々が続いているのだが、難しいのは、この恋人は自己犠牲的なところが強すぎるせいで、自分の価値を見出そうとしないということだ。体調不良でも頑張ろうとすれば、それだけこちらも神経を使うことになる。どのような状態であれ、恋人同士というのはある程度共依存するものなので、自分の体調不良を気にしないということは、結果的に相手の体調も気にしていないことになってしまう。
  それは別に恋人同士でなくても、人付き合いの中ではよくあることだろう。自分が嫌なものを嫌と言えないのは、結果的にその嫌な雰囲気を相手に伝えかねないことになる。そんな雰囲気を見てしまうと、一々こんなことにも神経を注がなければならないのか面倒くせえやつと思ってしまうこともある。気を使っているうちは相手も気を使うということだ。他人なんて大抵それで良いとは思うけども。
  ともかく、健康な肉体には健康な肉体しかないので、僕らはなんらかの方法をもって精神の健康を獲得しよう。ということで一服。夜は人気がないので歩き煙草ができる。水溜りに浮かぶ街灯の白い光に向かって吸殻を落とすのも、中々面白いものだ。実際は携帯灰皿に押し付けるわけだが、そんな簡単な想像もニコチンのおかげかもしれない。ニコチンバンザイ。
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短文感想③最終兵器彼女

2017-08-24 03:53:42 | 短文感想
こんな夜中に最終兵器彼女を読み終える。中々一巻から飛ばすというか、展開の重さに驚きつつ、柔らかい絵の雰囲気が出せる日常と、本来の現実の重みが面白かった。何より楽しめるのはその細かい心理描写だ。SF作品の楽しみ方は分からないが、少なくともこれはスターウォーズのような楽しみ方をするものではなく、あくまでも恋愛物語として読むものだろう。
  もちろん心理描写の根底には、SFというか、終末的な世界観というか、それらの事情が絡んだ上でのものとなっているので、気になる方は何らかの方法で読んでみよう。近頃は色々な方法で読めるのでね。
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