思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

今日のメモ

2017-06-16 19:28:12 | 日常
文学の地位は第一次大戦後に向上した。それは商業とは切っても切れない関係だった。
  それまでの大御所作家ですらも700部しか売れなかった。芸術家としての小説家のあり方の論争が起こり、近松秋江や生田長江が批判されるようになった。そこで現れた志賀直哉が、まさに求められていた文学写像だったので、志賀直哉を頂点とするヒエラルキーが形成された。
  一方、芸術家のあり方の中にも、徳田秋声は、描く意義を込めつつ通俗小説を描いてもいいんじゃないか?  と提案する。その言葉通りの作家が島田清次郎の地上第1部だったが、それも一部までだった。また、素行が悪かったことも相まって、文壇からはあまり見向きもされなかった。
  面白いのは、通俗小説の売り上げとそうではない小説の売り上げとでは、十倍以上の差があったこと。昔から純粋文学と呼ばれるものは、少数派で、いそいそと書いていましたとさ。ただ、日本文学全集を発刊するときに、裕福になったものの、その後全く売れなくなったので、やっぱり生活は苦しくなりましたとさ。めでたしめでたし。
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