思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

期限

2017-08-15 20:35:29 | 日常
期限のある方がやる気が出る場合と、そうでない場合がある。たとえば、今、竹多を目指している方々は残り一月を切っていたはずなので、それに合わせてせっせと執筆に取り組んでいるに違いない。
  そういえば、思い返してみると、竹多に作品を提出したのは七月頃だったような気がする。何となく良いものができた気がしたので、その勢いのまま提出した。選評にも指摘された通り、荒削りな箇所もあったが、それまで書いてきた中ではまずまず読みやすかったと思う。
  竹多について書くと、僕の考えとしては、優秀賞までなら、どのような作品が好まれるか等は気にしなくても良いだろう。技巧を備えた上で、それなりに読みやすければ、ある程度評価されると思う。先生曰く、応募作品は詩人が多いらしく、もう少し小説が送られると嬉しいとのこと。
  この詩人とは、恐らく技巧を備えているかどうかを指摘しているのだろう。もう少し細かく書くと、ありのままの事実を基調とした作風と、虚構を絡めて主題を定めた作風と、恐らく前者のことを指摘しているらしい。前年の作品は正直僕自身あまり読んでいないのだが、介護の話や地元の話、家族の死の話等、実話に近い作風として構成されていたように思う。少し気になったのは、それと付随するのが文体の問題で、結構な作品が似ているように感じた。もちろん、ありのままの事実に比重を置いた作品ならそれでも良いと思うのだが、あくまでも構成に意図を作る必要があるだろう。
  今年はあの学校の人がどれぐらい応募するのかは分からないが、誰が何の賞を取ったからといって、そう誇れるものではないだろう。それは残念ながら、そう応募作品の質が良いわけではないからだ。もちろん僕の作品も含めて。あくまでも、スタートラインに立てるような気分を味わうとか、何となく小遣いを稼いでみるとか、そのぐらいの気楽な気持ちで応募してみよう。と書いてみたが、応募した当時としては、応募した数週間は結果が気になって仕方がなかった。
  ともかく、評価される傾向は気にせず、自分の持ち味を出すことが大切だと思う。もちろん、あくまでも詩ではなく小説を書くことが大切だ。
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