思考ダダ漏れ

なんとなく書こう

夏の兄弟

2017-07-19 12:57:34 | 断片・詩・構想・屑
これも古いものを書き直したもので、特に展開も変わっていない。不条理なもの、以外の説明はできない。これは元々、悌二と禎一としていたのだが、書き直す過程で一人称にした。元々これを次の作品集を作る時に入れようかと思ったりしていたんだけど、やっぱり古いものは古いものとして、こういうところに放り捨てた方が良いと思ったので、晒しておこうと思う。



僕の陰気な遊びに、兄はもはや我慢ならなくなった。男ならば身体を動かせ、と幾ら叱咤されても、僕は相部屋の子供部屋に篭っていた。三原色の色硝子が詰まったビー玉を木箱へ入れ、左右に傾けては、それらが互いにぶつかり合う様を、図鑑でしか知らない超新星爆発と重ね合わせていた。そんな遊びが湿っぽい部屋で行われていたのが、また、悪かったのかもしれないが、それにしても兄の怒り方には異常なものがあった。
幼い頃の僕ですら、その兄の怒りの性質に、八つ当たりが含まれていることはよく分かっていた。八つ当たりが何によるものだったかは知りようもないが、少なからず、ビー玉遊びのあの不毛な様、何度も繰り返される様が彼の神経を逆なでしていたのは間違いないだろう。ある時、その遊びはいつまで続けるのかと尋ねられたことがある。僕は嫌味ったらしく「いつまでも」と答えた記憶がある。その時の兄の顔は思い出せないが、腹の底は今でも容易に想像できる。思えば、その言葉以来、兄は僕に辛く当たることが増えていった。
ある夏の午後だった。その日は、僕の十一歳の誕生日だった。両親は夕食の材料を買いに出掛けていた。僕は兄が一週間ほど前に誕生日に新しいビー玉と木箱をくれると言っていたので、早くそれをくれないものかと楽しみに待っていた。しかし、いつまで経っても兄は何もしてくれなかった。普段、僕から兄に話しかけることはほとんどなかった。その習慣のせいか、兄に話しかけること、催促することが酷く恐ろしいことだと思えてならなかった。とはいえ、欲望は今にもはちきれんばかりに膨らんでいた。僕は機会を伺っていた。兄は部屋を出ると、冷蔵庫から麦茶を取り出していたので、そこで声をかけた。
「あの」
僕の声は明らかに兄を不愉快にさせた。兄自身その声が誕生日に対する催促だということもよく分かっていたせいだろう。これまでも発散しきれなかった怒りがこの一声によって解放されたようだった。
「箱とビー玉持って庭に出ろ!」
僕はその突然の怒号に怖気づいて、すっかり言いなりとなってしまった。両親はそんな時助けてくれたのだが、今は居ないばかりか、その存在がまた兄を怒らせていたので、今この状況は兄にとって幾らでも都合が良かったはずだ。僕は何をされるか分からない恐怖に動けなくなっていた。兄はそんな僕を見て、早くしろと怒鳴った。
西日が地面に向かって塀と僕の影絵を作っていた。額の脂汗が鼻の溝を通って、顎先から垂れ落ちていった。絶え間無く響く蟬の声が脈拍を早まらせていた。僕はビー玉を入れた木箱を持ったまま、しばらくそこに立っていた。
「待たせたな」
渡り廊下に立つ兄の手には金槌が握られていた。その隣には漆の箱が置かれてあった。兄の表情は明らかに僕への敵意を向けていた。
「お前は新しい箱とビー玉が欲しいのだろう?」
「はい」
「なら、この箱をやる。だが、過去は捨てろ」
兄は金槌を僕の前に放り捨てた。
「これで箱とビー玉を壊せ。壊さねば許さん」
「何を許さないのですか?」
「お前は癪に触る。その苦しみはお前の苦しみをもって喜びに変わるのだ! 壊せ!」
 僕は金槌を握り締めたまま動けなかった。兄はその様が益々憎たらしく思い、お前の頭でもかち割ってやろうか? と低い声で怒鳴った。僕は金槌を振り下ろした。硝子の割れる音が響いた。一が鳴ると、二、三と規則的に鳴り響いていった。兄は僕を睨みつけていた。すべてのビー玉を割り終わると、木箱だけが残った。僕はその箱を壊すことに躊躇った。僕はこの箱さえあれば、また宇宙を作り出せるに違いないと思っていた。僕は無表情のまま涙一つ浮かべず、ただ、箱を見つめていた。僕の影はいつの間にか、塀の中へ呑み込まれていた。
「貸せ!」
兄は金槌を取り上げると、勢いよく木箱へ振り下ろした。鈍い音が鳴った。それから何度も何度も振り下ろし、遂に箱は跡形も無くなってしまった。兄は金槌を放り捨てると、漆の箱をそのままに部屋の中へと戻っていった。僕は込み上げてくる感情が何か分からなかった。
僕は箱を放り投げていた。宙に散らばったビー玉の鮮やかな色彩に一瞬眼を奪われた。しかし、それが何故だかこの時の僕には不愉快だった。僕は金槌を拾って、ビー玉に振り下ろした。歯切れの悪い音がした。それが益々僕を不愉快にさせた。次は勢いよく振り下ろした。今度は痛々しい音がした。僕はもうそれがどんな音を鳴らしても構わなかった。
何度も何度も振り下ろしていくうちに、叩けるものが無くなってしまった。僕は塀に向かって金槌を投げつけると、子供部屋に戻って、膝を抱え、瞼の裏の宇宙に語りかけた。兄は僕のその様子が、益々気に食わなかった。
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