雨音は優しくて

いつか見た青空、瞳の奥にある太陽、今、歩けることが幸せ

何処へ、終の棲家を求めて

2017-08-13 17:41:18 | 生きて行くこと

<何処へ、終の棲家を求めて・前編、私小説>
こんなはずではなかったと、日々痛む眼を気にしながらも心の奥底でうずく思い、ぬぐい去る事が出来ないあの事、この望みを叶えた時、他人はたぶん私を非難するのだろうか、そんなとき私の心が重く、不安になる。

けれど、もう走り出して、止めようもなく、又、留まったとして、果たしてそれが正しい道なのだろうか、迷いだけが際限なく広がり行く、私という人間の精神の弱さが夜の闇を悪魔にかえて「誘惑の手が伸びて、禁断の妙薬」を、口にして眠りにつく、今日も、明日もだろうか、たとえ、医師の処方、合法的な睡眠薬であったとしても今の私の体には悪影響なのは確かな事、睡眠薬は飲むまいと、硬く心に約束した筈なのに、そんな小さな決心さえも守れない今の私だった。

我が相方、御年70歳代も終ばんを迎えて、益々頑固さに磨きがかかる日々、けれど、今、私はこの人で良かったと心から思う、我儘な私に付き合ってくれた歳月を顧みると、あつい思いで感謝、この言葉しか思いつかない。
けれど、人間は、私は欲張りだ!

私の心の奥底に潜む欲望「終の棲家は此処ではない」そのことが常に頭の中で叫びつづけた。
そして、決心し、行動に移すが、わが相方の頑固な一言「嫌だ、ここから離れるなんて出来ないの、いってん張りの赤鬼顔がけそうして火を噴きそうに怒り出して、私の話を聞こうともしない、相方のあまりにも強い抵抗に、何度も、何度も、諦めてこのままここに住み続けようとしたけれど、つづけざまに起きる<お風呂、トイレ、などの故障>

家の中は物であふれて、今にもつぶれるのではと、思えるほどの宝物?(相方は多趣味なので宝だと言うが、私には、物が多くてあふれ出たお化けのようにしか見えない)

とっくに老後の域に入ってるけど(相方は後期高齢者)老後の日々を、そして、この世界から去った後のことを考えると、今しか無い、行動に移すのは今この時しかないのだと、わが相方にわかってもらう作戦?に移して・・・

≪わかった、理解したの返事を頂いた!≫

そこまでこぎついた頃には私は疲れ果て、廃人寸前の病人だけど、それからの日々不思議なほど私の体は動いてくれるだけど、時には血圧が180にもなって頭痛、私はこのまま死を迎えるのだろうかと不安にもなるけれど「今は去ることは出来ないと祈ると不思議と元の私に戻っている」

恥をしのいで我が家の見学していただき、有難いことに我が家を買っていただける方を紹介してくださった「P社のNさん(私の住む地域では大手の不動産会社)この方との出会いが幸運を運んできてくれたと思う、何度かの電話で相談はしたけれど「相方の強い反対にあい諦めて」電話を置くの繰り返しで・・・

やっと相方のお許しをえて、行動に移して巡り会えた方がNさんだった、7月の異常な暑さの中、我が家の良いところをアピールして頑張ってくださり、良い方に買っていただける事になり、有難いことです。

家や土地の売り買いはNさんにとっては日常の仕事であって、普通の事なのでしょうが、私どもは非日常、特別で生涯をかけた事だから不安も募り、Nさんがお休みであったとしても電話して確かめてしまう、そんなことも多い、電話のむこうでNさんの言葉に安心する私がいて、明日という日を迎えられる。

50数年住み慣れた地を離れる事は相方にとって言い知れぬ戸惑いや不安が大きい事だろう、これからの日々は相方の思いに寄り添って生きて行くとわが心に誓いながらも、価値観の違いでいらだち、口げんかになるけれど、そのあとの居心地の悪さから、私は間違ってはいないと思いながらも「さっきはごめんなさい」とあやまってしまうのがいつもの事、最近は「ごめんなさい」が多くなった気がする。
けれど、長年の夢だったことが少しづつ近づいて来る気配!

それは、何処へ・・・・・・・・・(後編へつづく)



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