キュヴェ タカ/Cuvee Taka

椿庵酔哲「湘南隠居日記」-散歩・読書・酒、時々釣り-

時間を整理する

2017-06-20 | Weblog
午後、納戸の整理をしてジャケット2着を棄てる。
毎日1時間整理をすることにした。
その方が奥まで手が入り、何が何処にあるかハッキリするし、本来入用なものを棄てなくてすむ。

夕方、下の息子に誘われてSeven-Elevenの脇を上がり、豆友の前を通り、東海道を横切って萬寿屋の路地から海へ向かう。
プールの脇の公園から海を眺めたが、風波で荒れていた。
めぐみ幼稚園の路地を通り、駅前の交差点方面へ歩き、「みせ吉」で最中、饅頭を買う。
橋上駅を越えて二宮駅北口に出て、旧秦野街道を北へ歩く、古沢印刷を右に曲がり、秦野街道へ出て、やや北上し元町憩いの家の脇を登り秋葉山の頂上の方へ向かい、秋葉神社手前から南へ下る。
寝不足二日酔いで急な斜面を上ったせいで体調が悪くなり、身体がふわふわする。

どうにか家にたどり着き、牛乳、プリン、饅頭、最中、麩菓子、煎餅、トマト、ソーセージを食べる。
久し振りに朝夕と二度歩いたので腹が減ったこともあるだろう。
そのまま晩飯となり、ムツ煮、がんもどきと夏野菜煮、厚揚げ焼きを食べる。
小さなムツだが10匹ほど食べる美味。

母と話をしながら時間をすごし、母が寝た9時からは娘と二人で「きょうの料理」アボガドの麻婆、かき揚げ、炊き込みご飯を観る。
大学を出てSMに入り果物を売ったが、当時アボガドは森のバターといわれ、山葵醤油かカルフォルニア巻きで食べるのが定番で、最近のように熱を入れて食べなかったなあと40年前を懐かしむ。

風呂に入り、さっぱりしたところで西部邁「生と死、その非凡なる平凡」を読む。
テレビでは独特の風貌と物言いで取っつき難い感じがするが、道産子ゆえにかピュアな心を持ったオッサンで、胸に迫る心情を吐露していて心洗われる。

今朝は4時半に起き、5時になったので台所へ降りていったら、娘が朝飯を食べていた。
今日からヤマト宅配便で、朝の仕分け作業のアルバイトをやるので早起きしているのだ。
6時から9時までの仕事らしい。

娘は簡単なもので朝飯にしていたが、私は久し振りに朝飯の支度をした。
豆腐の味噌汁、これは削り節の臭みがでないように低温で出汁をひいたが、味が上手くのらなかった。
ピーマンの千切り炒め、ウインナーソーセージ焼き、胡瓜の糠味噌漬け、昨夜の残り物のムツの煮付け、夏野菜煮。
お茶とご飯を仏壇に供え、花の水を換えて線香を上げて娘の仕事の無事を願う。

6月初めに腰を悪くして寝たきりになり、足腰の痛みで寝付かれず夜更かし朝寝坊となってしまったが、本来寝つきが良く、零時前に横になった瞬間に眠りに就いていたのだが、昨夜は11時過ぎに横になったと思ったら次の瞬間5時前であった。
これでようやく本来の生活パターンに戻った、さてバリバリ好きなことをやりまくろう。

6時に2階へ上がり朝の読書をする。
西部邁「生と死、その非凡なる平凡」を読了する。
前半を数か月前読んで西部邁という人は瑞々しい感性があの風変わりな風貌と物言いに隠されていることを知ったが、後半を読んでその大部分は亡くなった奥さんのことを書いたものであったが、その純粋な愛情は北の大地が育んだものだとあらためて感じ同時に痛く感動した。
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