キュヴェ タカ/Cuvee Taka

椿庵酔哲「湘南隠居日記」-散歩・読書・酒、時々釣り-

井伏鱒二のDNA

2017-06-16 | Weblog
小沼丹「小さな手袋」を読了したが、小沼丹のことをどのようにして知ったのだろう。
地味だが優れた短編と随筆を書く作家として何処かで誰かの文章から知ったのだが、小沼と親しかった庄野潤三の本だろうか、あるいは地味な私小説家を好んでいる坪内祐三の本であろうか、何れにしろ身の回りのことを書いて深刻にならずに深淵な人間の生を簡潔で優しく、何処かユーモアを感じさせる、じっくりと読むに値する文筆家だ。
井伏鱒二の「駅前旅館」か「荻窪風土記」でのんびりしたユーモアというものを堪能し好きになったが、この人を私淑する庄野潤三や小沼丹にはそれぞれの個性の違いはあるにしろ同じようなムードがある。
この本は7,8年前小沼丹を知り染めたころに何冊かまとめて買い求めたものの1冊で、この人のものはほとんど講談社文芸文庫でしか手に入らなかった。
推理小説「黒いハンカチ」が1冊、推理文庫で出ていてそれは買い求め読んだが、講談社文芸文庫の数冊については流し読みをした程度で、じっくりと読んではいない。
本書も最初の「猿」については読んだ記憶があるが、それだけで後のほうは全く手つかずだった。
今回、庄野潤三が何度も小沼のことを書いていて、魅力的な文章で特に随筆が良いと勧めているので、読む気になった。
後半から読み始めたが、「猿」へ戻り読了した。

小沼は三鷹市に住んでいたので、当時は武蔵野の面影が残っていたのだろうと思うが、庭に植木をかなり植えている、そしてその樹について書いている。
その一つに「栴檀」があるが、栴檀を知人からもらって庭に植えたが、一向にいい香りがしない。
実は栴檀と云われる木は2種類あり、「栴檀は双葉より芳し」の、大成する人物は生まれた時から(発芽した双葉のころ)芳香を放つのは、実は栴檀ではなく白檀であり、もう一方は樗(おうち)である。
ちょっと不満を持ちながら、この樗を庭に植えたのだが、あるとき花が咲いたのを発見し、熟した黄色い実や、葉が落ちた後まで残る枯れた実に対して愛着を感じるようになる。
後の随筆でこの樗が枯れてしまったことを書いている。

「西条さんの講義」では、詩人志望の友人と英文科1年の時に仏文3年の西城八十の講義を聴きに行く。
友人が「砂金」の作者の西城をなんとなく見たかったのだろうと推測しているが、本人も見たかったのであろう。
当時は仏文には6,7名しかおらず、君たちは仏文科?と誰何され、仏文の1年と答えてどうにか聴講するが、講義が終わり仏文新入生歓迎会の話が出てドギマギしてしまう。
最近また文学部の人気が低迷しているらしいが、私が大学生だったころの仏文は大所帯で誰が講義を聴いても教授は意に介さなかった。
それにしても西城八十の講義が聴けたとは羨ましい。
最も私は「砂金」に興味があったわけではなく、歌謡曲の作詞家として大いに興味があったのだが。

「ウオルトンの町」では「釣魚大全」のアイザックウオルトンの生まれた町スタツフオオドをロンドンからスコットランド旅行の途中で寄って、ビールを飲んで昼飯を喰っている。
小沼は半年間ロンドン郊外にいたことがあり、車で友人と娘と出かけている。
先ずはBear Innというパブでビールを半パイント飲む、ここはかつての旅籠で裏に厩がある。
そこの親父に昼飯のレストランはどこがいいかと聞く、親父は待ってましたとばかりにOld Ye Soup Kitchenを紹介する、ウオルトンに因んでというわけではないが魚料理をスープのほかに頼むが、やっぱりウオルトンに敬意を表しているのではないか。
魚料理は美味かったらしい。
教会に寄ってうろうろしていたら、別のパブの親父に一杯やっていけると誘われるが先を急いだ。
この街は明るくて親切な人が多いような気がすると書いている。

ウオルトンは51歳で隠居生活に入り釣りに専念しているが、そのくらいの年齢で仕事をやめないと趣味のほうでもう一花咲かすことが出来ないなあと感じている。
釣りをやりたいのだが、ウエーディングすると冷えて身体に悪いし、それより腰を痛めて釣どころではなくなっている。
この町のBear InnとOld Ye Soup Kitchenが今もあるのか調べてみたが、The Bear GrillとThe Soup Kitchenというのが共に英国国教会の近くにあるから、業態を変え、名前を変えて今も生き残っているのかもしれない。

朝から気持ちよく晴れていい天気であった。
午前中は自嘲して、テレビで沖縄の芸人の番組を観たり、書き物などをして過ごした。
昼、ミックスサラダとトマトとベーコンのスパゲティ、アイスクリーム、紅茶を飲む。

1時からは「ミニヴァ―夫人」1942年アメリカ映画を観る。
第二次世界大戦下のロンドン郊外も街で暮らす一家の話で、長男は空軍パイロットとなりいわゆるBattle of Britainを戦う。
映像の中でスピっとファイヤーとメッサーシュミットが出てきて少し興奮した。
実践機を観るとどうしても冷静ではいられない。
父親は個人所有のボートを使い孤立した英国兵の救出に向かう。
息子の新妻がメッサーシュミットの機銃掃射の犠牲になる。

戦火のさなかに花のコンクールが行われる、菊などの花の後に薔薇の表彰が行われるが、貴族のバアサンと平民の駅長との争いになる。
大学時代花卉園芸で高名な所にいたので、友人の何人かは英国王室植物協会の会員になっているが、英国は花の栽培が盛んで生活の中の大きな位置を占めていたことが分かる。

足腰の具合が回復してきたので、風呂に入ってから娘の買い物に付いていった。
歩いて5分のセブンイレブンで、娘がファックスを送り、私は仏壇への供物、母へのスイーツ、柿の種を買い昨日発見したカードを使うが、キーコードの入力が要らないのに驚いた。
しかしどうやって他人の使用を防ぐことが出来るのだろう。

靴屋に行き、娘が修理に出していたサンダルを引き取る。
大学に入った時、すなわち8年前に買って履き古した10,000円のサンダルを5,400円かけて直したわけだが、8年使えばもう単なるものではなく魂が入り込んでいる。
直したところで新品のようになったわけでもなく薄汚いままだし、今後どこまで持つのか知れないが心を込めて大切に履くべきだ。

駅前の果物屋に行き、枝豆、胡瓜、グリーンピース、アスパラガスを買う。
2週間近く家にいたので、今年初めて見る枝豆なので、娘が高いと云って止めようとしていたが、枝豆を喰わずして日本の夏をエンジョイできるわけもなく、しかも初物なので買い求めた。

晩飯は、枝豆を茹で、オールフリーから始まり、簡便なおでん、チーズ、ローストチキンを1羽とグリーンアスパラをコンベックで焼いて食べた。

最近の習慣になっているが、お茶をもって母のいる居間に行き野球を観る。
残塁が多すぎる、こんな時は相手のホームランや効率のいい得点にやられるものだが、実際その通りになった。
途中まで観たが目が疲れるだけなので二階に上がり仕事をすることにした。

今のところ外を歩いた疲れが出て足腰に不調をきたしていない。

「向田邦子全対談」を読んだ。
昭和55年と56年に行ったもので、この文庫本は1985年(昭和60年)に出ている。
向田邦子をはっきり意識したのは、1982年(昭和57年)の「あ・うん」であり、当時付き合っていた真弓さんから教えてもらった。
要はその頃、向田邦子は全盛を迎えていたわけだ。
ただし、その頃まったく興味がなく、せっかく紹介された「あ・うん」も読んでない。
へそ曲がりであるから、流行ったものは読まなかったのだろう。
それによって恋人を喪い、向田邦子に接するのが四半世紀遅れたから大きな損失を被ったわけだ。
へそ曲がりは痩せ我慢と同じだが、痩せ我慢だから江戸っ子か、あるいは武士は食わねど高楊枝の類いか。
夏目漱石にもそんなのがいて、何時も行動が突飛で損ばかりしていたが痛快だった。

面白いので眠れなくなり3時近くまで読んでいた。

6時半に目が覚めたが今朝も日が出ていい天気だ。
昨日散歩の途中で紫陽花を2輪手折ったが、日照り続きのためか若々しい花が少なく、干からびたのが多かった。
足腰の調子は、歩いたので疲れが溜まって重たくやや痛みを感じる。
2週間も横になっていたら普通の反応ではあるが、徐々に馴らして行こう。

朝飯にメロン、鮭、浅利の佃煮、とろろ昆布汁、ヨーグルトを食べて、「向田邦子全対談」の続きを読んで読了した。
オジサンたちからこれほど愛されたオバサンはいない。
しかし、向田邦子を四半世紀前に読んでいたら抵抗感があって今ほどしみじみといいなあとは思えなかっただろう。
後で書評と云ったら大げさだが読書感想文を書く予定でいる、隠居生活になってから60冊目の本であった。
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