キュヴェ タカ/Cuvee Taka

椿庵酔哲「湘南隠居日記」-散歩・読書・酒、時々釣り-

ブータンウヰスキーK5

2017-06-17 | Weblog
朝、娘と下の息子と車で、JA売店、わくわく、農家2軒、しまむら、墓、杉山豆腐を回った。
真竹の筍、隠元、茄子、胡瓜、ピーマン、マッシュルーム、泥葱、枇杷、鰹、鰤カマ、烏賊、線香、ビール、絹ごし豆腐を買った。

娘が7月から群馬に行ってしまうので、父の墓に参った。
「キリン一番搾り」が好きだったので、しまむらで缶を買い娘が墓に掛けた。

昼、昨日買ったグリンピースで豆ご飯を作り、鰤カマを焼き、豆腐と隠元の汁、胡瓜糠漬け、浅利佃煮、切昆布、枇杷を食べる。

午後1時からBS3のプレイアムシネマを観る。
映画については詳しくないので良く分からないのだが、中々いい映画をやっているような気がする。
しかも古い映画が多いので、観る機会が少ないものが多いのではないだろうか。
今日は「草原の輝き」Splendor in the grassアメリカ1961年だった。
ナタリー・ウッドとウオーレン・ベイティの悲恋物語。
グレイトレースの時のナタリー・ウッドより4歳若く23歳であったと思われるが、背が低いので演じた高校生の枠にはまっていた。
青春の悔やみきれない失敗の苦さが後々まで心に残る。
愛し合っている二人が結ばれてしまったら余韻は残らず、退屈な現実が続くわけだから、苦くてもこれが青春であり恋である。
村上春樹は川本三郎との共著の「映画をめぐる冒険」の中で、この映画に関して似た様なことを書いている。
ナタリー・ウッドの演技力についても評価している。
この高名な女優を、先週の「捜索者」で初めて観て、「グレートレイス」「草原の輝き」と続けて3本観たが、人気女優になったことが良く分かった。だが世間から半世紀遅れていると認識した。

こういった悲恋を描いた映画や小説の後に感じるのは、あの時あの女(ひと)と一緒になっていたら今頃どうなっているだろうかという仮定なのだが、一緒になれなかったからいいのだろうなあとも思う。
しかし、振り返れば大切なものを肝心な時に手放してきた後悔の多い人生である。
大切なものをしっかりつかみ取った人は充実した人生を送っていることだろう。

夕方、少し体調が良くなってきたので娘が出店する古本市用に売る本を仕分ける。
もう死ぬまでに読める本は限られていて、隠居してから毎日1冊読むようにしているが、余程の事がない限りこの3か月で読んだ本を再読することはないだろう。
ついでに会社に着て行っていたシャツ、ズボン、ジャケット、コートはもう着ないだろうから捨てる。
随分と沢山捨てるものがあり、無駄な人生を送って来たことが分かる。

晩飯は、鰹と烏賊の刺身、豆と根菜類のスープ、もずく酢、冷奴、柿の種を肴に大井町の酒、巡礼街道を少し、その後チェンマイ大学の娘の担任教授のゲート教授から送られたブータンの「ウヰスキーK5」を飲んだ。
ラベルを見るとブータンでブレンドされボトリングされているが、醸造されているのかは定かでない、ゲート教授が前回会ったときにいいウヰスキーだと話していたが、はたして柔らかくてまろやかで繊細、山崎に似た酒質のウヰスキーであった。
多分英国で作られた原酒をブータンでブレンドしたのだろう。

娘がウガンダの青豆を焙煎したが、深く煎らないように要望して淹れさせた。
柔らかいフルーティな香りで美味い珈琲だった。
35年前、ハワイ駐在から帰り、会社の炊事場でフライパンでコナ珈琲を焙煎したが、うまくゆかず焦げてしまったことを思い出す。
当時よく行き来したハワイアンコヒーの社長は今どうしているのだろう。
年を取ると昔の知人に会いたくなるものだ。

居間へ行き母と一緒に野球を観る。
巨人の一方的なゲームだった。
マイコラスは3年目に入り日本の野球が分かってきた。
ピッチャーはコントロールだ。

新風土記「松本」を観る。
教育の盛んなところであるが、江戸時代の多くあった寺子屋が明治の学校に続き、小僧や子守り、芸者にまで教えたというから、すごいところだと感心した。
長野出身の友人知人が多いが、この環境で育ってきたことが良く理解できる。
国は子供たちの教育からだ。反知性主義なんて、ぶっとばせだ。

10時に2階へ上がり福田和也「日本綺人物語」を読み始めるが、直ぐに眠ってしまい、それでも零時に起きて2時間程読んだ。


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