キュヴェ タカ/cuvee taka 「酔哲湘南日記」

新鮮な山海の恵みを肴に酒を吞み、読書、映画・音楽鑑賞、散歩と湘南スローライフを愉しんでいる。 

幕山公園の一日

2017年07月20日 | Weblog
二宮10時27分熱海行きで湯河原まで行き、11時に東海道線で清水からやって来た大学の先輩藤巻さんと待ち合わせ、湯河原の先輩早籐さんの車で鍛冶屋の自宅まで行き、そこで大磯から車でやって来た先輩渡辺さんと合流し幕山公園でバーベキューをやった。

3人の先輩は千葉大学園芸学部の同級生で私より2学年上、早籐さんは小田原高校の先輩でもあり、ひじょうに面倒見のいい人で、40年前に稲毛の下宿を引き払うときにはトラックで荷物を家まで運んでくれた。
この日もバーベキューの道具一式と肉野菜酒を全て準備して、セッティング、焼き、撤収を全てやってくれ、我々3人は座って飲み食いして話しているだけでよかった。

藤牧さんは大学院の卒業研究を私は大学の卒業研究を熱川農場で一緒にやった間柄で、檸檬と温州蜜柑の挿し木の発根の差異を各々ホルモンと栄養から分析した。
松戸から熱川農場まで藤牧さんの車に同乗させてもらったり、下宿に泊めさせてもらったり、関宿で寿司を奢ってもらったりと大変世話になった。

渡辺さんは余り行き来はなかったが、最後に会ったのが恩師野田教授の通夜で江ノ電の柳小路駅の近くで行われたと思うが、早藤さんとともに参列した。
随分前のことのように思っていたが、もう20年近く前になるとのことだ。

藤牧さんとは名古屋からの帰りに静岡か清水で会って良く飲んでいたので5,6年ぶり、早藤さんと大島さんとは20年ぶりに会ったわけだが碌な挨拶もせず、距離と時間は別れたときのまま、昔話と近況について長い時間話した。

早籐さんと渡辺さんは酒を飲まないので、藤牧さんと二人で飲んだのだがワイン、焼酎が空になっていて、私はビールが飲めないからその半分以上は私が飲んだわけで、今朝は二日酔いで頭がガンガンしている。

幕山公園は梅の名所で、今は付き合いが無くなってしまったが、酒飲みの女友達と6,7年ほど前まで数年連続で観梅に来ていて、湯河原町の人が運営する屋台のおでんと熱燗を買って、公園の中の木のテーブルで、花より団子と飲むのが恒例で、帰りには湯河原駅近くの居酒屋、寿司屋、蕎麦屋などで梯子をしたものだ。
その頃のことを昨日のことのように思い出しながら幕山の風景を眺めながら飲んだが、思い出がたくさんあると云うのはなんと贅沢なことなのかとしみじみ思った。

さらに40年前まで時間を遡ると20代前半に知り合った女性が、湯河原の先輩の家から数分のところに住んでいて、美人で世話焼きでいい娘さんだった。
ああいった娘は男を男にしてくれる力を持っていて、まあこんな云い方では何を言っているのかと怪しまれ挿画が、今このタイプの女性の資質を重要視しなくなったのが日本の悲劇だなあと思う。
歴史の中で、日本が大きく変わるときに出た男の影には必ず女がいて男の力が最大限に発揮できるよう支えていたものだと西部邁が25年前の本に書いている。
最近出た自伝風の本で、風貌とは裏腹に論理だけでなく情理を大切にしている人だなあと感じたが、論壇の中で孤高を貫けたのは、まさに女の力を実感してのことだろう。
男と女は同質ではない、補完し合う非対称の資質で大きなことに向かって行くべきなのに、同じところで競争して女性の解放と云ってもたかが知れている。
柳田国男も「妹の力」でこの事を書いている。
そういったことにその時に気が付かず、天の采配を逃した男はやっぱり凡庸な一生を過ごすのだろう。

夕方、早籐さんの家で珈琲をご馳走になり、湯河原駅で藤牧さんと別れ、渡辺さんに家まで車で送ってもらった。
家に着いたのが7時を過ぎていたので湯河原までの大遠征であった。
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