キュヴェ タカ/Cuvee Taka

椿庵酔哲「湘南隠居日記」-散歩・読書・酒、時々釣り-

苺の旬

2017-05-18 | Weblog
ヒラマサは捌くのが大変だったが、刺身にすると美味かった。
特に尻尾の方が歯応えがあり、可動あるので旨味もあるのかも知れずよかった。
桜鯛も明らかに尻尾の方が美味いが、同じ理由なんだろう。

夜はあら煮とトマト味の南蛮漬けにしたが、南蛮漬けは素材がいい場合は、酢と出汁と醤油の方がいい。
トマト味の南蛮漬けは、家人がテレビで観て美味そうだと作ったのだが、先ずはテレビが紹介しタレントが美味しいと称賛するものは疑ってかかるべきで、これはイタリアンと南蛮漬けを融合したものだが、魚の質が悪い欧米料理で美味いのは滅多に無いのだから、騙されちゃいけない。
テレビは質の悪い情報も垂れ流すので先ずは疑ってかかるべきだ。

空豆は同じ農家から買っているが、日毎豆が大きくなって充実してきているので味が濃厚になって来た。
年初から鹿児島の温室栽培の空豆が出ているが、やっ張り5月の地元の朝採った路地ものが格段に美味い。
五月は豆の旬だなあ。

冷奴も肴にして酒を2合ばかり呑んだ。
初めての隠居生活の5月は実に楽しい。

散歩の途中でよく見かける路地栽培の苺は、これを直売する農家がない、皆さん自家用のようだ。
5月の露地の苺は格別美味いので譲って欲しいが、この時期は市場の値段が安いので商業生産しないようだ。
品種改良と栽培方法の発展で周年収穫が可能な苺だが、本来の収穫期は今なのである。
私が大学で苺の栽培を習ってた頃は、7月の収穫ができず南半球のニュージーランドから空輸していたが、その後数年で7月の収穫が可能になった。
1年生植物の品種改良と栽培技術の進歩は早い。

子供の頃、裏庭に父母あるいは祖父母が植えた数株の苺を毎日観察しては数日に1つか2つ食べた。
完熟まで待ちきれずもいでしまうので、甘くも美味くもなかったはずだが、記憶の中の苺はこの世のものとは思えぬほど美味かった。

今朝は2時前に起きて平川克美「路地裏の民主主義」角川新書 2017年5月10日を読了した。

友人の内田樹の「街場シリーズ」を真似て「路地裏シリーズ」を始めたのかどうか知らないが、この人に路地裏という感じがよく合う。
経済を語っても情緒的な文章なので、路地裏のご隠居が若者に分かりやすくかみ砕いて話しているようで、ちょっとうらぶれた感じがなんとも親しみやすく好ましい。

グローバリゼーションとグローバリズム:グローバリゼーションは産業革命以降、人やモノ、情報が国境を越えて流通、交流してゆく歴史的必然の現象である。多様な商習慣、生活スタイル、家族システムなどが破壊され、共通の言語、共通の尺度が支配する弱肉強食の論理が優勢になる。
この論理を支配するのがグローバル企業とその株主である。
この負の影響を緩和しようとするのが、国民国家による関税障壁であり、お互いに干渉しないで棲み分けしようとするウエストファリア体制の理念であった。

グローバリズムとは、この現象を利用して世界を一つの市場にしようという超国家主義イデオロギーである。
右上がりの成長という株式会社の原理が一国内の経済活動では望めなくなったための要望である。
下村治が高度経済成長終焉期に「為替レートが経済を動かすのではなく、経済活動が為替レートを動かしているのである」と云っているが、平川はこれを「経済のために国民があるのではない、国民のために経済がある」と読み替えている。

網野義彦は、市場原理を「無縁」と呼び、行商人、芸能者、咎人たちが金銭だけを尺度に交流した。
先日ご紹介した小沢昭一が好むところの流浪する芸能民ですね。
村や共同体の原理は「有縁」でお互いに贈与と返礼を繰り返していた。
グローバリズムの論理は世界を無縁化して金銭合理性という単一尺度の弱肉強食の世界であるが、一方、有縁だけとなれば息苦しい村社会となり、ときにファシズムのような純粋思想の土壌となる。
「無縁」と「有縁」が補完しあう社会が望ましいのではないか。

国民国家というセイフティネット:貧富の差が大きくならないように税金を通して富を再分配しよう、あまり広範囲になると上手くゆかないから領土を決めて上手く分けようとという仕組みが国民国家です。
国境を無視すれば一部の国が一時的に儲かるかもしれないが、奪い合いの先にあるのは戦争です。

マスメディアの役割は国家に対する批判であるが、安倍政権になり国家が公然とマスメディアに対して介入をしてきている。
首相と会食を繰り返しているマスコミのトップに、マスコミとしての自覚が無いことも嘆かわしい。
日本のマスコミは世界でも劣悪だとの評価をされていますが、権力を批判するという本質が欠けていることがその根本的な問題点です。

戦後70年で最も本質的な変化は、家族の変容と人口減少である。
長い間、長子相続型の件主義家族の伝統が、1970年代の後半から80年の期間に核家族へと移行した。
少子化の原因は、経済的不安で子供を産まないと考えられていますが、そうではなく、結婚年齢が大きく上がったのが原因です。
エマニュエル・トッドがこのあたりのところお得意ですね。
2014年に白川前日銀総裁は、現在の日本のデフレは経済、財政政策で対応できることは限定的で、原因の根本は人口問題であり、その角度でみれば今のデフレは悪いデフレではないと云っています。
アホの黒川と安部がやっているアベノミクスが無意味であることがそれを証明しています。

総人口が減少し、総需要が衰退している条件下で経済は定常化、日本経済は下村治が予見した0成長へ収斂しているように思う。
無理に経済成長を進めるとすれば、宇沢弘文が「社会的共通資本」といった教育、医療、農業を私有化し市場原理を導入することになるが、「社会的共通資本」には実質的所得分配機能が含意されている。
国鉄、郵政の民営化で公正な所得昨日分配機能が失われたことで明らかだが、社会共通資本に市場原理を入れてはいけないのである。

ざっと以上のようなことが書かれていました。

10時に北へ向かい散歩、近ごろ翡翠を観てないなあと川に目を凝らすが、飛んでいるのはハクセキレイのみでいませんでしたね。
わくわくは本当に買いたいものが無くなっていて、スナップ豌豆と柏餅を買う。
西友で昼のサンドイッチのロースハムと、夜にでも食おうかとラム肉を買う。
芦の屋で食パン2斤とクリームパンを買う。

昼は、食パンを焼いて、ミニトマト、サラダ菜、胡瓜、夏ミカンのジャム、バタ、紅茶、GFジュースをいただく。

午後は昼寝をする。
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