キュヴェ タカ/Cuvee Taka

酒、旅、読書、そして釣り
現在、旅と釣りは休業中、もっぱら読書と酒に励んでいる。

絵より字

2016-10-12 | Weblog
坪内祐三「私の体を通り過ぎていった雑誌たち」新潮社を読了した。
なぜ雑誌を買わなかったのか、読まなかったのかを急に思い出した。
新聞も読まなかったのだ。
一日、一週間、一ヶ月で消え去るものは価値がないと考えていたのだ。
本当に重要なものは5年でも10年でも生き残るだろう。
その時に読めばいいやと考えていたのだ。
だから、若い頃から時代おくれだった。

それでも子供の頃たまに「東京スポーツ」は読んでいた。
ブルーノ・サンマルチノが”人間発電所”と書かれていて、外国には大変なやつがいるもんだと、日本人プロレスラーの卑小さを感じた。
後ろのほうにキーストン特約とかで、白人女性のヌードがあり目をひいた。
胸の出っ張りと尻のでかさと滑らかさに、なぜか将来こういった女性を相手にしなければならないので、身体を鍛えておこうと思った。
「東京スポーツ」により、白人に対する身体的なコンプレックスを持った。

20代になって読み出したのが「週刊ファイト」、井上編集長の書いたものは舐めるように読んだ。
一番影響を受けたのかも知れない。
既にこの頃は白人に対する身体的なコンプレックスは無く、日本人の技や繊細さに優越感を抱いていた。

子供の頃からものを書く才能がなかったが、絵を描く才能はあったような気がする。
だったら絵をやればよかったが、子供の頃より親から”絵より字”と言われたから、絵をやっていこうとは思わなかった。

昨日か一昨日中国では書が最も大切であり、書ければ第一級の人物と遇されたことを知りブッタマゲタ。
家の親はこの事を知っていたのか、お絵描きには通わされなかったが、書は橋本香所先生について五年ほど習った。
字とはそのことであったのか、書物を読んで知識を得ることだと思っていたが、どうも間違いだったようだ。
せっかく手習いを5年もやったのに、物にならなかったことが悔やまれる。

先日、台湾の孔子廟で、論語の一節を無料で書いてくれるかたがいて、お願いしたが、思ったより上手くなくて、俺にも出来そうだなと感じた。
その前日、故宮博物院で昔の名筆を見たが、思ったほど整っていないので、これなら書けそうだなと思った。
要は、書は整った文字を書けばいいということではないということが分った。
だが、現代日本において、書は何ら評価される気配が無いので、せっかく奥義にたどり着いたかも知れのに何にもならない。
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