キュヴェ タカ/Cuvee Taka

椿庵酔哲「湘南隠居日記」-散歩・読書・酒、時々釣り-

コミュニケーションの原型

2017-05-17 | Weblog
ここのところ読んでいる本に、橋爪大三郎の宗教論があったが、そこに会食の重要性が書かれていた、養老孟司の対話集にも同様のことが書かれていたような気がする。
いや、中村うさぎと佐藤優のキリスト教についての対談で、佐藤が欧米人が何故バーベキューが好きかという理由として、あれは神とともに共食しているというシンボルで、煙が天に届いている。
確かそう言っていました。

昨夕、知人の通夜に行ったが、昔のように自宅で通夜葬式をやらなくなり、メモリアルホールのようなところへ皆さん車で来るので、呑んで食べて話してという具合にはなりにくい。
これが良くないんだろうなと思う、故人をしのんで親しかった人たちが、呑んで食べて同じ記憶や感情を共有しながら時間を過ごすことが絆を深めたのだと思う。
最近は、お焼香をしてさっと帰ってしまう人が多いのだが、なるべく残って飲み食いをしながら、皆さんと時間を過ごすようにしている。

仏教でいえば、通夜や葬式がそれにあたるが、神道でいえば祭りがそれにあたる。
夏祭りと、小正月に親戚が我が家に集まり、飲み食いして話しをしていたのは一体何時までのことであったろう。
30年前に家を建て直した時も、8畳と6畳の間の唐紙を外せば優に20人は入る心算で設計をしていた。
そして実際にそうやって客寄せをしていたのだから、20年前くらいまでは続いていたのだろう。
そこから劇的に世の中が変わったように感じるのだが、どうなんだろう。
少なくとも親戚関係の行き来は劇的に少なくなり、通夜葬式のときのみの形式的な行き来に変わった。
私の年代までは、かつての密接な血族の行き来の記憶があるが、子供たちの時代は既にその経験もなく、新しいコミュニケーションの形が必要なんだろうと思うが、未だそれが見出されていないのではないか。

朝4時に起きて少し読書をしたが、昨夜家に帰ってからも随分飲んだので、二度寝になり9時前に起きた。
日は出ていないが爽やかな風が吹いている5月の天気なので、何時ものように大磯に向かって散歩に出よう。

最初に農家二軒の直売箇所、直売所というのは小規模でプラスティックの籠に、野菜をビニール袋に入れ、どれでも1袋50円とか100円とか書いてあって、缶にお金を投げ込む仕組みなんですね。
最初のところでスナップ豌豆と、絹サヤ、二軒目で空豆を購入。

ヤオマサでは、魚屋のオニイイサンにヒラマサどうですかと云われ、どうだと云われてもこれが入る袋あるのかと聞いたら、でかい袋を用意してました。
90㎝程のヒラマサを1本、他に菓子パン1個、母の昼飯用に購入。

今朝、今村昌平「遥かなる日本人」岩波同時代ライブラリー1996年を読了。
実はこの本、棄民たちという章立てがあり、「からゆきさん」「未帰還兵を追って」が読みたくて買ったのだが、川島雄三についての小文が実に良かった。
藤本義一の川島雄三も面白いが、これは川島雄三という人の魅力に帰するところが大きいのかもしれない。
「生きることは恥ずかしいことです」と人生のばかばかしさを透徹した純粋な眼差して見ていた人のようです。
「からゆきさん」については名こそ知れその内実は全く知りませんでしたが、明治から大正にかけてどうも西日本の貧農や差別民の娘が騙され、あるいは貧しさゆえに南洋に売られて行ったようですね。
お客は中国、マレー人、インド人で、大正になってから、国力が強くなった日本の女が売春をやっていては国の恥とのことで廃娼になったようです。


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