キュヴェ タカ/Cuvee Taka

椿庵酔哲「湘南隠居日誌」-散歩に読書と映画、時々酒、そして釣り-

牛肉とお好み焼き

2016-10-29 | Weblog
会う外人ほとんどが神戸ビーフを知っていて、やけに食いたがるが、野瀬康申「文学ご馳走帖」冬幻社新書を読んでいたら、明治5年に「神戸牛の肉が世界一と、在留外国人の間で名声高まる」とあるから、根は深いものであるようだ。
しかし、江戸の末期には牛肉食いが流行りだしていたとはいえ、この時期に神戸牛の品質を確立していたとは日本人とはやるものだ。
ちなみに横浜の牛鍋屋は明治2年に開業をしている。
牛飯屋、今の牛丼屋の出現はちょっと遅れて明治20年頃のようだ。

しかし、江戸から明治にかけての激変に日本人は良く耐えることができたもんだなと思う。
昭和から平成への穏やかな変化でさへ嫌だなと、昭和を懐かしんでいるくらいなのに、人間長く生きているといかんのかな。
当時の寿命は50年も無いわけだから、時代の変化に戸惑う前に自分の生き方を押し通して死んで行けたのかもしれない。
「私は長く生きすぎた。この辺でおさらばしよう」ってのはカッコつけた言葉ではなく、人間の英知なんだなと気が付く。

同書に戻るが、お好み焼きの源流は東京にあったものだと知り驚いた。
江戸時代の棒振りの文字焼き、後の駄菓子屋のもんじゃ焼きが、重ね焼きのお好み焼きになり、戦後の食料難で一時廃れて、大阪から出戻ってきた時に混ぜ焼きになったとのことだ。
浦安出身の大学時代の友人は、子供の頃駄菓子屋でもんじゃ焼きをやっていたという。
家では母がペロ焼きと称して、溶いたうどん粉をフライパンに広げ、桜えび、おかか、葱を載せて焼いた。
駄菓子屋や家庭では重ね焼きが残ったのであろうか。

病気で臥せっていると、体を激しく動かすスポーツや食い物のことが気にかかると見えて、プロレスとグルメ本を読んだ。
昨日一日大人しくしていたら、時々左下腹と左背中が重くなり、ああ、ここに石があるのだなと感じる程度で、耐えられない痛みが襲ってこなかった。
今日は雨が降らない予報なので、起き上がって散歩に出てみようと思う。

朝、雨が降らないはずだったが、霧雨が降るなかを大磯方面へ下の伜と散歩に出掛けた。
左足親指の爪が剥がれ腫れていて歩くと痛かったが、寝てばかりだと筋肉が落ちるのでゆっくりと歩いた。ヤオマサでウルメ鰯を30匹ほど、イベリコ豚1㌔、ヨーグルト、小松菜、クリームコロネ、拉麺を買った。農家で胡瓜4本、杉山のバアサンから絹ごし豆腐2丁を買う。
何時もニコニコして元気だ。

昼、叉焼麺を食べる。
秋田豚の腿を焼いたが最後に余熱で熱を入れたのが良かったのか、中がピンクで柔らかくて実に美味かった。
麺は札幌の菊水であったが、最近札幌に行く機会がないので、近所で買えると便利だ。

三度、野瀬康申「文学ご馳走帖」に戻るが、悪い癖で興味のあるところから読み始め、前に戻るか後ろへ行く事が多いのだが、今回は少し後ろに行き、前に戻った。
最初は織田作の「夫婦善哉」を題材にして、紅生姜の天ぷら、カレーに生卵などについて書かれているのだが、先日NHKで放送した「夫婦善哉」の蝶子の尾野真千子を思いだし、綺麗だったなあと暫しボーッとしていた。
尾野真千子はこの後に足尾鉱山の被害にあった村の娘役をやっていて、その後が先週までやっていた漱石の妻鏡子だから、NHKのドラマにやけに出ている。
何が理由でもあるのだろうか?若し、次があるのなら、川端康成の雪国の駒子を観たい。
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