キュヴェ タカ/Cuvee Taka

椿庵酔哲「湘南隠居日記」-散歩・読書・酒、時々釣り-

沖縄復帰45年

2017-05-15 | Weblog
昨日の晩飯は鰹のたたきに茗荷と玉葱、イタリアンポークカツレツを家人がテレビで観たとかで作った。
それと高野豆腐、酒を2合ばかり呑んだ。

日曜美術館で茶碗を観た。
考えてみると茶に使う碗は陶器なんだな、酒の杯には白くて薄い磁器がいいが、酒の色が分かって口当たりが良いからだが、趣は陶器がいい。
酒呑みには茶器より酒器が大事だね。

9時からすきやばし次郎と天婦羅のみかわの早乙女さんの番組を観たが、各々割りと詳しく映像と書籍で知っているので、料理についての新味はなかったが、次郎さん91歳でペースメーカーを入れて店に立っているのは知らなかった。
しかし一生修行だね、今日より明日美味いものを作ろうって気持ちがあるんだよね名人と謳われる人には。

寿司と天婦羅、どっちが好きかと言われたら、う~んと唸るけど、寿司は毎日喰えるが、天婦羅は喰えないな。
そういったことで考えると、寿司と蕎麦が好きなんだな。
毎週喰っていた横浜の寿司を喰ってないなあ、近いうちに井桁のチラシでも喰いに行きますかね。

17歳の夏休み自転車で日本横断を行った。
二宮から御殿場、山中湖、諏訪湖、白馬、糸魚川、金沢、富山、能登半島を一周して、敦賀から琵琶湖畔を通り名古屋へ、東海道を上り清水の浜で一泊して箱根越えで帰って来た。
11日間5,500円で走り抜けた。
諏訪湖畔と敦賀では好意で屋根のあるところで泊まったが、それ以外は野宿だった。

糸魚川から敦賀までの日本海沿岸を走った時に一緒になり、3,4日並走したのが本土復帰記念に沖縄を出発した登野盛一利さんで、私が新潟の砂丘スイカを農家の御婆さんから買い、一緒に食わないかと誘ったのがきっかけで親しくなった。
海岸線を走っていた時にパンクした私のタイヤを修理してくれたり、サドルの高さの調節もしてくれた。
穴水だっか、生まれて初めて銭湯に連れて行ってくれたのも彼だ、随分お世話になった。
この時すでに太平洋側の海沿いを走り、北海道まで行き日本海側を下っていた。
金が無くなると日雇いの仕事をして、また走り出して新潟までやって来た。
高校生の私から見ても純粋過ぎて、こんなんでは本土でやって行くには大変だなあと思ったが、後年沖縄に行き、多くの人が同じようなので吃驚した。
野毛の沖縄酒場で変に絡まれたこともあり、痛めつけられた沖縄人は本土の人間に反感を持っていることも知った。

あれから45年が過ぎたのだ。
登野盛さんとはその後文通をしていたが、ある時から音信不通となった。
どんな生活をしているんだろうかと時々思う。

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