愛媛西村眞悟塾

西村眞悟先生を塾長とする勉強会

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西村眞悟先生の時事通信3月15日号

2016-03-15 21:46:19 | 勉強会
戦いの場は、参議院全国比例区!

                             平成28年3月15日(火)

 私西村眞悟は、
 三月十二日、日本のこころを大切にする党の公認のもとに、
 来たる七月の参議院選挙において、
 全国比例区から出馬する決定をいただいた。

 言うまでもなく、参議院全国比例区とは、
 北海道から沖縄までの日本全土と海外に居住する日本国民によって、
 投票用紙に候補者名もしくは政党名を書いていただく選挙である。
 つまり、従来、私が経験してきた衆議院選挙では、
 日本の全人口の三百分の一の約四十万の小選挙区の中で
 名前を書いていただいていたが、
 これからは、人口一億二千万の全日本で
 名前を書いていただけることになった。
 
 よって、この選挙は、日本を変えうる選挙である。

 我が国を取り巻く内外の情勢が、まことに厳しく、
 危機に直面しているこの現在にあたり、
 まさに、祖国のためにやりがいのある選挙をさせてもらえる。
 政治の道を歩む者として、
 幸せである。

 何故なら、日本のこころを大切にする党と西村は、
 既に戦後から脱却しており、
 多数の戦後体制派に配慮して、また戦後体制内に安住して、
 国家のあるべき指針を明確に打ち出せない政界において、
 明確かつ大胆に、在野時代のチャーチルのように、そしてドゴールのように、
 全国民に対して、政治が為すべき責務を提示できるからである。

 それは、
 日本を守る・・・祖国、日本のこころとは何か
 国民を守る・・・如何にして拉致被害者を救出するのか
 国土を守る・・・核抑止力と尖閣そしてシーレーン防衛体制の構築
 を骨子にして、
 国民経済の豊かさを計り、
 教育の充実と生き甲斐のある国民生活を確保する方策を提示するものである。

 従来、全国比例区は、
 国民一人一人の判断による投票よりも、
 全国的組織が牛耳る組織票が当落を握ると言われてきた。
 しかし、現在の危機の時代には、それは通用しない。
 今は、幕末に匹敵する戦後体制末の
 草莽崛起の時代に入っている。
 よって、全国津々浦々の国民が、 
 西村眞悟の日本に対する思いと行動を知り
 志を一つにしてくれていると確信している。

 全国の諸兄姉に、
 私と共に、この回天の選挙において、
 祖国のために闘ってくださるよう、
 切にお願い申し上げます。
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西村眞悟先生の時事通信3月11日号

2016-03-11 20:35:59 | 勉強会
三月十日と十一日
平成28年3月11日(金)

 明治三十八年(一九〇五年)三月十日午後二時頃、
 第二軍司令部から放たれた永田久寿弥太中尉以下八名の将校斥候は、
 奉天城の大南辺門から清国人の群れがロシア軍のものと思われる軍服や食料寝具を担ったり馬車に積んだりして運び出してくるのを見た。そして、斥候は、之は清国人のロシア軍物資の略奪、つまり、ロシア軍は奉天城から退却したと判断し、意を決して門内に入って偵察して帰路につき、
 午後三時頃、司令部に「奉天城内に敵影なし」と報告した。
 
 午後五時頃、第二軍(司令官奧保鞏大将)第四師団(大阪)隷下の
 大阪歩兵第三七聯隊(現、陸上自衛隊第三七普通科連隊)第二大隊は、
 奉天城に入城し、各門に小隊を配置して警備したうえで、
 日章旗を掲げて城内中央に進み、
 第二大隊長河村義男少佐が増祺奉天将軍に面談し、
「城内のロシア敗残兵掃蕩の要あり。我が軍を以て、宮殿及び官衙を保護せん」
 と述べ奉天城占領を通告した。
 
 そして、満州派遣軍総司令官大山巌元帥は、「奉天会戦終結」を宣言し、
 世界戦史上最大の陸上戦闘となった奉天会戦が日本軍の勝利で終結した。

 奉天の会戦は、
 奉天を本拠地に布陣した膨大なロシア軍三〇万九六〇〇名(砲数千二百門)を
 少数の日本軍二十四万九八〇〇名(砲数九百九十門)が、
 両翼から包囲殲滅せんと攻勢をかけた驚くべき闘いだった。
 
 日本軍の総攻撃は三月一日に下命され、
 三月七日、日本軍の左翼から乃木希典軍司令官率いる第三軍が、
 不眠不休の交戦の末に満身創痍になって遂にロシア軍右翼に進出したことによって、
 包囲されることを怖れたロシア軍が退却を開始し、勝利への道が開かれた。
 しかし、その時、日本軍には兵数・火砲・弾薬など全てが欠乏しており
 包囲網を完成することができず、北上するロシア兵の退路を切断することはできなかった。
 
 日本軍戦死者一万六千五百五十三名 、負傷者五万三千四百七十五名、捕虜四百四名
 ロシア軍戦死者八千七百五名、負傷者五万千三百八十八名、捕虜・失踪者二万九千三百三十名

 この三月十日の陸軍による奉天大会戦の勝利と二ヶ月後の
 五月二十七日の海軍による日本海海戦の勝利によって
 我が国は日露戦争に勝利し、
 国家の存立を確保して二十世紀の世界史を主導してゆく。
 
 よって、この皇国の存亡がかかった戦いに勝利した二つの日は、翌明治三十九年より、
 三月十日は陸軍記念日とされ、
 五月二十七日は海軍記念日とされた。
 この歴史と記念日を忘れてはならない。

 三月に入れば例年大陸から黄砂が我が国土に飛んでくる。
 数日前も、空は黄砂に覆われ、車のフロントガラスに黄砂がたまった。
 百十一年前の三月、
 奉天附近は、黄塵が舞い上がり太陽の光もおおわれてまさに黄塵万丈、黄色の砂漠のようであった。
 そして、戦死した一万六千五百五十三名の日本軍将兵の死体は
 半ばその黄塵に埋もれて横たわっていたのだ。
 
 総司令官から、戦場の視察を命ぜられた総司令官の副官川上素一大尉は、
 視察中にかつての教官であった石光真清少佐に出会い、次のように言った(石光真清の手記)。
 
 「いつも戦線を巡って感じますことは、
 このような戦闘は、命令や督戦ではできないということです。
 命令されなくても、教えられなくても、
 兵士の一人一人が、勝たねば國が滅びるということを、
 はっきり知っていて、
 自分で死地に赴いています。
 この勝利は天佑でもなく、
 陛下の御稜威(みいつ、威徳)でもございません。
 兵士一人一人の力によるものであります・・・
 さように考えることは、教官殿、けしからぬことでしょうか」
 三月十日の陸軍記念日に、思い浮かべるのは、
 日露戦争の奉天会戦において、
 黄塵の満州の荒野に横たわった一万六千五百五十三名の将兵と
 彼らの戦死の状況を見た川上素一大尉の、この言葉である。

 
 さらに四十年後の
 昭和二十年三月十日午前0時七分から二時三十七分のアメリカ軍機退去による空襲警報解除までの間、
 アメリカ軍は325機のB29爆撃機によって
 主に東京下町の人口密集地に膨大な焼夷弾を投下して地上を焼き尽くし、
 婦女子老人らの非戦闘員である東京都民
 八万三千七百九十三人を殺害し、
 四万九百十八人を負傷させた。
 被災家屋は二十七万戸、被災者百万八千五人であった。
 以後、東京への市民殺傷を狙う大空襲は五回行われた。
 
 これは、今まで漠然と言われてきたいわゆる無差別爆撃ではない!
 明確に、女性と子ども老人という非戦闘員の殺害を目的とした犯罪(ジェノサイド)である。
 これを忘れてなるものか。
 
 アメリカ軍の習性(遺伝子)は、残虐なるジェノサイドとしての西部開拓からに生まれた。
 彼らは、勇敢なインディアンの戦士と戦場で相対しようとはせず、
 戦士が留守にした無防備の彼らの集落を襲い、
 戦士の妻や子どもや老いた両親を情け容赦なく殺戮してインディアンを屈服させ
 インディアンの土地を奪ってきた。
 これが彼らの手法である。
 つまり、インディアンが数千年にわたって開拓した肥沃な土地を
 インディアンを殺戮して奪うのがアメリカ人の西部開拓である。
 東京大空襲と原爆の投下は、
 このアメリカ軍の残虐なインディアン殺戮の手法を執る
 ジェノサイドの遺伝子によって為された。
 これを忘れてなるものか。

 
 平成二十三年三月十一日、東日本を大地震と巨大津波が襲い、
 死者行方不明者一万八千四百五十五人が犠牲となり、
 福島第一原子力発電所が爆発した。
 
 この三月十一日は、前日の三月十日とともに、民族の記憶に留められねばならない。
 そして、五年前、七十一年前、そして、百十一年前の犠牲者・戦死者に
 心より追悼の誠を捧げる。
 また肉親を失い、悲しみのなかに残された家族の深い孤独を思うとき言葉を失う。
 
 本日、発災時間前に表に「半旗」を掲げる。

 五年前の千年に一度の東日本大震災と巨大津波による大災害において、
 我が国の形、つまり國體が顕れた。
 それは、天皇が最大の危機管理者としてのお姿を顕されたということだ。
 そのお姿とは、
 祈る存在そして慰め鎮める存在としてのお姿である。
 そして、
 天皇とともに、
 被災者である国民は、世界が驚く秩序と思いやりと助け合いの姿を示したのだ。

 その天皇の権威を基礎付けるものは
 天照大{~の天壌無窮の神勅であり、
 その天照大{~を祀る伊勢神宮の式年遷宮が東日本大震災の二年後にあった。
 それをみたフランス人は、フィガロ紙に次の文を掲載し、
 別のフランス人は、日本における神話と歴史の特別な関係を見抜いて述べている。

 「闇と沈黙のなか、女神アマテラスを聖櫃に奉じ、
 これに生絹を掛けて神官の群れが粛々と運んでいく。
 生きとし生けるものの起源そのもののシンボルが、いま眼前を通り過ぎてゆく・・・。
 この景観に、われらの小我の殻など、微塵に吹っ飛んでしまう。
 一月以来、すでに伊勢参拝者は一千万人に達したという。さらに増加の一途をたどるとか。
 東日本大震災により、抑えがたき自然の猛威にさらされて、どこから己を取り戻すか、
 日本人が自覚していることの何よりの証拠である。
 森羅万象の諸力を崇敬するという伝統維持であり、
 その日本的ジェニー(天才)はあるのだ。」

 「われわれ西洋人にとっては、神話と歴史の間に、ぽっかりと深淵が開いている。
 日本の最大の魅力の一つは、これとは反対に、
 誰もが歴史とも神話とも密接な絆を結んでいられるという点にあるのだ。」

 このように、振りかえれば、
 百十一年前の三月十日の奉天におけるロシア軍との死闘においても、
 この度の三月十一日の巨大地震と津波の大災害においても、
 我が国は天皇と民の絆のなかで危機を克服してきていることが分かる。
 そして、七十一年前の三月十日の爆撃による延熱地獄の克服、
 もっと広く、戦後の焼け跡からの復興も、
 天皇と民の絆によって為されてきたのだ。
 
 日本と日本人は変わっていない。
 百十一年前に「命令されなくとも、自ら死地に赴いた兵士」がいたように、
 七十一年前に隣人を助けるために、炎のなかを走った無名の人々がいたし、
 五年前に、水門を閉めるために、人々を救うために、
 津波に向かって走ってゆくパトカーと警察官がいた。そして無名の人々がいた。
 百十一年前に旅順の要塞に銃剣で突撃した多くの兵士がいたように、
 上部が吹っ飛んで放射能を吹き上げる福島第一原発原子炉に
 死を覚悟して接近を繰り返した東電職員や自衛隊員がいた。
 
 以上、半旗を掲げて心に浮かんだことを記した。
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西村眞悟先生の時事通信3月8日号

2016-03-08 17:25:25 | 勉強会
平和を望むならば戦いに備えよ
平成28年3月8日(火)

 中共の首脳は、全人代で、「海洋強国」を建設すると宣言し、
 東シナ海・南シナ海そして西太平洋に覇権を拡げて「中国の海」とするための
「軍事闘争への備えを統一的に推進する」国防費を提示した。
 その額、日本円で約十六兆七千億円であり我が国の国防費の三・三倍である。
 しかし、この公表された国防費は総額の二分の一に過ぎないと指摘されている。
 
 これは経済の失速のなかでも断じて軍事拡張を止めない姿勢を示したものである。
 
 産経新聞社説は、この状況に関して
 「自ら敵を増やすつもりか」
 という強烈な題名を与えて異常性を強調した上で、
 「習主席は異常な軍拡を思いとどまり、
 各国と手を携える道を探らなければならない。
 経済の回復にも国際協調は不可欠だ」
 と結んでいる(二十八年三月六日)。

 この社説の終わり方に、
 じょ、じょ、冗談言うな、となった。
 さんざん相手の異常性を強調しておいて、
 なんやこれは、
 異常な相手に、国際協調を勧めても聞き入れるはずがないではないか。
 そもそも、異常、なんやから。

 よって、産経新聞の社説の結論とは逆に、
 この相手に、
 国際協調を勧めるのはもう止めようと強く訴えたい。
 
 何故なら、軍拡を続ける独裁権力に対する「宥和」こそ、
 戦争の引き金になる
 「最も危険な錯誤!」
 であると歴史が教えているからである(チャーチルの第二次世界大戦回顧)。
 第二次世界大戦勃発の直前まで、
 つまりドイツのポーランド進撃直前まで、
 イギリスもフランスも、
 ヒトラーに国際協調を勧めていたことを忘れてはいけない。
 
 すなわち、
 我々は、頭から対中宥和思考を排除した上で、
 相手の「実態」を把握し、
 如何にして相手を抑止するか決断し実行に移さねばならないときがきている。
 その決断が、本稿の表題
 「平和を望むならば戦いに備えよ」
 である。

 この観点から眺めるならば、
 現在、韓国では、アメリカ軍と韓国軍が大規模軍事演習を展開し、
 南シナ海には、アメリカの原子力空母ジョン・ステニスを中心とする空母打撃群が展開している。
 また、我が国においても、
 昨日三月七日、秘匿性に優れた最新鋭潜水艦「じんりゅう」が
 三菱重工神戸造船所から就役して
 「そうりゅう型潜水艦」が次々と生まれており、
 フィリピン海域の海底に我が潜水艦が遊弋していると聞いている。
 いうまでもなく、秘匿性の高い潜水艦は、一発で空母を撃沈できる。

 これらを総合すれば、
 中共の全人代で喋っている連中と中共の軍隊は、
 海洋においてかなりの圧力を受けて抑止されており、
 八十年前の昔に、何の圧力も受けずにラインラントに進駐できて
 舞い上がったヒトラーの状況とは違うと思われる。

 アメリカ国内は、現在、
 不動産王と上昇志向が化粧をして歩いているような二人による
 内向きの大統領選の最中だが、
 軍事行動に消極的でアメリカの威信と国際的信頼感を失墜させたオバマ政権末期を迎え、
 オバマに辟易した国防長官と軍が、
 歴史の教訓に忠実な、きっちりとした行動を始めたと評価する。

 さて、原子力空母ジョン・ステニスの空母打撃群の周りには、
 「見たこともないほどの中国人民の艦船が来ている」ということだ。
 
 この情報に接して、思い出したのは、
 日中条約締結前の福田赳夫内閣の時、
 突如、尖閣周辺海域に百隻を超える中共の武装漁船が群れた情景である。
 之を見た福田内閣は驚き腰を抜かす。
 そして、そのタイミングを計っていた{ケ小平の「尖閣棚上げ」提案に飛びつく。
 つまり、この時、我が内閣は、
 「自国の領土を他国に棚に上げてもらってホッとする」、
 という馬鹿よりもひどい痴呆を演じるのである。
 そして、この武装漁船の「船員」達は、
 リストラにあった元人民解放軍の兵士であったというわけだ。
 
 そこで現在、中共では、「軍の近代化」のために大リストラが行われているのだが、
 アメリカ空母打撃群の周りにいる「見たこともないほどの中国人民の艦船」は、
 福田赳夫内閣を慌てさせて「尖閣棚上げ」効果を獲得した例に倣って、
 中共首脳が、ひょっとして
 「スプラットリー諸島棚上げ」が
 転がり込むかも知れないと思って、
 リストラ兵士を繰り出しているかも知れないと思う次第だ。
 何れにしても、アメリカ空母打撃群の周辺に出てきた
 「見たこともない中国十民の艦船」は、
 アメリカ軍の行動が、中共に効いている証拠である。

 なるほど、中共(中国共産党)は、軍備を増強して海洋に進出している。
 しかし、そのカラダの内部は、ガン細胞が増殖を続けている。
 その内蔵が腐れば生体は維持できない。
 従って、脆弱である。
 いたずらに、中共の軍備増強を怖れる必要はない。

 対中軍事行動は、明らかに平和を確保する。
 対中宥和は、中共を増長させ危険な軍事的冒険を誘発させる。
 よって、我が国は、「平和のための戦略」を確立し、
 軍備の充実に邁進する時に至っている。
 
 その「平和のための戦略」の大きな柱は、
 台湾そしてフィリピンからインドネシアというアセアン諸国との連携である。
 この中共を取り巻く「海洋の輪」が機能すれば、
 中共の「海洋強国」は停止する。
 陸上から飛び立ってイギリスの太平洋艦隊の旗艦である戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスを撃沈した戦訓を思い起こすべきである。
 この「海洋の輪」が機能すれば、
 東アジアの海を乗っ取ろうとする中共の野望は必ず破綻する。

 最後に、最も警戒すべきことを記す。
 それは、中共の「対日工作」を見くびってはならないということである。
 
 冒頭に示した産経新聞の社説でも、
 中身は中共の「異常性」を説きながら、
 締めくくりは「中共に国際協調を勧めよう」という
 まことにしおらしい結論で終わるではないか。
 血に飢えた猛獣が平和の鳩になると本当に思っているのか。
 
 昨年に延々と続けられた国会における安保法制の議論の中で、
 「中共による南シナ海の埋め立てと軍事基地化工事の脅威」については
 民主党からはもちろん、
 自民公明の与党からも質問は出なかった。
 南シナ海に関する質問は、「日本のこころ」からだけであった。

 この国会は、明らかに中共に「配慮」していた。
 これを「異常」だと思わねばならない。
 反対から言えば
 「異常」と思っていないことが「異常」なんだ。
 すなわち、中共の工作活動が国会すなわち政府与党と野党に及んでいる。
 つまり、我が国国会は、中共に協力していたのである。
 一部は意識して、一部は無意識に。

 かつて、ソビエトのKGBのスパイであるレフチェンコは、
 「日本の世論をソビエトに有利になるように仕向ける」任務を受けて日本に来て、
 我が国の政界、官界、財界、マスコミ界等のエージェントと接触し工作活動を展開した。
 そして、アメリカに亡命して次の通り証言した(一九八二年)。
 「日本人はソビエトに協力しているという意識なく協力してくれた。
  日本はスパイ天国である。」


 ソビエト無き今、我が国において、
 この「スパイ天国」を満喫しているのは何処の誰か。
 中共の工作員ではないか。
 彼らは現在進行形で言うだろう。
 「日本人は中共に協力しているという意識なく協力している。
  日本はスパイ天国である。」

 まさに、レフチェンコの証言通りのことが、昨年の国会で起こっていたのである。
 それどころか、昨年起こっていたことは、
 今も各所で起こり続けている!

 そこで、痛恨、無念の思いを以て言っておく。
 昨日、田母神俊雄元航空幕僚長の事務所等を東京地検特捜部が家宅捜索した。
 その容疑は、「勇気ある内部告発者」の告白
 に基づく政治資金の業務上横領であると発表され、
 マスコミはその通り官に「言われるままの疑惑」を流している。
 これによって、
 全国津々浦々の日本国民に、
 我が国を取り巻く中共の軍事的脅威を
 権威を以て伝達できる軍事専門家が沈黙させられるのだ。

 これを喜ぶのは、何処の誰だ。
 喜ぶのは国内と国外にいる。

 都知事選挙から二年以上も経過したこの時期に、
 突然為された検察特捜部による田母神俊雄事務所家宅捜索が、
 「スパイ天国」における中共の工作活動と無縁の
 公明正大なもの、すなわち、社会正義の実現、であると、
 言い切る材料はない。
 つまり、政界における中共の工作に影響された国策捜査
 ではないと言い切れないということだ。
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西村眞悟先生の時事通信3月7日号

2016-03-07 19:05:50 | 勉強会
日本のこころ

                          平成28年3月7日(月)

  明治天皇の御製
    しきしまの大和心のをゝしさはことあるときそあらはれにける
  本居宣長の歌
    しきしまの大和心を人問はば朝日にゝおふ山桜花

 この和歌に詠われている「大和心」が「日本のこころ」である。
 「大和こころ」、「日本のこころ」とは
 日本人の情感、
 日本人の素直な思ひ
 そのものである。
 
 そして、昨日の滋賀県近江八幡市における講演で、
 私が最後に申し上げたのも、
 「日本のこころ」
 であった。
 事前に予定して申し上げたのではなく、自然にそうなったのである。
 ここに近江八幡で述べたことの概略を記しておきたい。

 我が国の歴史教育(主に義務教育)において、
 例えばイギリスの歴史やフランスそしてアメリカの歴史を教えるに際して、
 イギリスにおいてはマグナカルタ、フランスやアメリカは人権宣言や独立宣言という文書を必ず教える。
 何故なら、これらの文書はそれぞれの国における大切な理念や国の志を明らかにしているからである。
 もっとも、イギリスやフランスやアメリカ、つまり欧米諸国は、その理念や志を掲げながら、
 他方、アジアやアフリカで平気で有色人種を差別して植民地支配を行い、
 また自国内において、奴隷制度を維持していたのである。
 従って、二十世紀において、
 彼ら欧米の人種差別とアジア植民地支配と戦った我ら日本人からすれば、
 彼らの理念や志は「偽善」である。
 とはいえ、我が国の歴史教育においては、これらの文書を「偽善文書」とは教えず、
 彼らのすばらしい「理念と志」として教える。
 
 では、我が国の歴史教育において、
 我が日本自身の理念や志を述べた文書を教えているのであろうか。
 
 明治維新以来の天皇の宸翰(国民に対する手紙)や詔書は、
 まさに我が国の理念や志を述べたものであるが、
 それを我が国の歴史教育において教えているのであろうか。
 明治維新において、
 五箇条の御誓文と同時に発せられた
 天皇の「国威宣布の宸翰」や「開戦の詔書」は教えられたことはなく、
 「終戦の詔書」(玉音放送)と四か月後の「新日本建設の詔書」は
 重要部分を隠している。
 
 「戦後」とは、天皇の詔書を隠蔽する時代である。

 「終戦の詔書」は、
 毎年八月十五日が近づくと冒頭の二行だけがマスコミで流される。
 
 しかし大切なのは後段にこそある。
 すなわち、天皇は、
 終戦の詔書において、敵の原子爆弾使用に触れられて、
 その本質が、「人類の文明を破却すへし」ものと指摘され、
 この人類の文明を守るために停戦する決断をしたと述べられているのだ。
 この時、戦艦オーガスタの上で原爆使用の報告に接して
 小躍りして喜んでいたアメリカ大統領トルーマンを例に出すまでもなく、
 当時、世界の指導者の中で、原爆使用が人類の文明を破却するものと見抜いた元首は
 天皇だけであった。
 次ぎに、天皇は、詔書を締めくくるにあたって、
 國體を護持し得たことを国民に宣言され、
 国民に「挙国一家、子孫相伝え、確く神州の不滅を信じ、総力を将来の建設に傾け、
 道義を篤くし志操を鞏くし、誓って國體の精華を発揚し、
 世界の進運に後れざらむこと、
 を国民に呼びかけられている。

 これら二つの本質的な要点は、戦後封印されている。

 さらに終戦の詔書の四か月後の昭和二十一年一月一日の
 「新日本建設の詔書」に至っては、
 表題まで「人間宣言」と偽装され隠蔽されている。
  
 敗戦後に初めて迎える新年にあたり、
 天皇はこの詔書において、まず明治天皇が明治の初めに下された
 「五箇条の御誓文」を掲げられ、
 「叡旨公明正大、又何をか加へん。朕はここに誓いを新たにして国運を開かんとす。」
 と述べられ、国民を励ましておられる。
 すなわち、
 天皇は、昭和二十一年の正月元旦に、国民に対して、
 明治維新の志を我が志として敗戦の傷手から立ち上がろうと呼びかけられたのだ。
 しかし、戦後教育は、この詔書に「人間宣言」というレッテルを貼って、
 天皇の深いご心情に蓋をして封印している。

 ここにおいて、戦後体制からの脱却のために、
 我らが大切にしなければならない「日本のこころ」が明らかになった。
 それは、戦後、封印されてきた
 「天皇の大御心」
 である。
 封印された詔書に記された
 「天皇の大御心」こそ
 我らが大切にしなければならない「日本のこころ」である。
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西村眞悟先生の時事通信3月5日号

2016-03-05 20:47:06 | 勉強会
これからの日本
平成28年3月5日(土)

 昨日指摘した国際状況の地殻変動を踏まえて、
 これからの日本はどうなるのかを簡潔に書く。

 これからの日本!
 どうなるのか。
 
 それは、我々と我らに続く世代が、
 命をかけなければ、
 守りえない事態に入るということだ。
 他国が守ってくれる事態ではないということだ。

 では、我らが命をかけて守る日本とは何か。
 三島由紀夫は市ヶ谷台で叫んだ。
 
 生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。
 生命以上の価値なくして、何の軍隊だ。
 いまこそ、われわれは生命尊重以上の価値の所在を、諸君の目に見せてやる。
 それは、自由でも民主主義でもない。
 日本だ。
 われらの愛する歴史と伝統の國、日本だ。

 吉田松陰は同志に書き送った。

 天祖の神勅に日嗣ぎの{驪サ、天壌無窮と之有り候ところ、
 神勅、相違なければ、日本、未だ亡びず、
 日本、未だ亡びざれば、
 正気重ねて発生の時は必ずある也、
 只今の時勢に頓着するは、
 神勅を疑うの罪、軽からざる也。


 さて、
 「命をかけなければ守りえない事態に入る」と言えば、
 何か特別の特異な事態に入るように受け取って
 論者を異端視するのが現在の風潮であるが、
 しかし、これこそ、
 国家存立の常態であり特別でも特異でもない。
 他国が守ってくれるという前提のもとで
 思考を停止していた今までが特異で異常なのだ。
 
 すなわち、
 我らのご先祖、先人が、命をかけて日本を守り、
 その命をかけた英霊がいまも守ってくれているから、
 現在の日本があり、これからの日本もある。

 そして、このことを噛みしめれば、
 今こそ、我らの血肉の中にある「日本」を取り戻すことこそ死活的に大切である。
 
 しかるに、「戦後という時代」は、
 内外の敵が、我が国のなかに「日本国憲法という枠組・桎梏」を造り、
 その枠組・桎梏によって、
 国民たる我らが、
 「命にかえて守るべき価値」
 すなわち「日本」を直視できないようにし、
 現実に「命にかえて日本を守った英霊」を祀る靖国神社に
 参拝しないように仕組んだ時代なのだ。

 従って、これからの日本を考える際に、
 まさに現在為さねばならないことは、
 まず、戦後の枠組・桎梏を打破して、
 日本を取り戻すことである。

 それ故、安倍晋三総理が、
 自分の政権によって「憲法改正を実現したい」と公式に発言したことを
 高く評価しなければならない。
 何故なら、戦後の枠組・桎梏とは「日本国憲法」そのものであるからだ。
 
 但し、言っておく。
 戦後の枠組・桎梏に絡め取られながら憲法改正を言うな。
 戦後の枠組・桎梏のなかの「改正」など、
 さらに増悪する「改悪」にしかならない。
 
 安倍総理、
 靖国神社に参拝してから言うべきである。
 靖国神社に参拝しえない者が、
 何を言っても、所詮、口先だけに終わるぞ。
 我ら共に、日露戦争のなかで、
 明治天皇が詠まれた御製を唱え日本を信じ勇気を出そう。
 
   しきしまの大和心のをゝしさはことある時そあらはれにける
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