生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 日々の生き甲斐、自分の過去の生育史の解釈を変えると日々のストレスが激減します。

自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感と不安感:その7:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月24日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
昨日の朝ドラの白蓮さんの姿は実に切ない姿でした。息子の遺影に何日も座り込み可愛いお嬢さんや愛するご主人をすら忘れている後ろ姿は見ている私を切ない気持にさせました。不安感と平安感のバランスを失いますと、どんなに逞しい女性でも、あのようになるようです。このバランスは神秘的な領域で、長い人生の中で、この体験は心理療法の対象ではありましても,解釈は軽率に出来ません。この状態で死を迎える人もいれば、乗り越えていく人もいます。この乗り越えていけるエネルギーは学問として、どこまで迫れるか、考えていきます。花子さんが心の葛藤を乗り越えて白蓮さんを訪問しますが、この訪問という契機が、どう展開するか、その訪問が白蓮さんの心に何を与え、どう乗り越えていくのか、明日が楽しみです。理論はこう述べていきます。不安感と平安感のバランスを崩した状態を「自己混乱感」と定義しています。その回復方法についてエリクソンは「アイデンティティを統合すれば回復する、その為には、何かに忠誠心を沸き起こさせる事が大事、と述べています。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:410>


自分の「生き甲斐」等の探究の方法について:
(1)テキスト購入先:「生き甲斐の心理学:ISBN 978-4-9903527-2-1」はアマゾン,サンパウロ書店経由で全国書店で販売されています。このブログは読者の皆様が当然、読んでいることを前提に書かれています。

(2)お詫び:テレビ(インターネットによるテレビ部門)、発売中のDVDの読者からの個別質問は多すぎて答えられません。お許し下さい。

(3)学友同志がこのブログを話題に明るく爽やかな友情で繋がりますように:
このブログの対象者:テレビ及びDVDの愛読者、ユースフルライフ研究所の講座生徒、NPO法人CULLカリタス カウンセリング学会の会員、ミッションスクール(大学、高校等)での私の勉強会への参加者、全国各地でテキストを愛読して下さっている方、FB, MIXI, TWITTERで友達関係の方々。

(4)「自分の生き甲斐」を意識化する、または、見つける方法:
「自分の生き甲斐」は「自分で楽しく創造」していく必要があります。自分の個性や生育史を否定していたら、多分、永久に自分らしい生き甲斐は見つからないでしょう。何よりも自分の過去の人生を尊重し、良い思い出も、悪い思い出も、大事にする哲学を確立する必要があります。自分の人生の流れ、独特の方向性を模索し、思索しようとしているのが私のブログです。皆さまの生き甲斐発見と悔いの無い人生確立に役立ちますように真剣に祈りつつ書いています。

(5)既に書かれたこのブログの重要な基本的諸理論について:
2005年12月10日から2012年4月6日まで2275回にわけて書かれています(第1章から11章は左側に掲載されています)。この解説文を読むと日常生活の、どのような生活場面で、これらの諸理論が役立つか理解出来ます。

(6)自分を信じる為には人間とは何者か?と言う思索をしておく必要があります。「人の身体は神の神殿」(ISBN978-4-9903527-0-7:植村高雄著):アマゾン、サンパウロ経由全国書店扱い:を読むと何故、自分を信じられるかが明確になってきます。

(7)このブログの誕生と構成内容について:
*第1章から12章:2005年12月10日から2012年4月6日まで:2275回。
*第13章から15章:2012年4月7日から2014年9月15日まで:894回。
*2014年9月15日以降、「人生を旅と心得つつ」生涯書き続けたい。宜しくご愛読下さい。

(以上)



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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感と不安感:その6:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月23日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
朝ドラ「花子とアン」がいよいよ大詰めです。27日の土曜が最終回だと思うと気が抜けて、生き甲斐の一つが無くなりました。白蓮さん関連の本が書棚に数冊ありますが、寂しそうに見えます。何故、これほどまで夢中になったのか、原因を調べました。ドラマ開始前まで、司馬遼太郎の「明治という国家」を読んでいました。この時、朝ドラが始まりました。飛鳥奈良時代の歴史の本も楽しく、その古代史に登場する人々の感情を理解させてくれるのが万葉集であるように、この明治という国家、を支えた国民の中の或種の階層の感情をタイムリーに感情として理解させてくれたのが、今回の朝ドラの前半部分でした。大正天皇のいとこでもある白蓮さんの事件は感情のレベルで大正という時代を理解することが出来ました。華族制度を調べ、どんな人々が、どんな待遇を受けたのか、その勉強もとても面白く、今、その人々がどんな生活をしているのかも、とても勉強になりました。第二次世界大戦の敗北は悲劇ではありましたが、日本人の精神構造を初めて変えた大革命でもありました。GHQのアメリカ軍人の横暴な話も「ごちそうさん」でも「花子とアン」でも沢山出てきました。鎖国の江戸時代から開国した日本人の焦りも理解出来ます。そんな流れの中で、先輩達がもがく歴史にも同情します。明治、大正、昭和初期までの日本人が、己の実力も知らないまま、戦争に向かいます。この第二次世界大戦で数百万の死者を出した日本。その反省は、日本歴史での初めての精神革命をもたらします。戦争、戦争の明治、大正、昭和の歴史を二度と繰り返さない為には、今、何をすべきか、重要な時代に突入したようです。平和構築という美しい言葉を使いつつ、若者を国際戦争に送り出さない知恵を真剣に考える時代にきたようです。

<自分は何処へ旅しているのだろうか?:409>


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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感と不安感:その5:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月22日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
人類が地球から消滅した後の世界を描いた面白い本があります。「フューチャー・イズ・ワイルド:松井孝典監修:ダイヤモンド社」と「アフターマン:今泉吉典監修:ダイヤモンド社」の2冊です。人類は地球以外の星に移住しているかどうか、私には分かりませんが、科学的にも明白な将来の人類不在の地球での姿が見えて、不安感に襲われます。そんな明確な将来を思索出来るわけですから、そろそろ平和共存、争いを避ける平和外交を人類全体で努力したいものだと普通の人は考えるでしょう。しかるに何故、今の国内外の現実があるのか、哀しいい想いで新聞やラジオ、テレビを見ている人々が多いと思います。私達も平和構築に努力しているつもりですが、なかなか思うようになりません。さて、このような現実であればこそ「生き甲斐の心理学」が役にたちます。不安感と平安感を、どうバランスさせて生きていくか、これが生き甲斐の心理学の役割ですから。朝、目が覚めて、夜寝ていく日々の生活。自分の仕事をこなし、友人達の悩みを聞いたり、聴いてもらったりしている私達。太陽が昇り、そして沈んでいく毎日。全知全能で愛そのものである神様が存在しているとすると、この地球での現実を私達は、どう解釈したらいいのでしょう?イギリスでのスコットランドの現象、イスラム国という紛争を巡る国連での対処、その現実を、どう解釈して、私達は生きたらいいのでしょう?「神義論」という学問がありますが、この探究方法は全知全能で愛である神が、この宇宙を創造し、摂理しているという事が、どういう事なのかを考えさせる分野です。永遠の課題なのですが、ここに非常に面白い良い本が生まれました。興味のある方は、是非お読みいただき、このコーナーで共に楽しく思索しましょう。その本の題名は(「ふしぎなキリスト教」と対話する):カトリツク司祭 来住英俊著:春秋社¥2800:です。少々高いですが、生涯、読める良い本です。ここでお話しました「神義論」を誰でも分かりやすく書かれた本で、多分、上記の悩み、疑問を明確にさせてくれる本ですので、是非、お読みください。混沌とした地球の問題に、一つの解決の方向性を示唆されるでしょう。「生き甲斐の心理学」の存在価値は、このように人それぞれが抱えている諸問題に振り回されてノイローゼにならない対処方法を示唆してくれます。しかし、神義論の領域については、一度、思索しておかないと世界的な視野を喪失する危険があるのです。色々と問い合わせがありましたので、生き甲斐の心理学と神義論の関係について書いておきました。混沌とした現在の地球に於いて、自分独自の生き甲斐を見出すのは大変だと思います。こんな地球ですが、それでも生き甲斐を求めて、古代史を楽しみつつ、生きるのも一人の人間の生き方でしょう。

<自分は何処へ旅しているのだろうか?:409>


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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感と不安感:その4:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月21日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
どうも気になります。私の大好きなaさんのお父さんは、どこで戦死されたのだろう?人生、色々ですが、最終的には、どちらの味方をして人生を終わってしまったのだろう?さて古代史に戻ります。aさんは額田女王、そのお父さんとは額田王です。壬申の乱で額田王は戦死したそうですが、大友皇子の側だったのか、天武天皇の側だったのか、気になります。こうした誰も知らない古代史の話で、万葉集の中にこのaさんのお父さんの和歌が一首あれば、学者が推測してくださるのでしょうが、私は、その辺りを調べたくても、調べる方法を知りません。悔しい領域です。その悔しい気持ちを和歌でも詠んで、ここにすらすらと書くことが出来ましたなら、さぞや気持ちが整理されるだろうなあ、と思うわけです。今、もう一つ気になるのが額田女王の死。時が流れ持統天皇が額田女王の長寿を讃えると、額田が感謝の歌を返した話は聞いているのですが、その和歌のやり取りを、今、調べているところです。その後、静かに亡くなった説と、藤原大島と再婚し、80才頃まで生き抜いた談山神社伝説の話も気になります。現代に生きる私が、この気になる自問自答(ストレス曲線:不安感、怒り、身体症状、鬱、錯乱の5つ)で、どの程度、丸く納めていけるかが「生き甲斐の心理学」の第三章の「プロセススケール」です。どの程度にするかは、その人の幸福曲線(平安感、友好的感情、健康感、幸福感、統御感の5つ)に関わる問題ですので、固執する程度を、どこで納めるかに迷った場合、或いは、現在、迷っている友達の場合、この第3章を思い出してくださると勉強になります。私の自己分析は低、中、高、の中くらいでしょうか!そして、いつも思う事は、ストレス曲線は私の場合、生き甲斐、生きる刺激剤となつているようです。

<自分は何処へ旅しているのだろうか?:408>


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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感と不安感:その3:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月20日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
本能的に現実を見なくするような心の作用があります。これは正常な防衛機制なのですが、病理だと断定する心理療法家がいる現実は少々、哀しいところです。どんなに逞しい男女でも現実に耐えがたい場合とか、思い通りにいかない時の焦りと混乱を乗り越える場合、人間はとても上手に、本能的にこれらの苦しい状況を乗り越えさせてくれます。心理療法を学ぶときに教科書では「as if --person」という概念、「あたかも   何々 であるかのように」振る舞う事例を病理として扱いますが、この扱いにも少々問題があります。あたかも自分が皇子様かのように振る舞う、はたで観ると少々?のように見える場合もあるわけです。しかし、この場合の程度を考えてあげないと、現代ですと入院しなければならない羽目になります。和歌、俳句を楽しむと心が健康になるのは、こうした人間の心の仕組みがあるからです。この領域を意識して、現実生活で誤解されないように、心をいつも平安に保持できるよう生活すると、案外、不安感と平安感のバランスが把握できるようになり、セルフコントロールが上手になります。万葉集や古代史の事例をこの視点から見るのも豊かな人生を構築する道の一つです。

<自分は何処へ旅しているのだろうか?:407>


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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感と不安感:その2:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月19日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
額田女王の父親は多説ありますが、私の願望を優先すると琵琶湖の東岸・近江富士辺りに野洲郡鏡里の豪族・鏡王を父とする、という説であってほしいと思うのです。額田のお父さんは壬申の乱で戦死したそうですが、この鏡王は26代宣化天皇曾孫だそうです。宣化天皇のお父さんはかの継体天皇です。額田女王は何才まで生きたかという多説でも、私の願望を優先すれば、談山神社の国宝名文をもとにした梅原説。とすれば藤原氏の有力者・藤原大島と再婚した80才説をもぎとりたいような心境です。とまあ、このような生き方をした額田女王として話を進めてよいでしょうか?ひいきめにたたりめ、で変な文章にならないように気をつけますが、生き甲斐の心理学という視点は間違いなく書いていきますのでご安心を。さて、人間は、こうありたいと思うと、どんなに冷静を装うとしましても、結論を無意識に出しておいて、そちらのほうへ、そちらのほうへ、と思索をしていく傾向があります。この傾向は学者を職業とする世界では困りますが、市民として厳しい現実を生き抜こうとしている人々には案外、救いとなります。この精神力動の是非を暫く思索してみます。私が額田の生育史を上記のように願望で判断するのは歴史学としては宜しくありませんが、心の平安感と不安感で発病寸前にある生身の人間の場合は、どうなのでしょう?
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:406>


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信じられないような嫌な事件に遭遇して感情は嵐のように乱れても、自分の役割に生き抜く逞しい女性は古代も現代も沢山います。人生での役割を意識化した人間は実の逞しいです。額田女王がその一人です。その不安感と平安感のバランスを上手に確保し、困難を乗り越えていく逞しさ、下記のお話からくみ取り、お互いに逞しく生き抜いていきましょう。さて、大切な人の死が身近にあると何となく生きる意欲が減退するものですが、Aさんは可愛い孫のBを8才で失いました。生まれつき上手く話せない障害もあり祖母としては可愛くてたまりません。もう二人の孫C、Dは明るく元気な娘ですが、ゆえあって幼くして嫁いでいきました。第二次世界大戦は誠に悲劇でした。その戦後、日本でも、色々の事情で無理に嫁がされた若い女性は沢山います。話は戻りますが、Aは天智天皇の母はである斉明天皇、Bは建皇子、Cは太田皇女、Dは後の持統天でです。難波宮に置いてきぼりにされて憤死した孝徳天皇に仕えた額田女王は今、斉明天皇に使え歌を詠んでいます。井上靖はこの辺りの生活を相変わらず美しく小説化しています。額田女王は斉明天皇の歌(額田の作?斉明の作?)をこう残しています。飛鳥川 張ひつつ 行く水の 間も無くも 思ほゆるかも:飛鳥川は今日もまんまんと水をたたえて流れている。流れ、流れ、片時も休むことはない。自分が亡き孫を思うのも、丁度その流れの休むことなきに似ている。朝から晩まで、もう再び眼にすることなき愛する者のことばかり思いつづけている。今日の朝ドラ「花子とアン」の戦死した息子を想う白蓮さんの姿も可愛そうでした。一夜にして白髪になるお話は事実のようです。
こうして額田女王は斉明天皇にも使え、かっては孝徳天皇にも使えました。額田女王は、こうした仕事をいつまでしながら、生きていかねばならないのだろうか?自分の恋を捨てて、巫女の役割に徹して、果敢に生き抜こうとしている額田女王の人生は果して、どうなつていくのでしょう?狂うことなく、生涯を生きたようです。どのような柔軟な思想を保持すれば、あのようにしなやかに、逞しく生きていけるのでしょう?学説によれば60才で死んだとする学者、80才まで生きたとする説、どちらが正確でしょうか?いづれにしても額田のアイデンティティは堂々たるもので、ぶれることがありません。女として、母として生きようとすればたちまちにして政争に巻き込まれ、破滅の道をあるかねばならないでしょうし、生き抜いた現実と歴史がありますので、そのアイデンティティは巫女としての役割を貫いたのでしょう。使命感は不安感も生みますが、正中線という平安感を生むようです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:405>


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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感と不安感:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月17日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
自分の産んだ子供がゆえあって嫁いだその夫が後日、妻の実の父親と戦争をする、実母としては、どんな気持ちでしょうか?産んだ女性が額田女王、その子供とは十市皇女、その夫とは大友皇子、実の父親が天武天皇、戦争とは「壬申の乱」です。額田の人生を井上靖さんは小説「額田女王」で実に事細かに、そのあたりの感情表現を純文学らしく美しく表現していきます。一人の女性の平安感と不安感をこんなに上手に言語化されてしまうと、読者は色々と気になり、万葉集を手当たり次第に読む羽目になります。額田や関係者の感情が知りたくなります。そして万葉集を読むと、さもありなん、と私は納得して、真面目に仕事が出来るのです。壬申の乱は672年、大友は殺されますが、十市皇女は生き延びて、679年に死んでいますが、どうも自殺説が濃厚で、とても可愛そうな女性です。こうして平安感と不安感で織りなされていくそれぞれの人生ですが、現代に生きる私達も、日々、どんな不安感と平安感を織りなしながら生きているのか、ノートに書きだす必要があります。ノートに書きださないと、非常に不確実な思索をしており、ぶつぶつ文句を言うだけの日々になりそうです。本気で悔いの無い幸せな人生を送りたい人は、この日々の平安感と不安感をノートに書きだし、理想と現実のギャップを意識化しておかないと、無駄なエネルギーをどんどん消耗してしまいます。努力の無い所に平安はありません。負のエネルギーは人を駄目にしてしまいますから、生きる意欲に満たされるように、この不安感の内容だけでも意識化し、言語化する必要があるようです。

<自分は何処へ旅しているのだろうか?:404>


自分の「生き甲斐」等の探究の仕方について:
(1)テキスト購入先:「生き甲斐の心理学:ISBN 978-4-9903527-2-1」はアマゾン,サンパウロ書店経由で全国書店で販売されています。このブログは読者の皆様が当然、読んでいることを前提に書かれています。

(2)お詫び:テレビ(インターネットによるテレビ部門)、発売中のDVDの読者からの個別質問は多すぎて答えられません。お許し下さい。

(3)学友同志がこのブログを話題に明るく爽やかな友情で繋がりますように:
このブログの対象者:テレビ及びDVDの愛読者、ユースフルライフ研究所の講座生徒、NPO法人CULLカリタス カウンセリング学会の会員、ミッションスクール(大学、高校等)での私の勉強会への参加者、全国各地でテキストを愛読して下さっている方、FB, MIXI, TWITTERで友達関係の方々。

(4)「自分の生き甲斐」の造り方:
「自分の生き甲斐」は「自分で楽しく創造」していく必要があります。自分の個性や生育史を否定していたら、多分、永久に自分らしい生き甲斐は見つからないでしょう。何よりも自分の過去の人生を尊重し、良い思い出も、悪い思い出も、大事にする哲学を確立する必要があります。自分の人生の流れ、独特の方向性を模索し、思索しようとしているのが私のブログです。皆さまの生き甲斐発見と悔いの無い人生確立に役立ちますように真剣に祈りつつ書いています。

(5)重要な基本的諸理論の説明については:
2005年12月10日から2012年4月6日まで2275回にわけて書かれています(第1章から11章は左側に掲載されています)。この解説文を読むと日常生活の、どのような生活場面で、これらの諸理論が役立つか理解出来ます。

(6)自分を信じる為には人間とは何者か?と言う思索をしておく必要があります。「人の身体は神の神殿」(ISBN978-4-9903527-0-7:植村高雄著):アマゾン、サンパウロ経由全国書店扱い:を読むと何故、自分を信じられるかが明確になってきます。

(7)このブログの誕生と構成内容について:
*第1章から12章:2005年12月10日から2012年4月6日まで:2275回。
*第13章から15章:2012年4月7日から2014年9月15日まで:894回。
*2014年9月15日以降、「人生を旅と心得つつ」生涯書き続けたい。宜しくご愛読下さい。

(以上)



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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感:その4:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月16日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
強い人に従い、自分を置いて去っていった妻や子供や親族がいたら、置き去りにされた夫は、どんな気持ちだろうか?人生、色々の事情があり、退職金を全部持参して家を出た女房の話もあります。畏れ多い話ですが、下記のお話は古代日本のお話です。難波宮に置き去りにされた方が孝徳天皇、夫を置いて天智天皇についていった妻は間人皇后:額田女王が人伝えに聴いた孝徳天皇の歌:鉗着つけ 吾が飼う駒は 引出せず 吾が飼う駒を 人見つらむか:かなぎつけ あがかうこまは ひきでせず あがかうこまを ひとみつらむか:自分の飼う駒は自分の自由にならず、自分以外の人が見ているのであろうかという意味、と井上靖さんは書いています(額田女王)。歴史の解釈は皆様におまかせ、ここでは置き去りにされた人間の哀しみ、不安感、これらのストレス曲線を乗り越えた人が生き残りますが、このストレス曲線に勝てない人は死んでいきます。案外、死を選ぶ道は簡単な事がありますが、出来れば、最後の最後まで希望を捨てずに生き残る責任があると確信しています。俳句や和歌をストレス曲線を乗り越える為の手法として活用下さい。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:403>



自分の「生き甲斐」等の探究の仕方について:
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(4)「自分の生き甲斐」の造り方:
「自分の生き甲斐」は「自分で楽しく創造」していく必要があります。自分の個性や生育史を否定していたら、多分、永久に自分らしい生き甲斐は見つからないでしょう。何よりも自分の過去の人生を尊重し、良い思い出も、悪い思い出も、大事にする哲学を確立する必要があります。自分の人生の流れ、独特の方向性を模索し、思索しようとしているのが私のブログです。皆さまの生き甲斐発見と悔いの無い人生確立に役立ちますように真剣に祈りつつ書いています。

(5)重要な基本的諸理論の説明については:
2005年12月10日から2012年4月6日まで2275回にわけて書かれています(第1章から11章は左側に掲載されています)。この解説文を読むと日常生活の、どのような生活場面で、これらの諸理論が役立つか理解出来ます。

(6)このブログの誕生と構成内容について:
*第1章から12章:2005年12月10日から2012年4月6日まで:2275回。
*第13章から15章:2012年4月7日から2014年9月15日まで:894回。
*2014年9月15日以降、「人生を旅と心得つつ」生涯書き続けたい。宜しくご愛読下さい。

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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感:その3:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月15日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
今日は臨時ニュースというか、額田女王よりも「花子とアン」について脚本家のNさんがラジオで語っておられたお話を書きたくなりました。9月15日から最終回の27日、この2週間の脚本の為に前半がありました、というお話。つまりこの最後の2週間は一番大事な脚本だと、言うわけです。分かるような気がします。この最後の2週間のシーンが楽しみです。今、放映されている場面は、終戦の年、1945年1月が土曜日13日のシーンでしたから、最後の2週間が楽しみ。このように<最後「?}の為に、今までがある、この人の為に自分の人生がある、この神様の為に、自分がある>、こう言い切れる人々、例えば、この脚本家のNさんにしても、愛し合う人々にしても、こう言いあえる人々は本当に幸せ者。結果がどうあれ、このような考え方は人を悔いの無い人生にしてくれます。人を不幸にし、自信を喪失させ、悔いを残させるもの、それは不安感。その「不安感」は「理想」と「現実」との「ギャップ」ですから理想の世界を意識化し、言語化してノートに書き出す作業をする必要があります。ノートに書かないと、この不安感の源流である「理想」は把握できません。花子とアンの脚本家は常に意識化し、言語化している人ですから、このラジオでの発言は貴重な確信で、私にとても爽やかなエネルギーを与えて下さいました。最終回までのシーンとそれを奏でる言葉が楽しみです。脚本家の実力と評価が決まるでしょう。マスコミで発言された勇気も凄いですが、自信に裏付けられた女性の凄さ逞しさを感じた次第です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:402>



下記は毎回同じ記事です:
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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感:その2:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月14日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
自分が生きていく喜び、意味、価値を感じている人、感じていない人、その差は相当大きいようです。同じ自問自答でも、いつも暗い自問自答をしていると、だんだんと生きていく喜び、希望を感じなくなります。人間の力は物凄いエネルギーと知恵があるようですが、この潜在能力を意識化しておかないと厳しい現実を乗り越える事が出来ません。現代も古代も同じようです。額田女王が詠んだ下記の歌には複雑な政治の背景からくる切なさが読みとれます。天智天皇は孝徳天皇を置き去りにして大和に都を移しますが、またまた、白村江の戦で大敗し、外敵侵入をおそれた天智天皇がまた都を大津に移します。やまとの三輪山は信仰の山でもあり、その三輪山の姿がみたいのに、雲に覆われ、なかなか見られない哀しみを、複雑な政治、人生の愛寂に重ねて詠まれた名歌:三輪山を しかも 隠すか 雲だにも 心あらなも 隠さふべしや:三輪山を どうしてそんなふうに隠すのか せめて雲だけでも 情けがあってほしい。隠すなんてことがあってよいものか:大切なもの、愛する人、別れがたいものから別れたくないのに、現実ではどうしようもない人生での別離、いつの時代も哀しいものですが、この不安感の中にも、歌を詠むことで、平安感を手にいれる日本人の文化を現代でも大事にしたいものです。厳しい現実から平安感を得る為に、俳句、和歌を平安感を得る為の手法にしている人は幸せ。心の余裕は病理を防ぎます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:401>



下記は毎回同じ記事です:
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(3)ブログを書いている理由:
私のブログの読者の皆様へ:このブログは下記の方々と共に自分の人生を有意義に楽しく明るく爽やかに生き抜く事を目的に書かれています。テレビ及びDVDの愛読者、ユースフルライフ研究所の講座生徒、NPO法人CULLカリタス カウンセリング学会の会員、ミッションスクール(大学、高校等)での私の勉強会への参加者、全国各地でテキストを愛読して下さっている方、FB, MIXI, TWITTERで友達関係の方々。

(4)生き甲斐の造り方:
「自分の生き甲斐」は「自分で楽しく創造」していく必要があります。自分の個性や生育史を何よりも尊重しつつ、その人生の流れ、独特の方向性を共に模索し、思索しようとしているのが私のブログです。皆さまの生き甲斐発見と悔いの無い人生確立に役立ちますように祈りつつ書いています。

(5)大切な諸理論の説明については:
諸理論についての解説文は2005年12月から2012年4月6日まで2275回にわけて書かれています(第1章から11章は左側に掲載されています)。この解説文を読むと日常生活の、どのような生活場面で、これらの諸理論が役立つか理解出来ます。

(6)現在進行中のブログ内容について:
第12章以降から今日のブログは気楽にお読みください。このブログで皆様と親しく心の交流を図りながら、悔いの無い人生とは何なのか、それぞれの生育史を大事にしつつ、模索しています。

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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感:その1:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月13日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
古代の話ですが都が新しい場所につくられ、天皇を置き去りにして政府首脳が新都に移住します。大量のねずみ達までも人間について移動した、と言われています。置き去りにされた天皇、どんな気持ちでしょう?歴史の真実、その解釈はさしおいて、現代にもある話です。Aさんは自分の意見を堂々と主張します、しかし、周囲は、あ、そう、それじゃ、またね、と言いながら、その人を置いたまま、新しい所へいってしまいます。私の学友も、理由は複雑でわかりませんが、あ、そう、と家族に言われ、おいてきぼりにされた学友がいました。彼は、生涯、家族の為に働き、単身赴任をし、退職金を家族に渡したのになあ、と私に相談にきました。古代も現代も、理由を問わず、こうして孤独に死んでいく人々は沢山います。残された天皇は孝徳天皇、額田女王は何故か、しっかりと孝徳天皇のそばに仕えていたそうです。部下を引き連れ新都に戻ったのが天智天皇と藤原鎌足。我等の額田さんは、この頃、どんな歌を詠んだか、ご存じの方は教えて下さいませ。さて、孝徳天皇の息子・有馬皇子はその後、色々ありまして反乱をおこしますが、してやられて殺戮されます。可愛そうな皇子でした。その時の歌:岩代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば また帰り見む。何とも切ない歌ですね!しかし、死にゆく人が必ずしも不安感だらけとは言えません。平安感もあるのです。不安感の中の平安感は神秘的ですが、そう解釈しないと、あまりにもせつなすぎます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:400>



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(5)諸理論についての気楽な解説文は2005年12月から2012年4月6日まで2275回にわけて書かれています(第1章から11章)。この解説文を読むと日常生活の、どのような生活場面で、これらの諸理論が役立つか理解出来ます。

(6)第12章以降から今日のブログを気楽にお読みください。

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自分は何処へ旅しているのだろう?:平安感:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月12日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
万葉集を読んでいくと、或事に気付きます。暗い感情を和歌に紡いだ後、その作者はすっきりしているようです。このように暗い感情を吐きだす為に、誰か身近な人に八つ当たりしたり、現代ならインターネットで当たり散らしたりしますと、生身の人間は蓄積したストレス曲線が発散され、案外、あっさりと平安感になれる仕組みを人間は所持しています。この発散した後の、すっきり感は心理療法で定義する「平安感」の一つでもあります。この平安感という学術用語について暫く思索します。病的な不安感、健全な不安感を洞察する難しい作業は心理療法の現場で大事にはしますが、このようなブログで専門の解説をする事ほど、野暮なことはありません。さて、この暗い感情の分析よりも、人の心を安らかに、安心させてくれる「平安感」について、どう展開していこうとしているかと言いますと、テキストの5ページとエリクソンの人格発達論を横目に見ながら、書いていきます。更に今回はテキストと併用して、井上靖「額田女王」と「万葉集」を活用して書いていきます。不安感が解消した後のフィーリングを平安感と定義しておきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:399>



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(3)私のブログの読者の皆様へ:このブログは下記の方々と共に自分の人生を有意義に楽しく明るく爽やかに生き抜く事を目的に書かれています。テレビ及びDVDの愛読者、ユースフルライフ研究所の講座生徒、NPO法人CULLカリタス カウンセリング学会の会員、ミッションスクール(大学、高校等)での私の勉強会への参加者、全国各地でテキストを愛読して下さっている方、FB, MIXI, TWITTERで友達関係の方々。

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(5)諸理論についての気楽な解説文は2005年12月から2012年4月6日まで2275回にわけて書かれています(第1章から11章)。この解説文を読むと日常生活の、どのような生活場面で、これらの諸理論が役立つか理解出来ます。

(6)第12章以降から今日のブログは、気楽な文章です。

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自分は何処へ旅しているのだろう?:悔いの無い人生:その7:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月11日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
天智天皇が鏡女王に贈った歌:妹が家も、継ぎて見ましを、大和なる、大島の嶺に、家もあらましを:鏡女王の返し歌・秋山の、木の下隠り、逝く水の、吾こそ益さめ、御思よりは:この二人です。色々ありましても、この鏡皇女を藤原鎌足に与える天智天皇を額田女王は、どう思ったか、文学としては大いに楽しめますが、ストレス曲線(不安感、怒り、身体症状、鬱、錯乱の5つ)から分析しようとすると、相当切ないものを感じます。さて、全てを諦めて、死を選ぼうと決意したクライエントを「生き甲斐の心理学」は、もう自分達の実力を超えた事例だと、諦めています。この死の決意の遥か手前の段階ならば、私達セラピストが努力すれば、何とか希望が持てます。死を決意する人間は古代も現代も同じだと私は思います。死を選ぶ人の心理過程、段階はストレス曲線の最終段階・錯乱ですので、生き甲斐の心理学が挑戦出来るストレス曲線は、第一段階の不安感と第二段階の怒り辺りが限界です。身体症状の段階になると医師の領域に突入します。不安感の段階で何とか上手に対処するか、しないか、が私達の実力の限界です。洞察力、セラピストとしての識別力の問題。実力以上の受理はサイコセラピストの社会犯罪かもしれません。自殺に至る不安感なのか、そうでないのか、この第一段階の不安感の処理が人の人生を左右していきます。過剰反応はまずいですが、現実吟味力があれば、サイコセラピストは、その第一段階の不安感を見事に対処していきます。病的な不安感、健康な不安感がありますので、この辺りの微妙な識別研鑽が難しいところでしょう。自分自身を省みて、今、感じている不安感は健全なものかどうか、皆様はどう考えていますか?答えは身体症状です。身体症状が出るまで人は自分を不安に追い込む考え方を修正しないと、致命傷になるでしょう。楽天主義、どんなに厳しい現実を迎えても、鼻歌を平然として歌いながれ生き抜く哲学を所持している人は沢山います。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:398>

テキスト「生き甲斐の心理学:ISBN 978-4-9903527-2-1」はアマゾンでもサンパウロ書店でも全国の書店で販売されています。

「自分の生き甲斐」は「自分で楽しく探究」していきましょう。自分の個性や生育史を尊重しつつ、その方向性を共に模索し、思索しようとしているのが私のブログです。皆さまの生き甲斐発見と悔いの無い人生確立に役立ちますように祈りつつ。

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自分は何処へ旅しているのだろう?:悔いの無い人生:その6:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月10日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
美しい姉妹がいて、その姉のほうが地位のある人に嫁いでいく、月日が流れ、嫁いだ人が或理由で、その偉い人の部下に無理にお嫁にだされる、こんな話が昔も今の、しばしば聞かされました。額田女王の姉・鏡女王は天地天皇の妃となりますが、色々あって藤原鎌足のお嫁さんにされてしまいます。額田女王の気持ち、その辺りは万葉集を読むのが一番ですが、運命に翻弄される私達は、どうこのやるせない感情を処理したらいいのでしょう?古代飛鳥も現代も、この翻弄される自分の感情の処理に成功すると、生き抜けますが、処理に失敗すると、どんどん流されていきます。信仰や信念に基づいて死を選ぶ美談も山ほどありますが、さあ、どのようなものでしょう?果して美談として処理していいものかどうか!生き延びる努力をしないで、安易な死を選ぶのか、努力して最後の最後に殺されていくのか、その選択の微妙な領域は他者にはわかりません。簡単に死を選ぶ人、最後の最後までぎりぎりまで生き抜く事のエネルギーをそそぐ人、この領域を少し考えてみます。生き甲斐の心理学は、この生き延びる人間と簡単に死を選ぶ人間を、どういう視点で考えようとしているのか、皆様と共に思索したいもの。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:397>

テキスト「生き甲斐の心理学:ISBN 978-4-9903527-2-1」はアマゾンでもサンパウロ書店でも全国の書店で販売されています。

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