生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 日々の生き甲斐、自分の過去の生育史の解釈を変えると日々のストレスが激減します。

自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:わびとさび:その3:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月03日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
海外で生活すると日々の感動とか深い興味をしめす私の対象(ものであれ、感情であれ)をゲラゲラ笑う学友が沢山いました。それと同様にアフリカ、インド、中国、その他の若い青年同志が、そのように互いに侮蔑したり、理解不能の表情を見せたりしあいながら成長していきました。比較文化、比較宗教学を学ぶ場合、やはりイギリス、フランスが良いように思います。教科書からではなく、同じ研究室で勉強している研究生徒を、いつも暖かくも守って下さった非常に良い教授がおられたお陰で、私の20代半ばは幸せでした。さて今まで、日本人の6つのアイデンティティを巡り、色々書いてきましたがこの回で終了します。次回は同じ人生の旅についてのブログすが、また、別な視点で生きる事の楽しさを生き甲斐の心理学として楽しく書いていきます。お楽しみに。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:390>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:わびとさび:その2:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月02日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
数十年、茶道を楽しんでいる人々の話を拝聴すると、その茶道での所作動作がとてもシンプルとなり、形式美とし味わう場合、無駄の無い所作、簡素化されつくした美しさに感動するそうです。さて、学友の中のも無駄な会話はしない、しかし、その、どちらかというと沈黙の人ではありますが、人間らしい温かみと優しさが周辺に漂います。生身の人間としてのシンプルさ、無駄の無い会話、それが「わびとさび」の本当の姿、いきつくところかもしれません。茶人の会話で虚飾を感じる人々は修行が足りないのでしょう。岡倉天心の「茶の本」を是非、お読みください。きわめつけのお話が沢山、出てきます。この本は世界中の言語に翻訳され、異文化の人々にも深く愛された名作です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:389>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:わびとさび:その1:幸福な日々の為の自問自答集

2014年09月01日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「わびとさび」の落ち着いた幸福曲線(平安感、友好的な感情、さわやかさ、幸福感、統御感の5つ)は日本人ならではの、美しい美学でしょう。この日本人のアイデンティティを意識化すると、日々の生活が美しい五感と体感に満たされます。わびとは何か、さびとは何か、という言葉の定義も思想史としては大事でしょうが、子供にも教えると、ふーんと何かを感じるようです。昔、私の甥や姪に、このわびさびの話をしたことがありますが、以来、時々会うたびに、おじちゃん、この前、こんな気分になったけれども、これが「わびとさび」かなあ、と問いかけてきました。思わず、ぷーっと内心動揺しましたが、そうだ、それだ、と言うととても楽しそうに満足していたようです。学校の先生には「変なおじちゃんだね」と言われて以来、わびとさびの話題はでなくなりましたが、大人になりましても、その世界を大事にしているようです。このように日本人でありながら、「わびとさび」を意識しないよりも、十分意識化したほうが現代生活をより深いものとし、日々の生活感情の中で、心のやすらぎ、喜び、生き甲斐をすら与えてくれるのが、この「わびさび」の世界でもあります。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:388>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:わびとさび:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月31日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
茶道を知らなくても京都奈良の名園を控えた茶室で頂く一服は、まさに「わびとさび」という感覚での喜びと幸福を堪能させてくれます。このわびとさびは人々を落ち着いた幸福曲線(平安感、友好的感情、健康感、幸福感、統御感の5つ)へと導きいれます。この言葉「わびとさび」は比較文化の世界では有名な言葉、概念です。しかし、比較文化の勉強をしていても、その解釈は相当違います。友人の例なのでお話しますが、こんな事がありました。
数年前、若い頃の友人がイギリスで偉くなっていましたが、その筋の団長として日本にきました。東京での国際会議で再会したあと、彼の希望で鎌倉の某寺で座禅をしに案内しました。彼にとって座禅は初体験。そのお寺のお坊様は心のひろいかたで、ドハデな衣装に着替えたイギリスの友達(イギリスからこの日の為に持参しているドハデな衣装:弁慶を演ずる歌舞伎役者のような衣装)を嫌がらずに、そのままま茶室に案内します。そこで一服のお茶をいただき感動して東京のホテルに帰っていきました。彼からの感謝の手紙に「わびとさび」の心境が実に楽しかったと書いてありました。それでいいのです。後日談ですが、そのお寺のお坊様は、後でいわく、あのような偉い方が、あのような派手な衣装で、座禅をし、そして茶室でお茶をいただき、涙して感動する姿を見て、禅の坊主をしたいたお陰だと、感動されているのです。イギリスの友人も感動していたし、そのイギリス人を受け入れたお坊様も、両方に対して、私は感動しました。わびとさび、という領域について、比較文化論としての視点から暫く思索していきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:387>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:もののあわれ:その6:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月30日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
さて自分の存在自身が「もののあわれ」そのものであると解釈している人が、今後、どの方向へ流れていくか、とても興味のある領域です。現代生活を幸せにしてくれる読書に平安時代の文学(源氏物語、今昔物語等)があります。この文学を解釈し楽しむ為には、この「もののあわれ」を思索する必要があるのですが、感情的に、この「もののあわれ」に耐えがたいと感じる人は、当面、避けたほうがいいかもしれません。大きく二つに分けますと、この概念を知った事で「不幸感が増えるタイプの人」と「幸福感が増えるタイプ」があります。その原因は明確で「生育史による解釈の仕方」です。解釈を変えると世界が変わるように、日本人伝来のこの「もののあわれ」の解釈を、現代で、幸せに生きれるような解釈をしたいもの。それぞれの民族が所持するDNA的な精神構造は、これからも生き延びる為のエネルギーと美意識からの幸福感を増やす為のものとして取り扱いたいし、自滅していく為の伝統ではないはずで、祖先が生み出したこの感受性を大切にしたいものです。豊かで、物静かな幸福感を現代で味わう余裕がありますと、複雑な現代文明のぎすぎすしたものが、落ち着いた幸福感を、この「もののあわれ」がもたらしてくれます。和歌の一つでも自分流で紡ぎながら明るい日々をお送り下さい。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:386>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:もののあわれ:その5:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月29日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「もののあわれ」と言う言葉を日常生活で意識化していない人でも、この概念を意識化したおかげで元気になった話も沢山あります。幼稚園児にすら散見できる精神現象なのです。例えば、寂しいいなあ、とはいまだ言語化出来ない幼稚園児です。何となく寂しく感じて、わけのわからない感情に戸惑うのが子供時代ですが、夕日やお腹が空いた時や友達と喧嘩してもやもやする寂しさを感じる子供時代を思い出しますと、その「もののあわれ」の原型にたどり着けます。もののあわれの原型は、この子供時代とその周辺の大人の対応で、日本人のアイデンティティがかたちづくられていくもの。どの民族も子供の時の感情とその処理の仕方の文化がとても大事で、感受性の形成を勉強していくと、とても楽しいのです。昔、藤原書店から「感性の歴史:フェーヴル、デュビィ、コルバン、共著」という名作が出版されましたが、この本を読みますと各人種、文化により同じ人間の感受性ですが、その文化により解釈が随分と違ってくるのが分かります。パンドラの箱が開いて、それ相応の知識が身につきますと、却って不幸を感じる時もありますが、人生の深い味わいは激増してきます。さて「もののあわれ」という感情は、その独特に意味を意識化しておけば、ストレス曲線(不安感、怒り、身体症状、鬱、錯乱の5つ)は、不思議な事に場合によりかえって大きな幸福感を生む場合があるのです。ストレス曲線の中に美しい人生の黄昏を感じたり、白蓮さんのあの憂いの表情の中に何とも言えない女性美を見たりします。このように「もののあわれ」と「ストレス曲線」を意識の中で楽しむ訓練をしていく内に、この日本人独特の感性が、自分を豊かにしていく要素でもあることが分かります。自分の存在そのものが「もののあわれ」だと絶望しても、解釈如何で、幸せへの契機ともなります。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:385>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:もののあわれ:その4:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月28日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
比較文化論は面白いのですが、大学の研究室を修了する際の必修レポートの課題の中での下記課題も、その一つでした。色々の国から来ている青年達も、この課題で大分、鍛えられました。その課題とは「自分の所属する文化の中で一番自分の存在を否定せざるを得ない文化について述べよ」でした。アフリカから来たM君は「呪詛された時の精神構造」を書きました。インドから来たN君は「政敵を暗殺せざるをえない人間の精神構造について」、イギリスのW君は「人は何故自殺するのか」を書きました。私は「もののあわれ」を書きました。さて、この私が書いた論文(レポート風)は「もののあわれ」でしたが、その私の序文は詳細は忘れていますが、方丈記の高校時代に大学受験用として暗記した文章(例のうたかたの川の流れは、あたかも泡のごとしーーーー)をまる写しして恩師に見抜かれ、再度、提出を命令されたことを今、楽しく思い出しています。私が書きたい点は、生きていてもしょうがない、なぜ、このような空しい世を生きる必用があるのか、という書き出しを長々と書き続けました。あたかもイギリスに何をしに来たのか、何故、こんな難しい勉強をイギリスで、貴重な自分の青春時代に学ぶ必要があるのか等、嘆きのセニョールそのものの文章でしたので、恩師の夫人が心配して夕食に招待された記憶もあります。さて、現代に生きている私達日本人が、生きる意味をどう解釈していきているのでしょうか?現代人でも、湧き出す感情「もののあわれ」を、単なる、つまらない感傷ととらえてしまし、この感情の背景には長い日本人のDNAが存在している事を忘れている人々も沢山います。自分の湧き出した感情「もののあわれ」から、自分の全人生を否定する人もいるくらいです。この一見、なんでもない領域の精神構造は自殺、生き甲斐、生きる喜び、美意識に、色々関わる重要な概念ですので暫く思索します。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:384>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:もののあわれ:その3:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月27日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「もののあわれ」として感じる一番重要な対象物は、あれ、と思うでしょうが自分自身だと言われています。宇宙の中の自分、地球上での自分の存在、また、日本という国家の中での自分の存在、この自分という存在こそ、一番「もののあわれ」そのものです。哲学はここから生まれます。何故、自分こそが「もののあわれ」なのでしょうか?
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:383>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:もののあわれ:その2:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月26日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
日本人が感じる「もののあわれ」という感情には深い意味があります。もともと「もの」は神という意味で、多少、アニミズムの香りはしますが、山、川、石、木、すべてのものに「もののけ」を感じる民族でもあります。ふと旅をして、古い神社仏閣や霊地といわれる岩場に立ちました時に感じる神聖な気分は、私達に天が何かを示唆していると解釈したほうがよさそうです。どの民族にも聖地がありますが、日本の場合は、このアースフィーリングの他に、日常生活の森羅万象に触れた時も俳句を読んだり、和歌を詠んだりしながら、この「もののあわれ」を表現したい衝動にかられます。非常に複雑な感情生活を祖先がしてきた証拠でしょう。DNAに記憶された国民性を無視すると現代人に精神的な異変を与えます。民族独特のアイデンティティを意識化し、その特性を活かす思想が必要なのですが、意外とこの領域は日本人だけでなく、現代の世界各地では無視されているようです。テレビ、ラジオ、インターネットの影響かもしれません。もののあわれを感じた時、この貴重な感情を無視せず、何故、このような感情が生じてきたのか、その湧き出す感情の意味を考えると、そこに不思議な悟りや気づきが見えてくる場合があります。湧き出す感情がどんなものでも、その意味を考える習慣がつくと、面白いものが見えてきます。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:382>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:もののあわれ:その1:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月25日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
大好きな英雄が死んだと認めがたい場合、源義経が大陸に渡り、ジンギスカーンになったりします。私が感じる「もののあわれ」の代表例は次の物語です。壇ノ浦で幼い安徳天皇を平清盛の正室・平時子が「この波の下の都でーーーー」と幼い安徳天皇に優しく語りかけつつ、入水した話は哀しい物語です。その安徳天皇の死を認めがたいのか、とても感動的な伝説があることを数年前のテレビで知りました。そのテレビのお話です。2012年9月29日、NHK BS3ですが、この伝説が楽しく、見ながらしみじみと「もののあわれ」を感じた次第です。その伝説は高知の越知町に800メートルくらいの横倉山辺りに、この安徳天皇が28才まで生きていた、という話。さて、話は変わりますが、現地に伝わる民話を私が世話になりましたイギリスの研究室の教授達(比較文化論)は、とても大事にしていました。特にアフリカ、その他の伝説の村の長老の語る伝説をテープに記録しておき、大学に戻り、文書にして、何回も聴いていました。このNHKのテレビも、見ていると、やはり当時の人々が幼くして入水した安徳天皇を生かしておきたかった気持ちが分かります。この物語は日本人の気持ちをとても美しく表現しているなあ、と思います。この伝説を語り続ける人々が、自分の心の中で、しずしずと動き流れるこの心情「もののあわれ」を深い想いから語り続けたのです。そんな民話の現場を訪ねる私達も、旅をして、その現場に現場に立ちますと、ひょっとして地霊が私達に何かを訴えたいとしているかもしれません。したがって、比較宗教学の教授は経験から、そこで感じるアースフィーリングを大事にしなさい、と言うのでしょう。現地に立ち、そこで感じるインスピレーションから大発見をするトロイのヘレンの発掘現場もあるくらいです。迷信だと笑わないで、現地に立った時の感情を大事にしたいものです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:381>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:もののあわれ:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月24日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「もののあわれ」、なんとも素敵な言葉です。万葉集、古事記、平家物語、この代表的な作品を読むと、このもののあわれを感じます。特に壇ノ浦での平家滅亡や琵琶法師の話は何とも胸を打つ話です。今回から日本人のアイデンティティの一つ、もののあわれと愛の物語に入ります。第53回作品・2012年NHKの大河ドラマ「平清盛」(第1回が1963年、花の生涯)は何とも面白く、私は生き甲斐すら感じました。勉強仲間と厳島神社を訪ねたのも感動ものでした。この平家物語を思い出しながら「もののあわれ」を思索してみます。「愛ともののあわれと幸福の日々」は実に思索のしがいがある旅でもあります。ご一緒にこの旅を楽しんで下さい。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:380>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:幽玄美:その5:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月23日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「共感能力の欠如」と言う概念は心理療法ではしばしば研究対象になります。程度の差は各自バラバラですが、極端に相手の気持ちを推察出来ない人は、とかく色々と批判の対象となります。人間、自分の感情以外はだれでも、そう簡単に理解出来ないものですが、人は何故か互いに侮蔑しあうのが好きなようです。さて、歴史上有名な場所に立ちましても何も感じないといって悩む人がいますが、悩む必要はありません。何故、感じているのに、感じないと思うのか、その原因を楽しく分析していくと、旅が益々楽しくなります。心の奥底で感じているいるのに「感じないと悩む」自己分析が、色々の意味で、人間の幸福感に繋がります。特に愛と幽玄と幸福感は日本人にはとても大事な感性ですので、これからの人生の旅を楽しんでいただく為にも、少々解説いたします。感じているのに感じていない、と思うのは少々問題。健全な「共感能力を育てる為に」すこし勉強してみましょう。人に好意を持つ、もちろん、健康な好意で、邪心ではありません。その他者からの好意を邪眼で観たり、解釈したりする素直でない事例の話です。美しく健康的な好意を持つのも、人の自由。その他者からの好意をサラリと感じ取て、素直に有難うと言わない人の話です。生育史が深く関係していますが、素直に、有難う、といったばかりに、図に乗って深入りされた経験が多いのかもしれません。特に男女関係の体験から、人の好意を危険視する男女がいますが、これも意識化と修行の問題かもしれません。他者の事は、ここでは差し置きまして、自分自身が感じる歪んだ感性を直しておきましょう。健全な人の好意は素直にサラリと受け入れる訓練をしておかないと、この愛と幽玄と幸福感はいつまでも健全な喜びになりません。悔いの無い楽しく明るく、爽やかな日々を送る為にも、人の好意をサラリと受け入れる「共感能力」だけは大切にしたいもの。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:379>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:幽玄美:その4:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月22日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
琵琶湖の北、菅浦の里に戻りますが、そこに隠棲された淳仁天皇の話は、政治的、倫理的話はさておいて、何とも気の毒な壮年でした。33才で人生を終わる宿命もさることながら、明治まで、ひょっとすると現代の政財界までもその影響のある藤原氏の話の一つでもあります。道鏡と称徳天皇の話題はことかきませんが、あわれなのは恵美押勝こと藤原仲麻呂の最後です。反乱をおこし琵琶湖のほとりで一家もろとも惨殺されましたが、淳仁天皇の妃はこの藤原仲麻呂が元気で活躍していた頃、その息子の一人の未亡人をお妃にしました。死んだ息子の嫁さんを、淳仁天皇が妃にした経過を想うと何となく複雑で、もののあわれを私は感じます。あれこれと翻弄され、遂には淡路に流され廃帝にされ、明治3年に明治天皇が再び天皇の称号を与えるまで、歴史上、廃帝のままでした。どんな性格だったのか分かりませんが、何とも哀れな人生です。菅浦の須賀神社は明治42年まで保良神社でしたし、今でも淳仁天皇舟型御稜が大切に村人に守られています。今年は大変暑い日々ですが、その暑い8月2日に訪問したのですが、長命寺の808段の階段、その他の坂道で疲れ果てていましたので、ここ須賀神社の階段を登る気もなく、時間も迫っていましたので、須賀神社資料館で藤原氏の子孫の方々の説明を受けたり、その関係者と会話をしたのですが、或種の感動を覚えました。琵琶湖、近江は中臣鎌足(藤原氏の祖)が何とか古族を追いだし、藤原の土地にしたい話は有名ですが、藤原一族の念願だそうですが、現代を旅しても、あちこちに、その支族の名前を見るたびに、藤原一族の執念を感じました。逞しい一族です。凄まじい歴史に想いをはせ、旅をして、夜空を見上げたり、仏像に接したりしていきますと、私の心は自然と色々の歴史に生きた人々の怨念を感じだします。それぞれの時代を真剣に生きた人々の愛は万葉集を読めば、肌で感じます。愛と幽玄と幸福感は、これからも益々、日本の文化の中で美しく咲くことでしょう。日本人の心の故郷を大いに楽しみながら生きていきたいものです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:378>

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自分は何処へ旅しているのだろう?:愛:幽玄美:その3:幸福な日々の為の自問自答集

2014年08月21日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
「信仰生活」と言われている心の領域で、時々、愛と幽玄と幸福感の混濁現象が見られます。どんな宗教でも、その信徒の心の世界の中で、神仏との融合の体験からくる非常な神秘的な体験があり、その過去の素晴らしい神秘的な原因から心を病んでいく事例は沢山あります。入院してくる素晴らしい人々(学問もあり、教養豊かで、優しい人々が案外多い)の分析は難解を極めます。心理療法家の手におえない事例が多いのですが、退院していかれる時は、過去の美しい心の体験に拘泥しない心構えがあり、その心構えから二度と入院してこない人、また、入院してくる人、それぞれです。愛と幽玄美と幸福な感覚は、ここからここまで、と分類出来ない世界ですので、非常に難しい対応が求められます。上記のような現実があること、また、この愛と幽玄と幸福な心の世界は、素晴らしい世界であると同時に、或種の人々にとっては非常に危険な世界でもあります。このような精神現象があるらしい、とおもってくだされば、それでいいでしょう。自己肯定、他者肯定、の日常生活を大切にして、自分のみがこの素晴らしい神秘体験をしているのは、自分が特別に神仏から愛されている特別な人間、または宗教家だと言い切る人もいますが、この言いきる人物、人間にはは要注意人物、と言えるでしょう。共存共栄、手をとりあって、この厳しい現実を乗り越えるだけで、精一杯です。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:377>

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2014年08月20日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
人間に対しても、神仏に対しても、その他、何かを大切にし拘泥する世界にしろ、生身の人間が健康に、健やかに生き抜いていく為に、時々立ち止まり、思索する必要があります。その思索対象の一つが、今回の「愛と幽玄と幸せな日々」のテーマです。しばしば入院してくる芸術家の中にはこの素晴らしい幽玄の美しさを体感してしまったばかりに、再び、その感動を追い求めるものの、かって体感した、あの素晴らしい幽玄の世界が二度と体験出来ない焦りから神経を使いはたしてしまう事例が案外あるのです。芸術家と言わず、子供の世界にも、しばしばあらわれる現象です。言葉にしてしまうと、子供と幽玄は関係がないようですが、子供がその言葉を知らないだけで、心理療法の対処方法としては大人でも、子供でも同じで世界です。神秘的で、何とも言えない大きな喜びである幽玄の世界は、場合により「おとぎの世界」でもあります。さて、さて、どうこの問題を楽しく有意義に展開していきましょうか?愛と幽玄の美と心理療法の世界は、自分に関係がないとお考えでしょうか?日本人は大人も子供も「幽玄の美しさ」を意識化しておきませんと、何か、ぎすぎすした幸福を求めがちです。憂いがあり、物静かで、少々幻想的な世界、しかし自分の魂が震えるような大きな幸せと生き甲斐と喜びを感じさせる世界、それが日本人が所持する「幽玄美の世界」です。この幽玄の美しい世界を現代の日々の中で、どう求めたら、うるおいのある、落ち着いた精神世界を垣間見る事が出来るのでしょうか?
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:376>

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