レスポール&ストラトの部屋

RolandのGT-001とBR-80をメインにDAW制作を楽しんでいるよ(^O^)/

ピアプロに妄想小説を投稿してみた・・

2017年10月14日 | 日記
ピアプロでは私の『創作作品』を受け入れてもらえないのだ

実際に他の投稿者の作品を見るにつけ納得したのだ

「ここは俺の居場所じゃないかも?」

読者の皆さんもピアプロのホームから『イラスト』をご覧いただきたい

お時間がある方は『オンガク』作品もチェックしてみると楽しいと思う


ボーカロイド一色という感じなのだ

ある意味、極めた世界観は美しい


私が良く知るおじさんのように『定まらない人』はダメなのだ

ムダなのだ


ピアプロでは『オリジナル』を推す

オリジナルしか受け付けないという潔さを感じる




私には画像と音楽以外の武器?がある

それは『文章』なのだ

「俺って変態じゃない?」

と思えるほどの長文好きなのだ


書く事が好きなのだ

ダラダラ書いている事は否めないが・・・


気付けば、相当なボリュームになっている事も多い

これが義務であり苦に感じるならば、本末転倒なのだ

「俺って無賃で何やってるの?」


おじさん流の物言いをするならば・・

「アホじゃね? ムダじゃね? マジで」

という感じになる


人間はインプットとアウトプットのバランスで生きている

生まれた時には圧倒的にインプットの割合が高い


聞くもの、見るもの・・すべてが新鮮なのだ


人間も30歳くらいになればフル充電が完了しているのだ

身体も脳も衰える一方なのだ


衰えを遅らせることは出来るようだが・・

それを止めることは誰にも出来ない


かりにそれが出来る技術が開発されたならば、人の寿命はもっと延びるはずなのだ

お金持ちもそうではない人も頭の良い人もそうではない人も平等なのは『寿命』なのだ


ある程度の年齢に達したならば、自分の知識をアウトプットすべきなのだ

言い方を変えるならば、アウトプットできる情報を持っているべきなのだ


言葉は悪いが・・

おじさんと呼ばれる年齢になってそれが全く無い人は『ムダ』なのだ

申し訳ないが・・

存在がムダなのだ


当ブログはギターブログなのでそれ以外の分野に話を広げるつもりはない

あくまでも私の意見は『ギター弾き』としての見解だとご理解いただきたい


学力をはかる基準に偏差値があるように・・

ギター弾きにもレベルを計る指標があるように感じる


初心者はギターの出音だけで判断しがちだが・・

実はプロセスの方が大事である事に後に気付く


残念なことにおじさんになってもそれに気付かぬままにギターを抱えている人もいる

「うりやぁ~二音のパワーコードは鉄壁じゃね?」

「やっぱハードロックっしょ? マイケルじゃね?」

マイケルとはマイケルシェンカーなのだ

「誰それ? 知らね~」

という方は平成生まれかも?


私の年代のギター弾きの憧れの存在なのだ

私が良く知るおじさんも好きだと言っていた


これ大事!

聴いた音楽を自分の中で消化できるか?

それを昇華させることができるか?


つまりはコピーで終わってはダメだという事が言いたいのだ

私が良く知るおじさんは耳が悪いのだ


聴力ではない

音楽や演奏者のスキルを聴き分ける耳を持たない


実はこんな人は少なくない

プロの楽曲の完全コピーだけに心動かされる人に多い


私に言わせれば浅いのだ

マイケルを聴いたならば、そのニュアンスを自分のフレーズや音楽に活かすべきなのだ


私は誰でも出来ると思っていたのだが・・

最近はそうではないかも?という考えに変わってきた


オリジナルの音やフレーズを高い次元で実現させることが出来る素人さんは一握りなのだ

ギターの講師的な人のブログなどをたまに見かけるが・・・

やはりコピーに終止しているのだ


多くの読者に分かり易い教材という考え方も出来るが・・

その実はどうかは分らない


まぁ、どうでもいい話だが・・・

軽く読み流していただきたい


そんなこんなでピアプロに再投稿したのだ

オンガク、イラストに引き続き・・・


『テキスト』なのだ

つまりは文章なのだ


歌詞、小節、その他なのだ

私の場合は雑記だと思う


頭に浮かんだイメージを言葉にしてみたのだ

意図や脈略のようようなものはない


ギターで喩えるならっば『指癖』に近いのだ


お暇な方は遊びに来ていただきたい

「相変らずくだらね~の~」

と笑っていただきたい


オリジナルというピアプロへの挑戦なのだ

ハンドルネームは『rein22』なのだ


様子を見ながら、思いつきを投稿していきたい


当ブログは楽しいが手間もかかる

一方のピアプロは貼り逃げ的な感覚で投稿できるのだ


「まぁ、誰も読んでないし・・いいんじない?」

「気楽に書けるしね~ うりやぁ~って気持ちイイよ」







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BOOWYのマリオネットを真面目にコピーしてみたい

2017年10月14日 | 日記
いまさらだが・・

伝説のロックバンドBOOwYを自分なりに再現したくなってきたのだ




youtubeなどでよく見かける

”BOOWY弾いてみた~”

という感じではない


『ドラムの打ち込み』から取り組みたい

BR-80を使い簡易録音しているうちに楽曲のコツがつかめてきたのだ

あとは勢いだけなのだ


ギターソロ部分のコード進行もネットで調べたのだ

「なるほどね・・転調してるんだね」

という感じでネットの力を借りながら気分を盛り上げているのだ


基本的に多くの楽曲はスタジオ録音をメインとするが・・

『マリオネット』だけはファンの間ではライブバージョンが人気らしい

概ね、楽器店などで楽譜として販売されている商品はスタジオ版という事なのだ


”分らないことは先人(ファン?)に聞け・・・”

なのだ


どの分野も必ず、それに精通した人がいるのだ


少し時間がかかるが『楽しみ』として取り組みたいと思っているのだ


余談だが・・

今回のピアプロの件で著作権について考えてみたのだ

意外に知らないことや見過ごしている部分も多いのだ


読者の皆さんの中にもブログなどを書いている方がいると思う

今一度、考えてみても良いと思う


多くの場合、ブログなどを盛り上げる為に画像や写真を貼り付けることも多い

自分が撮影した写真ならば『純度100%のオリジナル』なのだ

何の問題もない


手持ちの雑誌などをカメラで撮影した場合はどうか?

「自分の持ち物を撮影して何が悪いの?」

撮影に関しては自由なのだ

それをネットにアップする段階が問題だという


雑誌は『著作物』なのだ


私のようにネットからの『拾い物』も同様なのだ

「再加工すれば自分の作品になるんじゃない?」

というものでもないようだ


厳密には投稿者の許可が必要になる

実際にはネットに公開している以上コピーは防げない

投稿者も承知しているのだ


希にコピーを拒否する作品に出会うことがある

画像に文字列などを配置して再利用し難くしているのだ


読者の皆さんも目にしたことがあると思う


”ネットにアップした画像は投稿者に権利がある・・”

とは言いつつも元ネタはその人のものではないという・・・・


つまりはある人がBOOWYの画像をネットにアップしたと仮定しよう

その人がBOOWYから画像使用の許可を得ているか?


そういう面倒臭い話になってくるのだ


実際のところ、”ある種の寛容・・”

が常識になっている


これらをすべて規制したならば、ネットには何も載せられない

素人さんが自分で撮影した写真だけになってしまう


BOOWYで検索したら学園祭でコスプレした4人組の画像にヒットするのだ

「うりやぁ~BOOWYだぁぁ~ 学園祭は大成功だぜぇ~」



私は見たくない


ネットの寛容さは『ハンドルの遊び』のようなものなのだ


画像も面倒臭いが『音楽』はもっと面倒臭い

「これって似てない?」

実はそんな曲が巷に溢れているのだ


プロが作った曲も実は古い名曲のカバーだったりするのだ

ロックの大ヒット曲がクラシックの名曲のパロディだったりする事も多い

どの程度までコピーするか?がポイントになると思う


現在のネット主流の考え方は『物まね』には寛大なのだ

”弾いてみた~”


を責める人は皆無なのだ


場合によると痛いくらいにグズグズの演奏に出会うことも少なくない

誰がそれを責めるのか?

誰も責めないのだ


一方、youtubeなどでも本家の作品を無許可でアップすることには厳しくなってきた

至極、当然の流れなのだ

「DVDなんか買わね~わ コピーするからよ」

では物が売れないのだ


少々遅いが・・

業界もそれに気付いたのだ


私は10年以上前前から予測していたが・・

良薬には『副作用』が伴うのだ


”すべての人が便利に飛びつけば世の中は崩壊する・・”



曖昧な表現だが・・

分る人にはその意味がご理解いただけると思う


話を音楽に戻そう

音楽における著作権の取り決めがある

8小節までは完コピが許されているという


勝新太郎氏は美空ひばり氏の大ファンであったことは有名な話なのだ

映画『座頭市』のテーマ曲を作る際に勝氏から要望があったという

「『りんご追分』のメロディで作ってくれよ」

というものだった


平成生まれの読者の方には???だろうが・・・

私には馴染みがあるのだ

リアルタイムで見聞きしていたのだ


両者はまったく同じなのだ

まぁ、作曲家同士の交友関係なども少なからず影響しているように感じる


昨今の『敵対』ではないのだ

猫も杓子も足の引っ張り合いなのだ


選挙で盛り上がっているが・・

政策よりも相手の『恥部探し』なのだ

「不倫をするような人に政治を任せられますか?」

何のこっちゃ?なのだ




極論だが・・

政治的な手腕があるならば、不倫も良いと思う

公人という部分では微妙だが・・

私は『能力』を優先させたい


私が良く知るおじさんもアングラでギターブログを書いているのだ




”知る人ぞ知る・・・”

という感じなのだ


おじさんはルールを厳守しているのだ



ブログに他人の画像(著作物)を貼ることもない

youtubeなどからの拾い物を無許可で貼り付ける事もない



ギターなどを紹介する際にもリンク貼りなどで対応しているのだ


意外に真面目なのだ




「俺はよ~ ストイックにルール守ってるのよ」

「それって基本じゃね? 後ろ指指されたくね~わ」

「著作権とか知らね~奴が多すぎるわ~ マジで」

と言っていた




”ルールを守っていればそれで良い・・”

果たしてそうだろうか?



おじさんのブログはまったく面白くないのだ

刺激が無いのだ

得る物もないのだ


おじさんの単なる愚痴と日常の報告に終止しているのだ



まぁ、私はおじさんと長い付き合いなので足繁く読者として通っているが・・・


普通の人ならば二度と訪れることはないと思う

間違って検索でヒットすることもないくらい地下に潜っているのだ


画像がないブログを希に見かけるが・・

何を表現したいのだろうか?




白飯だけでオカズがないような食卓なのだ




話をピアプロに戻そう・・

ピアプロの担当者から教えてもらったのだが・・


ピアプロではこんな画像もダメなのだ



これは私の『持ち物』だが・・

「当サイトは商品の画像もアップロードすることは出来ません」



流れから、こんな画像もダメなのだ


こんな画像は最悪なのだ



「商品名とか入ってるはもっとダメですよ~ 」

とにかくダメダメの連発なのだ


私は訪ねてみたのだ


”100%オリジナルの手作り画像・・”

ならば許可が下りるという


私にはそんな暇はないのだ

ピアプロ側のユーザーを楽しませる理由もないのだ


良い機会なので読者の皆さんにも著作権について考えていただきたいと思ったのだ

まぁ、一番は読み手側である『読者』でいることなのだ


ルールを厳守することは大事だが・・

同時にネットに作品を公開するという意義を考えるべきだと思う


”読者が欲する何か・・”

を意識することが大事なのだ


熱くなれば説明的な画像も増えてくる

ある人が最新ゲームの紹介をしていた


文章の合間にゲーム画面のキャプチャを挿入するのだ

おじさん的な理論ではこれも『著作権の侵害』にあたる


私は大歓迎なのだ

「読者に親切だよね~ こういう一手間が大事なんだよ」


巷のブログの締め付けが厳しくなったならば、すべて『画像無しブログ』になってしまう

想像してみていただきたい


まったく画像や写真がない画面を・・・

インターネットに日本で初めてブログを公開したのは某国立大学の教授だと言われている

化学式(文字列)を公開したという

私も実際に見たことがある


文系の私には???だが・・

時代というか歴史を感じたのだ


最初の第一歩が大事なのだ

それに続くことなど難しくない


道を開く人が大事なのだ


画像がないブログには『華』がない




画像も無い・・

文章も稚拙・・・

どこに読者を惹き付ける魅力があるのか?


既出の作品だが・・




そんなブログは死んでいるに等しい




暴走もダメだが・・・




良い子でもダメなのだ




すっかり秋らしくなってきたのだ


秋は『創作』の季節でもある



貴重な時間をムダに過ごすことだけは避けたい

「粗探しって楽しくね? 俺、通報とか趣味なのよ」




「ムダに暇だからな・・やっぱ刺激がなきゃダメだわ」




おじさんには少し汗を流してもらいたい




そして健全な気持ちを取り戻して欲しいと願うのだ


今日は午後から知人のお見舞いに行く予定なのだ



「食べ物とか差し入れしても大丈夫かな?」

「帰りに美味い物でも食べようね~」


オマケ
 


























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