Dance and Art by Sakurai Ikuya:CROSS SECTION*BLOG

ダンスアートユニット《櫻井郁也/十字舎房》発。コンテンポラリーダンスとオイリュトミーのレッスン、ステージ、エッセイなど。

断片・8/9 (原爆忌から)

2017-08-09 | ダンスノート(からだ、くらし)



写真は昨日、台風が行った直後に見えた虹です。とても大きかった。

きょうは8月9日です。

ソロ公演の反芻に重なり、8月6日が、8月9日が、きました。
やはり長崎での公演(※)を思い出しました。

あのとき感じ、思い、想い、行い、されど果たせなかった何か、とてもたくさんの動悸が、いま膨らみ始めている実感が出てきています。

あるとき思ったこと、感じたことが、ソロダンスの舞台に(つまりイメージから具体的な体の変化に)なるには、僕の場合は少なくとも数年はかかってしまいますが、、、。

ずっと、おそらく踊り続けるかぎり、取り組んでいくことになる課題を、長崎の人たちから、たくさんの被爆者の方々が亡くなられた運動場の土から、大村湾の波から、「8月」から、あのとき僕はもらったはずで、そこから体内で脈をうちはじめた舞踊衝動を、きちんと新しい作品として形にしておきたいと思い始めています。

それはまだ抽象的な言葉でしか言えないけれど、例えば、絶望ゆえの希望というのでしょうか、あるいは、とてつもない無力と怒りと恐怖との混沌した、不在の神への祈りというのでしょうか。いや、ちがう。どれもこれも、言葉にしたときに、ああ、ちがう、となる。原爆を考えるとき、言葉はどこまでも空回りします。

当時のアメリカ大統領トルーマンは原爆について「宇宙に存在する基本的な力を利用したものである。太陽のエネルギー源になっている力が、極東に戦争をもたらした者たちに対して放たれたのである」と言い放ったそうですが、絶句してしまう、この言葉を振り返ると、もはや言葉自体がデビルのごとく変容したかに思えてしまうことさえあります。どうすればいいのか。考えても、何か言っても、そんなもの、、、となる、なるのだけれど、この空疎や違和感こそ必要な経過なのではないかと思ってはいます。

私たちの言葉では表現できないようなことを私たちの祖父母は身に受け、痛みから生まれた子どもたちであるはずの僕らの、存在の根本にある、途方も無く哀しい光源をめぐって、なにか新しい踊りをカタチにしたいと、すごく思ってしまいます。



※『弔いの火ー こどもたちのための70年目の8月9日 ナガサキ』
というタイトルで、現代美術の瀧澤潔との共同制作。
上演は、2015年8月9日(日)の夜、原爆70年忌セレモニーにて。
会場は「長崎県大村市・松原小学校運動場」。
そこは、1945年のあの日、被爆した人々が運ばれてきた救護拠点でした。舞台も客席も作業はすべて地域の方々が一緒に手づくりしてくださって、ラストシーンでは小学校の生徒さんが合唱で参加してくださいました。


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