Dance and Art by Sakurai Ikuya:CROSS SECTION*BLOG

ダンスアートユニット《櫻井郁也/十字舎房》発。コンテンポラリーダンスとオイリュトミーのレッスン、ステージ、エッセイなど。

アンジェイ・ワイダ監督、逝去

2016-10-13 | アート・音楽・その他
アンジェイ・ワイダ監督が亡くなった

もちろん人は誰もが亡くなってゆく。やっとそれがわかってきたつもりだったが、しかし、ワイダ監督の逝去、このショックはかなり強い。
直接の関係でなくとも大切な人がいる。その一人だった。

産業革命のなかに繰り広げられる人生の凄まじさを描いた『約束の土地』という作品に衝撃を受け、あの『灰とダイヤモンド』や『地下水道』に、いや、日本で公開されたものは殆ど観ずにはいられなかった。というのも、そもそも僕はワイダ監督の映画によって人が人に対して語りかけることの大切さに目を覚まされたからだろう。

初めて観たのは『鉄の男』。そして今迄に一番感銘を受けた映画は何かというと、迷いなくこの作品なのだ。

公開当時ポーランドで進行していた社会主義から民主化への波、その震源地であった自主労組《連帯》とそれを巡る人々の当時の現在を現在進行形のドラマとして直接映画にした作品だ。

当時は高校生だったが、肌で感じ始めていた世の中の変化が、そのまま映画になって目の前に現れた感じだった。ノンフィクションとかドキュメンタリータッチとか言うより、報道とドラマと告発と予言が完全にひとつになっている世界。観たタイミング、観た年齢、も含め、それは他の何かと比べることが出来ない。映画というワクを遥かに離れていま現実に起きている出来事のなかから生まれている作品あるいは発言の力が押し寄せ、映画の中で発言されることが現実の世界で実際に形になってゆく。それまで決して近く感じていなかったポーランドの人々が生々しい隣人として急速に接近した。いま生きながら感じていることを、そのままダイレクトに表現する凄さ。自分も何かこういう仕事がしたい、と思った。いま思うと、人生を変えられたのだと思う。

実際にあのあと、グダニスクで、天安門で、ベルリンで、モスクワで、次々に動きが発火し、世界はひっくり返っていった。ワイダは映画一本の力で、ひっくり返ってゆく予感を克明に目の当たりに突きつけた。そしてその後も作品が公開されるたび、叩き起こされ続けた。ワイダ監督の映画に出会っていなかったら、たぶん別の一生を生きていた。忘れない。

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