Dance and Art by Sakurai Ikuya:CROSS SECTION*BLOG

ダンスアートユニット《櫻井郁也/十字舎房》発。コンテンポラリーダンスとオイリュトミーのレッスン、ステージ、エッセイなど。

断片:練習なること

2016-10-14 | ダンスノート(からだ、くらし)
色々なノイズが日々チマチマと起きるが、大抵は練習のなかで吹き飛んでゆくようになってきたが、そんなことよりも、練習のなかで始まることがもっと面白い。

むかし組んでいたスタッフがアドバイスしてくれたことがある。

「踊りは練習すれば必ず良くなる。とにかく練習を信じることだよ。」と。

この言葉に何度励まされたかわからない。と言っても、生真面目に努力するという感じではない。むしろダンスの練習は何か目標を持ってやる努力とは少しニュアンスが違う。ああでもない、こうでもない、とやるうち、神経が通って身体が激しくなって何かが始まる。ピッと何かが落雷して来たり、グワッと響く花にパッとハマったり、要は面白い変化が起きるからだろう。

しかし練習には運と勘が付き物で、ちょっと勝負事に似ているかもしれない。一回一回、勝ったり負けたりする。

運というのは道に力あり、勘というのは甚だしい力、というわけだから、持てる力という力を合わせてゆく、つまり遊び本来の遊びなのだろう。その遊び方が技なのかもしれないが、カラダもアタマもココロも、みな何かしらの力を内蔵しているが、それらをいかに活動させ切るか、という実験を行っている感じもあり、想像力のメスで生命体を解剖しているような感じもあり。そんな集積が、ある一瞬のダンスを呼び込むのかもしれない。ダンスの語源はタンという古代語だそうだが、これはピンと張ることらしい。つまりアンテナ体になると。そこに何かが落雷するということかな。
カラダが勝手に踊るわけもなく、ココロさえ放っておくと腐る。ピンとしてパッとして。ピン、ピーン、パッ、パッパッー、パンッッ。激しく、やる。

練習を信じること。というのは、ダンスなる瞬間の到来を待望する、というのにも近いのかしらん。

いや、ふとかえりみて、失礼しました、また、あした、、、。

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STAGE INFO. 櫻井郁也ダンス新作公演10月29〜30


櫻井郁也ダンスクラス



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