Dance and Art by Sakurai Ikuya:CROSS SECTION*BLOG

ダンスアートユニット《櫻井郁也/十字舎房》発。コンテンポラリーダンスとオイリュトミーのレッスン、ステージ、エッセイなど。

パティ・スミス、歌、ノーベル賞授賞式

2016-12-13 | アート・音楽・その他
また泣かされた。

11日、ノーベル賞授賞式の映像がweb上で公開されたから観た。そう、パティ・スミスの歌が聴きたかったからだ。

一緒に生きている感じ。
なんか、とても、、、。

「ラジオ・エチオピア」の骨ごと震えるような叫びからイマまで、彼女の音楽と言葉と存在に、僕は何回も何回も、何回も背を押されてきた。

世間ではパンクの女王と呼ばれたが、僕にとっては家族の歌う唄のような親近感が何故かあった。
パンクと言うにはあまりにも肌に触れる、吐息そのもので、切々としたバラッドに聴こえて仕方がなかった。

壊れる寸前のリズムにも、ポリティカルな苛烈なメッセージにも、彼女の歌のその声の奥から、息から、言葉やメッセージや個性を超えた、何か、熱の柱のようなものが立ち上がってくるようだった。

6月の東京コンサートで感じたこともココに書いたが、いまwebを通じて、また大切なものをもらった。

彼女がボブ・ディランの代わりに招かれていることも、そこがノーベル賞の式典の場であることも、いま歌われているのが受賞者を代表する唄だということさえも、忘れてしまった。

歌が、ただ歌だけが、歌として、ただただ歌われ、響きわたってゆく。

一緒に生活を変えてゆこうよと語りかけられているようで、寄り添うような体温が、ひしひしと伝わってきた。

どんな時も、どんな場所でも、ひとは歌い、ひとは歌に耳を傾けるのだ。

歌うこと。
思いを声に託すこと。

まだその心を忘れていない人類へのエールとして今回のノーベル文学賞があったのだとすれば、これは素敵な事件だったのではないか、と、パティ・スミスの歌を聴きながら思った。

この日の彼女の歌は全ての人に向けられた心のプレゼントだと思う。
ぜひ、耳を傾けていただきたいです。
ノーベル賞受賞式・公開映像(全)
※パティ・スミスは、1時間03分くらいから8分半にわたり歌います。



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