Dance and Art by Sakurai Ikuya:CROSS SECTION*BLOG

ダンスアートユニット《櫻井郁也/十字舎房》発。コンテンポラリーダンスとオイリュトミーのレッスン、ステージ、エッセイなど。

断片・光景

2017-02-13 | ダンスノート(からだ、くらし)
独舞の稽古をしたあと、
ふたつの踊りの光景を回想しました。

ひとつは子どもの頃からよく眺めていた春日の巫女神楽で、小さな鈴の音を伴った白い後ろ姿です。

動きは実に淡々としたものですが、極めて滑らかな動きが却って力強い線を空中に焼き付けて、どこにもない図像が出現し、それが周囲の樹々や石と絶妙にバランスをとるのです。

また、はじまりのとき、何人かの若い巫女さんがピタリと息を合わせて立ちあがったならば、その一瞬間にツッと眼を引っ張られるような感覚は一度ではない。
そして暫く踊ってゆくうちに、日常の時間が舞の時間に吸収されて、動きだけの時間軸が出現するのです。

もしかしたら、踊りの動きによって何千年前かの時間軸が伝わって再生されるのでしょうか、、、。

そして踊りがひとしきり終わると、またピタリと息を合わせて座る。
それで、時間軸も突然プツリと終わります。
あとは何もかも、いつもと同じ。

何度も観ていると、段々と独特の形や時間が見えてくるのですが、あれは元は一体どこから直感されたのだろうかと、非常に不思議を感じるのです。

別の光景は、バリ島の小さな村。古びた寺で観たオダラン。あれは何の祭りだったのか、花を散らしながら何人もの女性たちが柔らかな腰つきで踊っていて、やはり後ろ姿です。

眩しい陽射しが強い影を地に映している。たくさんの舞手の顔は見えないが、その背中の揺らぎと影のあいだに、顔より豊かな表情が漂っているようでした。

そして見えない筈の皮膚の汗ばみや生々しいカラダの匂いが、衣装のベールや空気の距離を越えて、伝わってくるような、そして、それらは、動いているのに止まっている。
イリュージョンというのかもしれないもの込みでの、そのような記憶があります。





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