櫻井郁也ダンスブログ Dance and Art by Sakurai Ikuya/CROSS SECTION

ダンスアートユニット《櫻井郁也/十字舎房》発。コンテンポラリーダンスとオイリュトミーのレッスン、ステージ、エッセイなど。

木のしたで、、、。

2017-01-30 | ダンスノート(からだ、くらし)


何回も何回もこの木の下を歩いています。
きょうは白い樹皮が夕陽でピンクになっていました。
何年か前にもこの木の写真をのせたことがあります。
何年か経って、少しだけ木は大きくなっているようにも感じます。
以前はひたすら空に向かってゆくような勢いを感じだのだけれど、その勢いが少し柔らかくなって、そのぶん、木の下を歩く僕ら人間や、その向こうにある町の音をみているような感じが、なんだかする。
木は僕らより長く生きるから、僕らや僕らの町の変化を、木はたぶん、僕らよりも、よくみているのでしょう。



それからこれは湯島聖堂に植えられている、楷の木です。楷というのは楷書の楷です、いいえ、この木にちなんで、あの字体を楷書と呼ぶようになった。若木のあいだは、地から伸びる小幹が直立して生え並ぶ、その垂直の勢いを人は文字にいただいた。思いがしっかりしていないと楷書はうまく書けない。だけど、しっかりした思いというのが、なかなか、、、。
楷の木は、学問の木とも呼ばます。学問の聖地で、この木は沢山の人の学びや願いを見つめてきたにちがいない。
かたくてしっかりした木です。
この木の丈夫さを思いながら書くと、少しは力強くなるかもしれません。

いろいろな場所で、木は僕ら人間を見つめるように感じます。
木に見つめられながら、僕らは木よりも短い命を生きているのだなぁと、感じます。

木と命といえば、ポーランドのアウシュビッツ収容所跡にあるポプラの木を思い出します。
くわしく書けないほど、つらい木です。
あの場所に囚われていた人々が植えた、いや植えさせられたポプラ並木。
あの場所で芽吹き垂直に空に伸び、そして全てを見つめていたのです。
今あるのは戦後になって植え替えられた木だそうですが、それでも、、、。
写真は撮らなかった、撮れなかった。
身を切る寒風のあの場所で、ポプラたちは、あまりにも伸びやかで、キラキラと冬の光を受けていました。




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