クロアチアの風  〜茶猫の旅カフェ〜

アドリア海の国クロアチアと旧ユーゴの風景をお届けします。旅行情報、写真をお楽しみ下さい。番外編では世界の猫も登場!

クロアチアのシンガー・オリヴァー

2012-05-09 23:16:35 | クロアチア全般

オリヴァー(Oliver Dragojevic) は、1970年代から活動しているコルチュラ島出身のシンガー。故郷への思い、その美しさ、人々の愛や想いなどをテーマにした曲には、胸に沁みるような名曲もあり、もう60代半ばのおじさんになりましたが、今も歌い続けています。

年を重ねるごとに、落ち着いたバラードを歌い込むようになり、円熟味を感じさせるようになりました。クロアチアを代表するポップシンガーのひとりです。茶猫も何枚かCDを持っていますが、一度生で聞いてみたい!

「あなたの手」Tvoje ruke 

Oliver Dragojevic - Tvoje ruke (najbolja verzija!!!!!)

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クロアチア・カフェがオープンします!!

2012-04-18 20:07:32 | クロアチア全般

 クロアチア政府観光局の主催する、「クロアチア・ハートフル・カフェ」が、今年、春から夏にかけて日時限定でオープンします。

4月から9月まで、ひと月に2日。毎月テーマを変え、クロアチアの観光地や歴史、文化が紹介される予定。クロアチアの音楽や映像も楽しめ、クロアチアワインやビールも飲めますよ〜クロアチアのお土産も買えるかも〜\(^O^)/
クロアチアの空気を感じ、クロアチアに関心のある人、クロアチア人とも交流できるチャンス!皆さんも、ぜひお越しください!

★★クロアチア・カフェのオープン予定日★★ 

 4/19(木)20(金)11:00〜23:00

 5/24  (木)  25 (金)

 6/21(木)22(金)

 7/19(木)20(金)

 8/30  (木)31(金)

 9/13(木)14〔金)

 ★4/19は、19:00からはオープニングセレモニーが開催されます。

  観光局代表の挨拶、カフェの趣旨の説明、在日クロアチア大使の挨拶なども予定されています。

 ★場所:りせっとCafe  フォレスタ虎ノ門店

  東京都港区虎ノ門1-14-1 郵政福祉琴平ビル1階

  場所はこちらで確認してね!→ http://officeforesta.com/archives/1548

     ************

 ★主催:クロアチア政府観光局 

         〒107-0052 東京都港区赤坂1-14-5アークヒルズ エグゼクティブタワーN613

   ☎ 03-6234-0711     Email:info@visitcroatia.jp  Web:visitcroatia.jp

 
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ギリシャより…等間隔でくつろぐ猫ちゃん

2012-04-16 04:06:11 | 世界の猫友だち

イドラ島のカフェで、

壁に沿って、距離を保ってねそべっている猫たちに出会いました。

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ドゥルスティーノの樹齢400年のプラタナスの大樹

2012-04-08 02:05:34 | ダルマチアの小さな町

ドブロヴニク・リヴィエラにある小さな村、トゥルスティーノには、こんな大きなプラタナスの樹が2本生えています。「すごいだろ〜」と、ドライバーさんが親切に止まってくれたりすることもあります。樹齢400年と伝えられています。

夏の暑い日にはこの大樹の下に優しげな影ができ、ベンチで涼む人々を見かけます。最近はあまり見かけなくなりましたが、村の主婦が、この樹の下に露店をだしてオリーブオイルやラキアをよく売っていました。いつも同じ人が売ってるから、顔見知りになってしまったりして。

典型的な地中海性気候のダルマチア南部では、内陸にあるような落葉樹の大樹はあまり見かけません。ザグレブでは、プラタナスが高くのびのびと育っていますが、このダルマチアでは、松や糸杉、椰子の木などは生えているものの、こんな幹の太く大きなプラタナスはすごく珍しく、圧倒的な生命力を感じさせてくれます。だからこそ、この村のシンボルになっているのですね。

トゥルスティーノは、ドブロヴニク貴族の別荘地だったところ。貴族のお屋敷、クロアチアで初めて造園されたルネサンス様式の庭園も地味ながら残されています。庭園のバルコニーからは、美しいアドリア海を見渡せ、派手な見どころはないけれど、ホント、のんびりできる村。

いろんな観光地をまわるのもいいけれど、こんな大きな樹の下のベンチで、地元の人とひとことふたことの会話をかわし、ぼーっとバスを待っていたりする……そんなゆるりとした時間こそ、旅のかけがえのない宝物に思えたりもします。

*ストン方面からくると、ドブロヴニクの30km手前の村。プラタナスの樹は右手にあります。

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カメさん、ラヴェンダーの庭をお散歩

2012-04-02 22:42:46 | クロアチアこぼれ話

クロアチアのとあるドライブインで見かけたカメさんです。広々したラヴェンダーの庭をトコトコお散歩中。

以前お世話になったブルガリアの家庭では、カメをペットにして、家族みんなでかわいがっていました。モスタルの「トルコの家」の中庭では、カメを数匹いつも放し飼いにしています。思わぬ所でお昼寝しているので、踏まないように気をつけて見学。セルビア南部の町を訪れたときには、カフェのテーブルの下から、にょっきりカメが出て来てびっくりしたことも。

バルカン半島では、カメをペットにしている人が、結構いるのかな? しかも室内でケージや水槽に入れて飼うのではなく、屋外のお庭など、広いところで放し飼いにしていることが多いみたい。暖かいところでひなたぼっこしたり、気ままにお散歩してるバルカンのカメさんの幸せ度、いがいと高いかもしれません。

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黄金に輝く神の家を表現したポレチュのモザイク

2012-03-31 19:04:26 | イストラ半島

イストラ半島の町、ポレチュは、アドリア海に突き出した小さな岬に位置する町。ローマ時代からの古い歴史をもつ町です。

賑やかなメインストリートからちょっと入り込んだ路地に、エウフラシス・バシリカがあります。6世紀からの教会堂、洗礼堂、アトリウムがセットになって残る建築学的にもたいへん貴重な建物。この教会で最も知られているのは、祭壇部分に残るビザンチン時代のモザイクです。

写真奥の方に黄金に輝いているところがありますね、もうすこし近くからよく見てみましょう。

 

これがこの教会に残るモザイクのハイライトシーンです。さまざまな色合いのガラスをはめ込み、神の家である教会を飾りました。

上に一列に並んでいる人々は、キリストを中心にした12使徒。

キリストの下のメダルの中に、キリストを現す子羊。その両脇のメダルには、迫害時代に殉教した12人の聖女たちが描かれています。イストラ半島の町ロヴィニに眠る聖女エウフェミアの姿もあります。(子羊の右隣のメダルの中の人物)

後陣ドームのまん中に、幼子キリストを抱いた聖母マリア、その両脇に大天使、その脇には聖人が並んでいます。左から2番目の黒い衣を着た人物が、この教会を建てるよう命じたエウフラシス司教。彼が手に抱えているのはこの教会の模型です。

ビザンチン時代のモザイクでは、聖人、特に聖母マリアやキリストの登場するハイライトシーンのバックは、金色で表現されることが多いようです。ほとんどのものは色ガラスで製作されていて、バックの黄金部分に使われているのは金箔を使ったガラス。わずか1〜2㎝四方ほどに切った四角い透明ガラス(テッセラ)の間に、金箔をサンドイッチののハムようにはめ込んで作りました。ガラスはサンドイッチのパン、金箔はハムと考えるとわかりやすいですよね。そうやって作った小さなガラスの金箔サンドを、聖人たちの背景として埋め込み、黄金色に輝く天上の世界の神々しさを表現しようとしました。

ほの暗い教会、乳香の香り、差し込む僅かな光、夜の蝋燭の火の光にも微妙に反応し繊細にきらめく幻想的なモザイクは、訪れる人の心に荘厳なまでの神の世界を印象づけました。

 

 *(下)聖女エウフェミアのアップ(子羊の右のメダル内の女性)。聖女エウフェミアの石棺は、イストラ半島の港町ロヴィニの旧市街の丘の上にあるエウフェミア教会に置かれています。

 

*(下)祭壇近くに描かれた「聖母マリアのエリザベト訪問」の場面。すべてモザイクです。

妊娠を知ったマリア(左)が、すでに妊娠していた叔母のエリザベト(右)に会いに行くところです。エリザベトは両手を差し伸べて複雑な表情のマリアを迎えています。

突然の訪問者の姿を一目見ようと、カーテンを開けてのぞいているのは、エリザベートの使用人でしょうか。好奇心たっぷりの豊かな表情やしぐさも、この時代の表現としては興味深いものです。

このときエリザベトが身ごもっていたヨハネから、のちにイエスは洗礼を受けることになります。生まれてくる息子が大きな運命を背負うことになる二人の女性の姿を、夕暮れか暁どきを思わせる茜の空、春の若草を思わせるような背景の中に、穏やかに描いた美しい作品です。

ポレチュのモザイクは6世紀、初期ビザンチン時代のものです。これとほぼ同じ時代に、アドリア海をはさんで対岸にあるイタリアのラヴェンナでも、モザイクで埋め尽くされた教会が建造されていきました。それらのモザイクの様式が、このエウフラシスバシリカのものと酷似しているのです。そのため多くの専門家が、この教会のモザイクは、ラヴェンナのサンヴィターレ教会のモザイクを作った同じ職人か工房が製作したものではないかと推測しています。

対岸ラヴェンナのモザイクは、規模も大きく、ほんとうに見事なものです。ユスティアヌス帝や妃も登場し、この小さな町ポレチュのモザイクとは、規模や華やかさの点では比べようもありません。壁画と比べ、金や当時貴重だったガラスを使うモザイク画の製作にはたくさんの資金が必要でした。財力ひとつとっても、西ローマ帝国最後の首都だったラヴェンナは、ポレチュとは比較にならないほど豊かだったことでしょうし、また古代の都ラヴェンナをゲルマン人の手から奪い征服したユスティアヌス帝の名誉とプロパガンダのためにも、ラヴェンナのモザイクはとりわけ素晴らしいものでなければならなかったのです。

ポレチュに今残っているモザイクは、祭壇周辺だけですから、ラヴェンナと比べてしまうと量的な規模はとても小さいものです。ただモザイクそのものの質は、ラヴェンナに匹敵するほど高いものであることがわかります。きりりとした人物表現、衣の襞にいたるまでの細かい描写など、当時最高の腕を持つ職人が作ったものであることが明らかです。初期ビザンチンモザイク最盛期の素晴らしい作品が、このアドリア海の小さな町に密やかに残されていることにも心を動かされました。

*(上)エウフラティス・バシリカの入り口です。古代教会のエントランスにしつらわれていたアトリウムが残っていることからも、貴重な建造物とされています。

 

*(上)アトリウムに接して、洗礼堂も残されています。床に泉のようなくぼみが残っています。古来からの洗礼は、からだ全部を水に浸す全身洗礼であったため、お風呂のようにたくさんの水をためる洗礼場が必要でした。

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月面世界のようなクルク島

2012-02-22 20:58:30 | クロアチアの島々

海の向こうに見えるのはクルク島。アドリア海最大の島です。

本土の岸辺から見ると、海と空と白い陸地が見えるだけ。島には木が一本もなく、まるで月面のよう・・でもここは、68の村に16000人ほどの人が住んでいます。

なぜ、この島はこんなに白ちゃけているのでしょうか? 

クロアチアでは、冬に寒い北風ブーラが吹きあれることがあります。この風の強さは、ちょうど台風から雨をとって風だけ残した強烈さ。この北風が吹くと、車の運転もハンドルをとられてしまうため、アドリア海岸道路も封鎖されることがしばしばです。ダルマチア海岸では、海の方に傾いている松林をよく見かけますが、これもこのブーラのなせる技。

だからこの島も、ブーラがもろに吹きつける北東部は植物が育たず、村もなく、石灰岩がむき出しのこんなハゲ地になってしまっているのです。人々はブーラをさけて、南西部や入江などに住んでいます。クルク島はワインの産地でもあり、白ワインのジュラフティナが知られています。

見た目にはすっごくシュールな島。でも背後には人々の暮らしがある。見えるものだけがすべてではないのですね。

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十字軍に占拠されたザダ―ルの町

2012-02-21 23:01:14 | ザダール

 ザダールにあるもうひとつの大事な教会は聖ストシャ大聖堂です。四重のアーチとバラ窓が美しいこの聖堂は、12世紀にロマネスク様式で建設が開始されましたが、1202年、ザダールの歴史に残るおそろしいできごとが起こったため、建設は中断され、百数十年後の1324年に完成したものです。

ザダールの歴史に残る恐ろしいできごととーーそれは第4次十字軍による攻撃でした。

当時ハンガリーと覇権争いをしていたヴェネチアは、アドリア海沿岸をヴェネチアの貿易船の航路とするため、領土にしようと狙っていました。当時資金繰りに苦労していた金欠の十字軍に対し、ヴェネチア共和国の総督エンリコ・ダンドロは、船の支払い残金は後払いにしてやるから、ザダールの町を攻め落とすよう十字軍と取引をしたのです。

1202年、200艘を超える十字軍艦隊が、聖歌「聖霊来たり給え」を奏でる楽隊に見送られ、ヴェネチアの港を出港しました。イスラム勢力と戦うためにカイロに向けて出発したと誰もが思っていましたが、このとき本当の行き先と陰謀を知らされていたのは一部の指揮官だけだったようです。

計画はザダール上陸まじかに明かされました。イスラム軍と戦うための「キリスト教徒の聖戦」に参加していたはずの十字軍が、同じキリスト教徒の町を攻略するよう命令されたのです。これに驚いた兵士の一部は離脱しましたが、ザダール奇襲計画は予定通り実行されました。突然の十字軍の攻撃と略奪に町は破壊されました。キリスト教を守るべき十字軍がキリスト教徒の血を流すという悪行が、ここザダールを舞台におこなわれたのです。十字軍は、スポンサーであるヴェネチアの手足となって剣をとり、この地を占領しました。

これによりザダールは、ほかのダルマチアの町より、200年以上早くヴェネチア共和国の領土に組み込まれるようになりました。

ザダールの旧市街への入り口の門には、今もヴェネチア共和国のシンボル・翼の生えたライオンのレリーフが残っています。

1204年、十字軍は、占領したザダールから艦隊を送りだし、ビザンチン帝国の首都コンスタンティノープルを攻め落とし、1204年に「ラテン帝国」を築きました。ヴェネチアは東地中海に「海洋帝国」を展開するための大きな足がかりを打ちたてました。

時のローマ教皇インノケンティウス3世は、ザダール攻略を聞いて激怒し、十字軍を全員破門にしました。後に事情がわかり、十字軍の破門はとかれましたが、ヴェネチア人だけは許されなかったといわれています。老齢のヴェネチア総督エンリコ・ダンドロは、その後コンスタンティノープルで没し、第4次十字軍の悪行は歴史に刻まれましたが、ヴェネチアでだけは、ダンドロは英雄として賞讃されました。

西暦2000年の大聖年、キリスト教の節目の年に、当時のローマ法王ヨハネパウロ2世は、このとき東方正教会に対して十字軍が行った行為を、コンスタンティノール総大主教に対して初めて正式に謝罪しました。800年も前の攻略が、いまだにカトリックと東方正教会との間のしこりになっていたのです。

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聖ドナット教会の下に面白いもの発見(^O^)/

2012-02-13 02:38:02 | ザダール

輪切りになったローマ時代の石柱が、聖ドナット教会の基部に使われていました!

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ザダールの巨大ウェディングケーキ?

2012-02-10 02:18:55 | ザダール

北ダルマチア地方の中心地ザダールは、この地方で最も古い町のひとつです。旧市街にはローマ遺跡も残っています。そんな旧市街のまん中、かつてローマ時代のフォロがおかれていた広場にすくっと立つまっ白なウェディングケーキのような聖ドナット教会。9世紀に建てられました。

西ヨーロッパのラテン十字の教会とはひとあじ違う筒型のこのユニークな形は、東方ビザンチンの集中式でありながら、二階の回廊をもつとても珍しいかたち。こういった筒型のビザンチン教会は、ヨーロッパ広しといえども、かつて首都がおかれていた宮廷礼拝堂でしか、ほとんど見ることができません。

イスタンブールの聖セルギウス・カイ・バッコス教会(東ローマ帝国の首都が置かれていたコンスタンティノープルに建てられたユスティアヌス帝時代の教会)、イタリア・ラヴェンナのサンヴィターレ教会(西ローマ帝国最後の首都がおかれていたラヴェンナにあるモザイクで有名な教会)カ-ル大帝の宮廷礼拝堂(そのラヴェンナを訪れたカール大帝(シャルルマーニュ)がサンヴィターレ教会をモデルにたてた礼拝堂)、いまは遺跡になっていますが、第一ブルガリア帝国の首都プレスラヴにあった黄金教会など、いずれも二階部分があるビザンチン時代の教会は、宮廷礼拝堂や、首都の聖堂をたてるときに用いられた特別の建造物でした。

(これは内部。二階に回廊がある。ローマ時代の列柱が再利用されているのにも驚かされます)

中世クロアチア王国は、アドリア海の片隅に180年ほど続きました。けれど歴史的資料に乏しく、最初の首都が置かれていた場所が特定されていません。ニンからザダール周辺におかれていたようですが、学者のあいだでも諸説があり、はっきりとした確証はないようです。

9世紀、ビザンチン支配のもとに置かれていたこの地方を独立に導くきっかけをつくったのは、ザダールの北にある町ニンのブラニミル公。その後継者である初代国王トミスラヴがビザンチンから独立し、ローマ教皇から冠を得て建国したのが中世クロアチア王国です。

それとほぼ同時代のザダールにある二階回廊をもつこの都市形のビザンチン教会は、ことによるとクロロアチア公、あるいはクロアチア王の宮廷礼拝堂として使われていた可能性があるのではないかとも推測してみたくもなります。

1000年以上の時を超え、青空をバックに今も堂々と立つこの建造物に、中世クロアチア王国の謎を解く鍵が潜んでいるのではないかと、仰ぎ見るたびに夢想してしまう茶猫です。

 

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海が奏でる癒しの音〜シーオルガン

2012-01-27 00:52:52 | ザダール

ザダール旧市街のはずれの海岸に2005年にできたシーオルガン。耳をすますと、波と風が奏でる不思議な音が聞こえてきます。

どうやら秘密は海まで続く長いベンチのような遊歩道の下にあるみたい。白い石でできた遊歩道の下にハモニカのような穴が。さらに仕掛けはは海の中にまで続いているようです。沖を通る船や風がゆらす波がこの岸辺に届くと、ほーほーと、不思議な響きが・・。

ゆらゆらと海に抱かれているような、自然が奏でる心癒される調べです。

ちょっと体験してみたいかたは、以下のサイトでどうぞ

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=qJWldNdG4Lo

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クロアチアにもあるトルコ菓子バクラヴァ

2012-01-26 20:39:20 | クロアチア料理と食材

トルコ伝来のお菓子バクラヴァはクロアチアにもあります。クルミなどナッツの入ったパイを蜂蜜入りのシロップで漬けたもの。超甘いんだけど、風味豊かでなぜかハマるお味。

実際にはこのお菓子、旧ユーゴではクロアチアよりもボスニアが本場だそうで、ボスニア・ヘルツェゴヴィはもちろん、マケドニアやモンテネグロのお菓子屋さんでもよく見かけました。バルカン半島へはオスマントルコ時代に伝わったもののようです。

トルコ、イラン、シリア、ヨルダンなどでも食べましたが、クルミのかわりにピスタチオが入っていることもあったと思う。サラエボではこんなかんじのバクラヴァ系のトルコ菓子が、昔ながらのお菓子屋さんにズラリと並んでいたりします。

クロアチアではアドリア海沿岸道路沿いのプロチェ近く、バチンスカ湖のドライブインでも食べることができます。

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アドリアティック・グラソのタコのカルパッチョ

2012-01-24 17:53:21 | クロアチア料理と食材

スプリットのレストランAdriatic grasoで食べたタコのカルパッチョ

アンチョビや甘エビなんかもついてきて、白ワインと相性抜群でした。

Adriatic grasoは、その名の通りアドリア海を見渡す素晴らしいロケーションのステキなレストランです。開放的なテラス席もあり、ガラス張りの室内からも海を見渡せます。沖にはショルタ島やブラチ島が浮かび、夕暮れ時もステキ♪ クロアチアの伝統料理をおしゃれにアレンジしてだしてます。

スプリット旧市街の南西にあるヨットハーバーの近くなので、旧市街から歩くと20分以上かかると思いますが、足をのばして訪れる価値あり。夜はレストランの近くから、ライトアップされたスプリット旧市街を見ることができます。

クロアチアのシンガーpetar grasoの父親が経営している店で、ウェディングパーティなんかにもよく使われているみたい。

http://www.adriatic-graso.com/en.htm

 

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クロアチアのケーキ・クレームシュニテ

2012-01-24 17:06:33 | クロアチア料理と食材

クロアチア内陸部の典型的なケーキです。

薄いパイ地にカスタードクリームがぎっしり。

この写真のは生クリームが上にはいってますが、カスタードクリームだけのものが多いみたい。

見た目ほど甘くないのが◯

スロヴェニアでも同じようなケーキがあって、やっぱりスロヴェニア名物と言われてます♡

 

 

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新春恒例! 世界の猫写真特集

2012-01-01 11:45:00 | 世界の猫友だち

  茶猫カフェにご来店のみなさま! 世界各地の猫の皆さま!

明けましておめでとうございます

昨年はいろいろあってかまけてましたが、今年は心入れ替えてがんばる、かも??いっすんさきのことはわかりましぇんけど・・。とりあえず、ここ数年の猫写真からお気に入りを公開しちゃいます。今年もご来店お待ちしております〜

 

モロッコ、マラケシュの猫。芸術的なお顔、ぐるぐるまきの毛並みとふさふさしっぽがチャームポイント。

 

カプリ島の陶器店の猫。売り物のお皿の一角が、夕方のお気に入りの場所みたい。

海の底でお魚と戯れている夢をみてるかのな‥?

 

モロッコ、エッサウィラの猫。暖かい日ざしのなかでうとうと‥

 

いつものおにーちゃん、あたちにもお肉ちょうだいね。モロッコのフェズ。

 

こちらは魚屋さんの前で待機中。ギリシャのイドラ島。朝一番の常連さん。

 

マケドニアのスコピエ。ケバブ屋さんの前でおこぼれをあずかりたいんですけど・・

でもお肉、ちょっとちっちゃすぎ・・・ですかね?

 

 

猫のいる風景。どこの国だったかな?? ・・・

 

カッパドキア(トルコ)の猫。乾物屋の露店で店番ちう

 

凍えるホテルの外でいつも、ひたすらたまっていた猫ファミリー。ぜんぶトラ系でした。カッパドキア。

 

かちあわせて気まずいにゃ〜。 カッパドキア。カイマクルの地下都市入り口にて。

 

町は我が家。早朝のイスタンブールにて。

 

ここにもいました。街は我が家のノラ猫・・ドブロヴニクにて。

 

街は我が家のノラ。南イタリアのアルベルベッロにて。トゥルッリという石を重ねた三角屋根の住居がたくさんあることで有名な街です。

 

好奇心たっぷりに近づいて来た子猫。ブルガリアの古都ヴェリコタルノヴォ。坂の途中、旧市街で出会いました。

 

     

セルビアの町ノヴィサド。ドナウ川を見渡すアーティストの工房が並ぶ一角で出会ったブルーアイズの控えめ美人のシャム猫さん。お顔が暗くてごめんなさい。

 

京橋の親分。他を寄せ付けない圧倒的な存在感。ヘビー級の魅力でうたたねちう。

 

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