Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

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東大寺(金剛力士[仁王]像)

2004-12-12 | 仏欲万歳
 日本で最も有名な仏像ランキングベストテンには恐らく食い込むであろうかと想像される東大寺の仁王像を今日まで放っておいてしまった。
日本史の教科書もしくは資料集、そして修学旅行などで実物もしくは写真を見たことがない人というのは殆ど居ないのではないかな。記憶を掘り返すことができるだろうか。

以下にそのありようを述べるので、なんとか映像を脳裏に再構成して頂きたい。
東大寺の参道を歩いて最初に迎えてくれる、ちょっと色はげの目立つ巨大な門が南大門。この中に仁王のおふたりがおいでになる。門の石段を登り、さぁ敷居を跨がんとするときに、背中に突き刺さる視線を感じる。呼ばれるように振り返ると向かって右に吽形が、左に阿形がどどんとこちらを睨み付けているという位置関係だ。

さて、ここで日本で最も有名である東大寺の仁王が、通例ではなく例外的な配置をしていることに触れておく。
1)通常は、参道を歩いてくる参詣者と目が合うように、二体の仁王は正面向きである
2)通常は、右が阿形、左が吽形である
3)通常は、こんなにどでかくない

東大寺の場合は、1)対面(向かい合わせ)配置、2)阿吽左右逆 3)とにかくでかい(8m以上)。
他にも対面配置や阿吽の左右逆の例が皆無である訳ではないが、東大寺よりも古い作例は現時点では見られていない。

仁王の役割を考えれば、通常正面に向いて配置されている意味は明らかである。仁王は所謂社寺のガードマン。邪な心を打ち砕く為に視線で参詣者の心を脅し、浄化する役目を負っている。んればこそ、参詣道を睨みつけ、歩いてくる参詣者をぎろりとひと睨みしている訳なのだ。通常、左右の仁王の目は参詣道の中央に寄っており、二体の視線が交差する位置が必ず存在する。その位置こそ、参詣者が視線を感じてふっと顔を上げてしまう場所なのである。

東大寺の仁王が対面配置である明らかな理由は残念ながら照明されていないが、恐らく「でかすぎたから」ではないかと推測される。もし正面向きにしたら、どうなるか。
正面向きにするには、仁王が位置する門の、仁王の前面の壁をとっぱらってしまわないと、参詣者に仁王を見せることができない。なれば、あの巨大な南大門の左右の壁を、それぞれ高さ9メートル、幅4〜5メートルもぶち抜くことができるだろうか。そして、それだけ大きく開いてしまう空間に吹き込む雨風から仁王を守る為の屋根を深く下ろしてくることは可能だろうか。
・・いかにも、強度と耐久性に不安がつきまとう。
恐らくそれ故であろう、仁王は対面配置となって、参詣者が門を今まさに潜らんとする敷居のふもとで視線が交差するのである。背中に突き刺さるように厳しく見送られる圧迫感と威圧感は対面配置ならではのもの。

 鹿がたくさん居てちょっとばかり邪魔臭いけれど、次に訪れるときにはきっと、左右の仁王の視線がぶつかる一点で、双方の仁王に挨拶してきて頂きたい。
因みに、私は右の吽形が好みだ。

(※仁王のディティールについては、次号に持ち越すことにする。)
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