「雨漏り修理、防水工事、屋上緑化、庭」職人社長安藤のblog

1級防水技能士、1級造園技能士、屋上緑化コーディネーター、ガーデンデザイナー、職業訓練指導員の有資格者/埼玉県さいたま市

3.11 東日本大震災の災害ボランティア/宮城県多賀城市での経験

2011-04-13 18:46:10 | 東日本大震災/災害ボランティア活動

写真のハイエーストラックの中に断熱防水工事で余った分厚い断熱材を敷き、テントを張って中で寝ました。
多分あまり寒くないと思われる方が多いと思いますが、僕はとくに寒がりなので、冷たい空気はちょっときつかったです。


東日本大震災の災害ボランティア活動をしてきた
職人社長の安藤です。

僕は一週間、宮城県で災害ボランティアをしてきました。
2年前日本赤十字の災害ボランティア講習会で学んだことを活かす時がついに来てしまいました。

地震、ツナミ、福島原発
今日本は一つになって、乗り越えなければならない局面に立っています。

こんな非常時に現場に出て防水工事をしている場合ではありません。
そう思いませんか。


実際、自分が被災地へ行ってどんな手伝いができるのか、行ってみなければわからない。
正直言ってこんな感じでしたが、とにかく僕は仕事を休み、災害ボランテイア活動をしてきました。


ネットで見ると、直接行かないでくれとか、なんだかんだ書いてありますが、
でも本当にそうなのか、やはり直接行ってみないとわかりません。


もしも何もすることがなければ、埼玉に帰ってくればいい。
ただ、何も準備しないで行って、現地でボランティアセンターに迷惑をかけるボランティア難民にだけはなってはいけない!

僕はそう思って仕事で使っている幌付のハイエーストラックの荷台に現場で余った分厚い断熱材を敷き詰め、テントを張り、布団、水、食料、ガソリン携行缶、カッパ、ガスコンロ・・・・・などを詰め込みました。


4月6日(水)東北道を走り、宮城県多賀城市を目指しました。
多賀城市はネットでは県外ok、直接来て欲しいとあったので、ここを選びました。
埼玉県戸田市から多賀城市まで結構距離はありました。


多賀城市のボランティアセンターに着いた時には、もうボランティアの受付時間が過ぎていましたが、何かできることはないか聞いてみました。
すると、現場から帰って来る各グループが使った泥で汚れたスコップ、水かき、ブラシなどがセンターに返却されるので、それを洗う仕事をさせてもらえたんです。

帰ってくるボランティアはドロかき仕事でクタクタになっているのでしょう。
ほとんどの人が疲れきっているようでした。

彼らに向かってまずひとこと「お疲れ様でした。」「ありがとうございました。」と大きな声でいいます。
スコップなどの数の確認が終わると、それを受け取って水洗いをする仕事。

これが僕の災害ボランティア第1日目の仕事です。
今思うと、最初にこの仕事をやってよかったと思っています。

現場に出て泥だらけになって、しかも疲れきって帰ってくるボランティアは、「お疲れ様でした。」「ありがとうございました。」と言う言葉をかけられるだけでも、その疲れが癒されるのではないかと思うからです。


確かに言葉を返してくれる人は少なかった。
でも、それだけ本気で真剣に現場でがんばってきた、ということです。

まあいいじゃないですか。


一般ボランテイアが使用する駐車場は、多賀城駅の近くにあります。
線路をはさんだ向かい側には自衛隊が被災者の為に作ったお風呂があり、災害ボランティアも入ってもよいということを知りました。
このお風呂の入浴サービスは始まったばかりだそうです。

でも、僕はこのお風呂は災害ボランティアではなく、被災者が入るべきものだと思うので、お風呂に入ることを遠慮しました。


翌日、4月7日(木)は、前日にボランティアの新規登録をしていなかったので、新規登録をしました。

4人チームで個人宅のツナミで汚れてしまった家財を外に出す仕事をしました。
このお宅は1階部分がツナミでやられています。

畳は、水を大量に含み、変形しとても一人では持ち出すことはできません。
家の中で曲がっているし、そりあがった部分は別の畳の下に入り込んでいるし、一瞬あ然としました。

泥がついたままあちこちに散らばった家財、これを見ただけでもツナミがどれほどの力を持っていたのかがわかります。

この仕事は午前中で終わりセンターに戻り、午後の仕事を待ちましたが、
残念ながら午後の仕事はありませんでした。



僕は午後、僕は多賀城市を出ました。
理由はここよりもボランティアを必要としているところがあるような気がしたからです。

午後、七ヶ浜の立ち入り禁止になっているようなところを走っていくと、道の両サイドは瓦礫の山です。建物の上物がなくなり、基礎だけが残っていたり、2階建ての家の1階部分はどの家もダメになっていました。
壊れた無数の車が止まっていたり、家の中に車が入り込んでいたり、ひどいものです。

これを見ると、やはり気持ちがへこんでしまいます。
夕方、塩釜市のボランテイアセンターにたどり着きました。
ここも県外のボランティア受け入れokです。
塩釜のボランテアは高校生が多いらしいでが、もちろん県外のボランティアも来ています。

実はこの夜、荷台のテントで寝ていると、突然携帯の地震情報が鳴り響きました。
このサイレンの音は、本当にドキッとします。
とても強い縦揺れの地震でした。

続きは、明日にします。


それではまた。

職人社長の安藤


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