病院の帰り、いつもは歩いて途中のスーパーで食材を買って晩飯を作るのであるが、小雨模様だったので、偶には外食することにしました。場所は病院から5分くらいで店の存在は10年以上前から知っている、「マグロの脳天」を売りにしている居酒屋です。
ガラス戸をあけて、中の薄暗くて活気のない雰囲気と客層を見ると、あてが外れたなと後悔したが一回の食事のことでどうこう言っても仕方がないと
納得してカウンターに座りました。最初に天ぷらを頼んだのですが、江戸前の種がでてアナゴを含め食材はそれなりと思ったものの、所詮居酒屋レベルの揚げでした。
次に「脳天をお願いしてもいいですか」というと10分くらいしてでてきたのがこれです。予想よりあっさりしていましたが、それなりに美味しかったです。
ホッピーがあったので頼んでみました。何年ぶりだろうかと考えました。ホッピーは私にとってはインターナショナルエクスプレスという貨物フォワーダーとセットになっている飲み物です。当時、そこにはダブル中野がいて一人が部長、悪中野といわれていたのが課長でした。
悪中野が「俺と商売したきゃ、これを飲め」と強要したのがホッピーでした。最初こんな不味いもの飲まされるのかと思いましたが、そのうち慣れた味です。彼が当時、レーザーディスクの輸出で勢いのあったパイオニアの責任者?と思い込んでいたので付きあったわけです。
彼ともそれなりの関係になったし、その頃つまり1970年代の終わりですが、冬場のフランス宛て出荷の花形品目はOyster seed 通称「種牡蠣」で、これも同社が仕切っていました。その頃は直行便のスペースが足りずにアメリカ西海岸までチャーターし、そこからFlying Tiger やSeaboardという貨物専用便会社に繋ぐというのまで一時期ありました。しかしフランスの大統領がミッテランに変わってからは、種牡蠣の供給元が日本ではなく、イタリヤや韓国に変わり、日本発Oyster seedの商売は消滅しました。この経緯も私は担当者として看取る事になりました。
2年半位担当しましたが個人的にはインターナショナルエクスプレスは育ててもらった恩義を感じる取引先です。
それ以来のホッピーということは32年ぶり位かなと感慨にふけって飲みました。でも美味いと思わなかったです。











