こころがかるくなる心理カウンセラーかきかわのブログ

山口市で心療カウンセリングルームを営みながら日常のエピソードをまじえて泣いたり笑ったり感情を動かすお話を掲載しています。

何に対して怒っているのでしょうか?怒りの対象を考えてみませんか?

2012-05-27 22:06:50 | 日記
意識しているわけではないのですが、ここ最近はクライアントさんの年代が実に幅広いです。

10代の方のお帰りになられたあとが、80代の方、次に30代の方とさまざまです。


かきかわルームではカウンセリングの時間を一時間と決めています。

これは、集中してお話を聞くのもお話していただくのも、それぐらいの時間が限界だと思うからです。


初回のカウンセリング、あるいは内容的にどうしても途中で止めることができないこともありますので、

余程の事がない限りは、最低30分のゆとりを持って対応しております。


今日のタイトル、

「 何に対して怒っているのでしょうか?怒りの対象を考えてみませんか? 」

というご提案です。


お悩みを伺う時、噴出しだすと止まらないことが多い感情が怒りだと感じています。

怒りは、一度火が付くとどんどん大きく燃えてしまうことが多いです。


怒りの感情を手放すには、何に対して怒っているのかを認識したうえで癒さないとその炎は消すことができないので、

たとえ内容が堂々巡りになろうとも、止めずにお聞きいたします。


定期的に通っておられる方は、怒りの手放し方がとてもお上手で、

(例は完全に仮説です)

「 お嫁さんのこういうところが腹が立つの・・・。」

と暫くお話されたあとで、


「 お嫁さんのことが嫌ということではなくて、私は私で食べたいもの、行きたいところがあって

心配してくれることも煩わしいと感じることもあります。それをそのまま伝えればいいのですね。」



そうして起承転結をご自分でなさいます。


つまり、最初は怒りの対象が、人物(この場合お嫁さん)全体に意識が向いて過去の出来事を含めた出来事を

巻きこんでいました。


最後は、この度の出来事に対してご自分の思いどおりにならなかったことが怒りの原因だと受けとめられ

一言で言えば価値観の違いを認めて、“ 私はこれが食べたい、ここに行きたい ”と的確に表現される

ことで癒そうとされています。つまり、怒りの対象を “ 今、この時、この瞬間の出来事 ”に限定

されています。


もちろん、それほど簡単に割り切れないこともあります。

過去の出来事がどうしても許せなくて引きずっている時は、すべてが延長線上にあるように思えて切り離せないのです。


そんな時にもう一度考えていただきたいのは、その怒りは本当にずーっと延長線上でしたか?

ということです。

怒りに縛られている時はずっとその中にいるような気分に陥ります。


おそらく、何度も同じような気分に陥ることはあっても、それは同じではなく似たような過去の事実であって

全く同じではないのです。


今もその気持ちを引きずっているのなら、過去に解消できていなかった怒りの感情の処理という宿題が

終わっていないからです。


過去のある瞬間の怒りを思い出すとき、まるで今起こっているような臨場感を感じられたとしても、すべては過去であり

あなたがどれだけ

「 あの日のことを思いだしてよ。これだけ辛かったんだよ。わかってもらえなくて・・・。」

と相手に訴えても、その時に解消しきれなかったことを100%相手に癒してもらうことは難しいです。


謝罪をしてもらうことで、何パーセントかは埋められるかもしれません。

しかし、自分の感情を100%癒すには、自分が許さない限りは埋められないのです。


この場合の許すというのは、過去の相手の行為や言葉を指しているわけではありません。

もちろん、相手の行為や言葉も許せるときはそれが一番良いですが、無理な時は自分に話しかけてみてください。

「 あの時は誰も私の気持ちをわかってもらえなくて辛かった。今は二度と同じ思いをしたくないので、伝え方を

どうすればいいかしら? 」



今、ここの問題を解決できれば、過去のあの時にはまだ対処方法を学んでいなくて怒りの手放し方がわからなかった

ということを認識できます。


クライアントさんの年代層は幅広いですが、生きている限りは皆さん人生の主題を抱えておられて、何を手放し、

何をつかむかを必死で考えておられます。


やはり、生きる限りはすべての執着を手放すことは難しく執着が芽生えるから苦しみもあるわけです。


幼児期に人はつかむと放す感覚を学びます。

二つのことを同時に得ることができないことがあることを学びます。


おもちゃで遊ぶのも、つかむ感覚と放す感覚を学ぶためにとても重要です。

お母さんのことが大好きでも、保育園に行くとき離れなければならなかったり、お友達や兄弟とお菓子を

分け合うことも知り、自分の欲求通りにはならないことも認識します。


その代わりに得られる感覚...たとえば、お母さんとは離れても保育園で楽しく遊べることもあること、

お友達や兄弟にお菓子を分ければ相手も笑顔になることも学ぶのです。


歳を重ねても、同じことなのです。

怒りの感情を手放すには?

うんとシンプルに感じてください。

何に対して怒っていますか?


そして、起承転結が自分でつけられるようになられても、仰います。

誰にも言えないからね。親しいからこそ言えないから、ここで話すことで整理できますと・・・


山口県山口市宮野の自宅で営む心療カウンセリングルーム

かきかわ統合医療相談室

6月23日(土)7月28日(日)二回シリーズ(一回のみの参加も可)
主催 山口市・山口市男女共同参画ネットワーク
「大人のコミュニケーション講座」
参加無料、託児無料

お申し込みは
山口市男女共同参画ネットワーク 電話・ファックス 083-934-2841
詳細はこちらからご覧くださいませ。
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裏表のある人が苦手??

2012-05-24 20:23:30 | 日記
「 自分に害があるわけではないけれど、苦手な人が職場にいます。

明らかに上司や異性の前だけは態度が変わる人・・・イライラするんです。」


このようなお悩み、よくお聞きします。


なぜイライラするの?

どうすれば、その不満な感情は癒せるの?


たぶん、イライラする理由はその人はあなたが決して出来ないことをするからではないでしょうか?

上手に嫌な仕事を人に頼むとか、適当な理由をつけて早退するとか、同情を集めるのが上手とか・・・

そして、要領の良いその人は周りの人からの評価が高いらしい・・・


何とか化けの皮を剥がしてやりたい。

なぜ、私は気づいているのに他の人はこの人の裏表に気付かないの?


一生懸命やっている私がその人より評価が低いなんてあり得ない!!


もし、職場などで、周りにこういう人がいて、表面的にでも上手くいっているのなら、おそらく

他の人はあなたが思うほど気にしていないのかもしれませんね。


さて、あなたはその職場でどのような存在になりたいですか?

あるいは、周りの人にどうして欲しいと思っていますか?


コツコツ仕事をしているところを評価されたい? 私のほうが、要領のいい彼女よりはるかに沢山

仕事をしているのだから、たまには助けてほしい...でも言えない。


職場でどんな自分に見られたいと思っているのか?

本音はどうなのか?


自分自身に聞いてみてください。


角度を変えればどうでしょう?

なぜ、同僚に気軽に仕事を依頼できないのか? お休みをください!と上司に言えないのか? などなど・・・

苦手な同僚にできて、自分には出来ない理由は何でしょう?


迷惑をかけてはいけないという思い。仕事への使命感。

だけど、たまには自分も愚痴もこぼしたい。我儘だって言ってみたい。

それを私はこれだけ我慢しているのに、どうして彼女は簡単に言えるのかしら?


つまり、あなたが決してできない生き方をその人がしているからイライラするのではないでしょうか?

生き方は人それぞれ。

あなたの価値観は何ですか?

どこまでが、自分の価値観で、どこからが過剰な我慢ですか?


小さな不平、不満はどんどん蓄積します。


自分が頑張った分だけの評価が貰えないのは辛いです。


ならば、要領よくしているその人の真似ができますか?

あなたが嫌悪している人の真似ができるでしょうか?


誰かが誰かを評価する時、そこには何らかの基準が存在します。

その基準が必ずしも自分に有利に働くとは限りません。


基準に無理に合わせるストレスを選ぶか、基準から多少は外れていても組織人として逸脱することが

ないなら、それでOKとするかは自分次第です。


選ばされている意識、被害者意識、他人を裁く意識・・・

現状は必ずしも変えることができなくても、意識は変えられます。


意識が変えられるということは、現状への見方が変わります。


苦手な人の生き方を好きになれとは申しません。

嫌いなら嫌いでも構いません。



嫌いだと宣言するならば、その人のような生き方を選ばない自分の思いを大事にしてあげてください。

一緒に仕事をしていれば、自分のすぐそばに苦手な人が存在することはストレスでしょう。


それでも、簡単に異動も願い出るわけにはいかない...

職場を変わるわけにもいかない...


人間関係を変えられないなら、そこにどんな課題があるのかを楽しんでください。

その人に出会った意味は何でしょう?


坊主憎けりゃ袈裟まで憎い!!

だけど、袈裟には罪はない。



ちょっとぐらい苦手な人の長所を認めることが出来れば一瞬楽になれるかもしれませんが、根底に

その人が評価を落とせばいいと、復讐心を抱いていれば、イチイチ周りが気になっていつまでたっても

イライラがなくなりません。


自分の評価が気になるのは仕方がないです。


他人が他人を評価することまで気にしていては幾つ体があっても持ちません。

私が嫌いなんだから、周りの人もその人を嫌いになればいい・・・せめてその感情だけでも手放してみませんか?


心に一点の曇りもない状態になることは難しい。

曇ったり、晴れたり、雨が降ったり・・・

それで構わない。


曇りがあるから、晴れた日が眩しく思える。

晴れた日が続けば、たまに降る雨が恋しくなる。


喜怒哀楽、憎しみ、嫉み、怒り・・・持っても構いません。

我々人間は、そうしたネガティブな感情も癒すためにこの世に修業に舞い降りました。


ネガティブな感情を持てば、持ったことを自覚して、要らないと思えば手放せばいいのです。


もうすぐ、梅雨入りでしょうか?

一緒に泣き笑いしませんか?


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かきかわ統合医療相談室

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思うとおりに生きるとは?

2012-05-21 18:58:32 | 日記
当たり前のことですが、世の中は自分が正しいと思っていることだけで成り立っていません。

これ嫌い・・・苦手...あり得ない...

と感じることでも、脚光を浴びて社会的に見るところでの成功をおさめていることは、沢山あります。


まだまだ、何と言っても起業して一年余り、偉そうなことは言えませんが、どうしたらいいのだろう?

と迷った時に思い出すこと。

やはり、亡き父親の面影です。


業務用冷蔵庫メーカー創設者社長であった父親の言葉がはっきりと思い出されます。

幼い私にステンレスと、材木と、発泡スチロールと、ガラス管を見せて、これでエレキが加わると冷蔵庫が

出来るんだよと教えてくれました。


明治42年生まれの父親が60歳、昭和14年生まれの母親が30歳の時に産まれた一人娘が私です。


父が創業した当初は巷には、簀子の上にドンゴロスで巻いた氷を入れて冷やす冷蔵庫を使っているお店が

多かったようです。


子どもの頃によく連れて行って場所で一番好きだったのは、国際見本市会場でした。

あの当時では珍しかった氷が勝手にできる業務用製氷機や、ソフトクリームを作る機械は楽しくてずっと

見ていても飽きませんでした。


「 思うとおりにいかないこともあるけど、思うようにやるしかないんだよ。」

父の言葉です。


父のことも思い出しますが、工場で働いていた工員さんのことも脳裏に浮かびます。

事務工員さんの濃いグレーの袖ぬき、インクの匂いがいつもしていて、瓶に入ったインクを付けながら文字を

書いているのが格好いいと思ったものです。


危ないから入ってはいけないと言われていましたが、溶接している時の花火のような様子も好きでした。

材木を扱う場所ではいつでも木のいい香りがして、おがくずはママゴトではご飯の代わり。

半端の板は、近所の男の子がミニカーを走らせる橋になりました。

キラキラしたガラスは宝石のようでワクワクしました。


思えば、不器用な父でした。

腰は低く、商売熱心ですが、折り合えないことが多く人付き合いが良いほうではありませんでした。

それに較べて、母はとても社交的で、父の仕事を補佐していたと思います。


父母の夫婦仲は良いとは言えず、価値観の違いで衝突することが多かったようです。

今から思えば、母も参謀で収まるような人ではなく、自分がトップに立ちたい人でした。


父母の願いは、私が堅い仕事に就くことでした。

商売などではなく、医師や弁護士、教師のような仕事に就いてほしかったようです。


口ではそのように言っていても、根底には家業を継いでほしい、意志を継いでほしいという願いはあったと

思います。ただ、親は子に自分がしてきた苦労はさせたくないという思いが強かったのでしょうね。


今になって、幼い頃の笑顔の私がたくさん記憶に登場します。

出たがり屋さんで、学校の朝礼で、校長先生のマイクを取ってしゃべったこととか、父の会社の宴会でカラオケもない当時ですが、

芸者さんの三味線で歌った演歌...


緊張する場面の時に、その当時のことを思い出すと肩の力が抜けます。


そんな私も、思春期から大人になって幾つかの学校や職場でもまれて、自己主張を抑えないと上手くいかないことも

学びましたし、自我が強い分折り合いを付けるのに苦労したこともありました。


現在は...色々な反抗期や葛藤を経て子供の頃の私と再び出会えたのだと感じています。

自分の考え、遣り方が受けいれられるとは限らない。


それでも、思うようにやるしかないのだと覚悟が決まりました。

父母の言うことは聞かなかった私ですが、生き方はなぞっているようです。


思うとおりに生きるとは、決して思い通りになるわけではない人生を、それでも自分の感情や行動に責任を

とりながら、自分らしく生き続けることだと思います。幸せになる道を選択し続けることです。


私は私を笑顔にすることが、まず第一です。

何が正しいかを考えることは大事ですし、自分なりの正義を持つことも必要です。

ただ、その自分なりの基準が何のためにあって、何を目指しているのかを大局で考えるゆとりも必要です。


個人の正義も法律と同様。法はそもそも、裁き人を傷つけるためにあるのではなく、守り、幸せに過ごすためにあります。


心理学の原点を学ぶ時、目指すところは平和です。

武器を捨てて、一つの輪になり笑顔になることです。


不当な怒り、嫉妬や暴力、猜疑心など人が人を苦しめる心を癒やし一人一人の心が愛に満ちて幸せになることを目指します。

皆さんが自分らしい生き方を見つけて笑顔の輪を広げることが、周りの人をも癒す力になるでしょう。


見出し画像は夫が草取りをしているところです。

場所は我が家ではありません。

少しの間でしたが、二人で草を取りながらお庭の植物や虫や鳥の話をしました。

大切な癒しの時間です。


山口県山口市宮野の自宅で営む心療カウンセリングルーム

かきかわ統合医療相談室



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豊かな暮らしと心の成長☆大人のコミュニケーション講座概要

2012-05-20 19:22:31 | 日記
家の中でも、普段あまり開けない窓とか座らない場所ってあるものです。

自宅が仕事場でもありますので家にいる時間は長いのですが、考えてみれば特定の場所にいるのがほとんど。

カウンセリングルームでは自分の定位置にしているソファ。


リビングダイニングでは、同じところに必ず座ります。その場所が事務仕事や勉強をする定位置でもあります。

この二つの定位置のほかは、キッチンや浴室、洗面室、寝室の自分のベッド・・・

あとの空間は掃除をするときなど、過すことはほんの一瞬です。


窓の外の景色も然り、座る定位置が決まっているということはそこから見える場所しか目に入っていません。

家の周りも同じく・・・

玄関まわりやベランダに近い場所は目に入っても、その他の場所は花が咲いても気づかないこともあります。


昔、初めて社会人になって一人暮らしを始めたときは、お金がなくてアパートを借りたとき、格安物件を探すと

見つかったのは窓がないワンルームでした。

換気扇が一つあるだけで、ユニットバスは付いていましたが、小さなガスコンロと流し台があるだけで畳が4畳半あるだけの

一室でした。


冷蔵庫や洗濯機、テレビなどの家電もなく、持っていたのは小さなラジオだけ。テーブルもなくて、丈夫な段ボールの上に

お盆を置いていました。布団も掛布団も敷布団もなくて、知り合いから貰った毛布にくるまって眠りました。

引っ越しなどはタクシーで済みました。


あの頃から25年余り、どこに座ろうかと家の中で考えている地点でずい分と贅沢になったものだと思います。


貧乏時代の苦労話をするつもりはありません。

そもそも苦労などしていません。その時々は生きることに精一杯で考えている暇がなかったのです。


一番最初のお給料で買った家電第一号が冷蔵庫でした。ツードアのパステルグリーンの小さな可愛い冷蔵庫でした。

暑い夏で、冷たい水をいつでも飲めるのが嬉しくて感動しました。

その冷蔵庫はつい5年前まで家にありました。


最初に買ったテレビや洗濯機のことは、今でもはっきりとその形が記憶に刻み込まれています。

テーブル代わりに使っていた箱の上に置いていたトレーの柄までもはっきりと覚えています。


思い出すことは楽しいことばかり。感激したことばかりです。

幸せを感じることが多かったと思います


今は、あの当時に較べたら弱くなったと思います。わずか一晩ビジネスホテルに泊まっただけで閉塞感で苦しくなります。

最初に借りたアパートに較べればはるかに良い部屋で、大きな窓からは光も差しこみ、フカフカのベッドもあるのに

何が問題なのでしょうね。


ずい分と贅沢になった今の暮らし。それでも不平不満を感じることもあり、自分で産みだしたストレスで自分を苦しめる

ことがあります。


時には、家の中でも普段過ごさない場所で、違う窓から外を眺めてみたり、普段使わず放置している物を整理したり

振り返る時間も必要だなあと感じます。


現在の家も買った当時はロフトが珍しくて子どもみたいにわざわざ布団を持ちこんでそこで眠ってみたりしました。

今では物置になっていますが・・・


確かに...照明器具やカーテンなどを楽しく選んだ日もありました。


幸せをみつけるのがヘタになった代わりに、不満の種を作るのが上手になった今日この頃です。

狭いアパートに暮らしている時よりも、広い家にいる今の方が心が狭くなっているのは悲しいことです。

それぐらい、人間が見える視野というものは気を付けていないと狭くなりがちではないかと思います。


夫と出会って結婚した当初は、小さな借家でしたが、小さいからこそお風呂に入った時、浴室の扉を開けていると家の端っこまで

よく見えて、野球のナイターゲーム観戦をできるのが楽しかったです。

電気代節約で夏は、裏の小さな庭に行水用のプールを買ってきて、水浴びをしました。(隣家から見えない場所で井戸水で

水道代がかからなかった)


暮らしが豊かになって心が貧しくなったのではなく、心は貧しくなったのではなく少し鈍感になってしまっているだけ。

心についてしまったサビを取り除いてあげれば昔よりも成長している自分があるはず。


幸せを感じていた時は、そこには他者の存在がありました。

恋人、友人、仕事の仲間・・・

コミュニケーションがありました。


独り暮らしをしている時も、一歩外に出ればコミュニケーションがありました。


ご縁がございまして、このたび山口市男女共同ネットワークさまから講師依頼をいただきまして、

以下の要綱で講座を開催いたします。


〜☆〜☆〜☆〜


月日: 平成24年6月23日(土)、7月28日(土)

時間: 午後1時30分 〜 午後3時

場所: 山口市男女共同参画センター 視聴覚室 (山口市民館2階)

テーマ: 「 大人のコミュニケーション講座 」 2回シリーズ

参加無料、お申し込みは以下のリンクよりお願いいたします。

山口市男女共同参画ネットワーク



講座の内容は、コミュニケーションの原点=気持ちのキャッチボール、相手に関心をもつこと、

ポイントとして3つ(聞く、話す、質問する)の技法。

自分の心の状態を知って、コミュニケーションの取り方の癖を解析する心理テスト。

実技演習、ディスカッションを行い実生活に役立てていただきたいと考えております。

山口市在住でなくてもご参加いただけます。2回シリーズですが1回のみのご参加でも結構です。


ストレス社会と言われる昨今ですが、人間関係で抱えるストレスが多い反面、解消するのもやはり生き続けている限りは

人間関係の中にこそ、その答えが在るとも言えます。

人が人と向き合う時、相手は自分の心を映しだす鏡です。

笑顔の輪にあるとき、自然と笑みがこぼれます。


まずは、自分自身が笑顔になれますように・・・


山口県山口市宮野の自宅で営む心療カウンセリングルームは年中無休でお迎えしております。

かきかわ統合医療相談室



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仲間が教えてくれたことは自分の在り様

2012-05-19 17:45:44 | 日記
昨夜お世話になりましたお店の中に飾ってあった提灯のビール会社のキャッチコピーが素敵!! と感じまして、撮影しました。

お店は宇部新川駅近くのおでん酒場 和(KAZU)さんです。


多くの仲間が集まると、一対一とは違う関係性が浮かびます。


人間関係の距離感は、ライフスタイルの変容で様変わりしつつあります。

携帯電話、メール、SNS...このように便利なツールも変容の一役を担っているでしょう。


それでも、日本独自の文化的な交流も無くなってはおりません。

回覧板などは外国の方からすると、不思議なツールでしょうね。


直接お会いして会話すれば、ダイレクトに伝えられることも、ツールを使うことで伝わり方が変わることもあります。


私の行っているカウンセリングは、お会いして対面でお話する面談が主体です。

メールやお手紙だと、

悲しい、辛い、腹が立つ・・・

様々な感情表現も、その臨場感を共感することがなかなか難しいです。

(もちろん、補助的にはメールもお手紙も使っております。)


メールやお手紙ではたくさんの言葉を駆使して表現される人もおられれば、短い言葉、一つの形容詞に集約される人もおられます。


では、実際に会って言葉を交わすとわかりあえるのか?

やはり、共感です。共感のツボが異なっても共に感じているだけ。

感情は自分の内面にあるものです。


例えば、同じ音楽を聴いても、同じ香りを嗅いでも、同じ食べ物を食べても、感覚はみな違います。


会食では久し振りに会う仲間、あるいは初めて会う人・・・

懸命に皆、限られた時間の中で相手の話を聞いて、自分も話すことによって理解し合おうとします。

あるいは、一人で持ち時間をいただいてお話する機会をいただく時は、伝えたいことを如何に表現するかを

真剣に考えます。


土鍋でグツグツ煮えたおでんを囲むとき、一つの鍋大勢でつつきながら、感じ方は異なるけれど今の一瞬の

喜びをシェアし合えます。


みんな違うけれど、わかり合おうとすること、それがコミュニケーションかもしれません。


私をわかって・・・

認めて・・・


それは、根底にある人の意識です。


そして、精神的な面でも発達するとともに、自分を認めてもらうには、相手を認めないといけないと学びます。

自分とは異なる考えを持つ人の存在も認めていくことで、コミュニティーの中での生き方を学びます。


考えを持つ人の存在を認めることは、考えそのものに同意することとは別次元です。


時に、人が傷つく時、愛する人、信じている人の考えを認められないと思う時。

または、そうした相手から認められないと感じる時。


「 お前だけはわかってくれると思っていた。」

「 私だけがあなたの理解者よ。」



こうした気持ちの裏側にはどんな意識が存在しているのでしょうか?

コミュニケーションが上手くいっている時と、こじれてしまう時との違いはどこにあるのでしょうか?


本当に紙一重です。

“ 私のどんなところも愛してくれるわよね。”

“ 誰がお前を見放そうとも、俺だけは絶対に見放さないさ。”



上手くいっている時とは、相手の個性を認めて尊重できる時。軌道が重なり合って融合している時なのかもしれません。


しかし、現実には誰も、同じ時、同じ場所、同じ感情に留まることは不可能です。


理想は、軌道が重なり合っていない時も、不安に思わず自分なりに生きられて、

時や場所を共有できる時=軌道が重なる時は、その時を存分に楽しめる関係性であることだと思います。


上手くいかなくなっている時は、重なり合えない時を不安に過し、疑心暗鬼になり、重なる時は不安をぶつけ合う関係性に

なっている時です。

嫌だ、理解できない、信じられない、許せない・・・

それが、身近な人への感情であればあるほど相手の行動や感情をコントロールしようとする、もしくは出来ない時は

自分の感情をコントロールしようとします。


それが、良いか悪いかをお伝えしたいのではありません。


自分の心を縛っていることに気付いて、自由になっていただきたい・・・

それだけです。


いつもの生活の中では気付けなくなっている色々なことを、親しすぎる関係性の中にドップリ浸かっていると見えない

様々なことを、大勢の仲間とのコミュニケーションを通じて解放するヒントを得るのかもしれません。


人と関わることが苦手。

傷つきやすい。

傷つけやすい。



足を一歩前に出して、その足に重心を移して、次の一歩に繋がります。

やってみないと対処方法も身に付きません。

処世術も実践で試してはじめて身に付きます。


一つの鍋を囲むこと。

地球という惑星にいる住人同士です。たぶん、大局でみれば、一つの問題についてみんなで解決しているのかもしれません。

そして、個人の中にも宇宙が存在して問題を解決しようと懸命に自分の人生を生き続けます。


自分の立ち位置は、他者との関係性の中で解ること。

大丈夫。誰もあなたに侵入できないですし、一人で産まれてきて一人で逝くのです。

本質的には誰もあなたを傷つけられません。

癒す力は自分に在ります。あなたが本当に自分の傷を癒やそうとするとき、助ける力は研ぎ澄ませれば見えてきます。


今夜は家族で静かな夜を過ごします。


山口県山口市宮野の心療カウンセリングルーム

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