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西郷隆盛のわらべ歌

2006年12月04日 13時39分32秒 | 街のこと
   昭和30年代の神奈川県横浜にはこんな手遊び歌がありました!
  
      一かく、二かくで三かくで
       四かくで五かくで橋をかけ
       橋の欄干手を腰に
       はるか向こうを眺むれば
       十七、八の姉さんが
       花と線香を手に持って
       姉さん、姉さん、どこいくの?
       私は九州鹿児島の
       西郷隆盛、娘です  
       明治十年その昔
       切腹なされた父上の
       お墓参りに参ります
       お墓の前で手を合わせ
       南無阿弥陀仏とおがむれば
       拝んだ後から幽霊が
       ふ〜わり、ふわりと
       ジャンケン、ポン!!

女の子の手遊び歌で当時盛んにこの歌でジャンケンをして遊んでおりました。ジャンケンまでの歌が長いのが盛り上がるポイントで、最後に幽霊が「ふ〜わり・ふわり」と出てくる辺りで気分は絶好調、気合を入れてジャンケンに突入したものでした。♪皆さんのお住まいの地区にはどんなわらべ歌がありましたか?
テレビで『ALWAYS・三丁目の夕日』が放映されていました。街に路面電車やオート三輪が走っていた、まさにあの時代のわらべ歌です。家庭にテレビが来る前、子供はこんな風に遊んでおりました。

そして来る12月7日は西郷さんの誕生日文政10年・1827年生まれなので、今年で生誕179年です。

この歌の様々なバージョンを集めた楽しいサイトがあります!!(pia様よりのご紹介)

西郷隆盛の詳細  関連グッズはコチラからどうぞ。

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オート三輪 三丁目の夕日
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13 コメント

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まあ☆.。.:*・° (はほ)
2006-12-03 09:46:09
なんと懐かしいお写真!!
可愛いこと、小鳥の刺繍を鮮明に覚えています。
ほんとに! (cotyママ)
2006-12-03 16:39:53
一生分の可愛さをこの時代で使い切ってしまったようです…
面影ありますね! (ラッコ庵)
2006-12-04 08:22:27
私の小さい時(磯子区在住)は、今の「だるまさんがころんだ」
をやるとき、鬼が、
「東郷さんはえらいひと」
または
「乃木さんはえらいひと」
と言っていました。
東郷さんとか乃木さんが誰かは知りませんでしたが、子供の世界に名前だけが残っていたのが面白いですね。
そーいえば… (cotyママ)
2006-12-04 13:31:35
記憶の中から「〜〜さんはえらいひと」と10数えた事が甦ってきました!乃木さんだったのかも知れません。地域によってビミョウに違うのが伝承の楽しさですね♪
みかんの・・ (マイロ)
2006-12-04 15:05:31
手遊びといえば『アルプス一万尺? 子槍の上で・・♪』と『みかんの花が咲いている〜♪』の2曲のドンドン早くなるバージョンをやってましたね〜

あと、ゴムとびやゴム遊びやってました。
昔は外に出て元気に遊んでましたよね〜。
家の息子達はコタツでぬくぬくパソコンorゲームです!
時代は変わりました!
あの頃楽しかったな〜
小学生の頃、私ちびまる子ちゃんのスカートはいてました懐かしい〜〜
昨日、我が家で話題になったのですが、ちびまる子ちゃんは、私達と同世代でしょうか??
サザエさんはいつ頃のお話??もう少し前のお話かな??
話がそれて すみません
物心付いた頃 (まーママ)
2006-12-04 16:24:21
とにかく外で遊んでいた・・・らしい。

覚えているのは校庭で「ごんべさんの赤ちゃんが風邪引いた〜」と枡を書いて、2人組みで飛び跳ねてじゃんけんをするのや、ゴム飛びしましたね。
そこへ男子が来て邪魔をし、女子が怒るパターンの繰り返し・・・

今時の小学生でも、無理に縄跳びの競争、と言わないと校庭で遊ばないんですよ。
お母さん同士も忙しいので、子供同士で遊ぶといったらどうしてもゲームになってしまいますね。
ちなみに娘はよその家に行っても、読書でその家の本を読破していたそうです
マイロ様  (cotyママ)
2006-12-04 19:30:31
『アルプス…』『みかんの…』ありましたね〜、加速するパターンやりましたよね〜。ほぼ全国共通なんですね。娘にきいたら平成版は曲は同じでも振り付けが随分複雑になっていました。「私達が手遊び最後の時代じゃないかな」と言っています。
ちびまる子はジャスト・マイロさん世代ですね、サザエさんは本来は戦後まもなくの時代ですよね。
まーママ様 (cotyママ)
2006-12-04 19:43:31
 「ごんべさんの赤ちゃんが風邪引いた〜」やりましたよ〜、ウチの方は縄跳びの縄を2本平行に閉じたり開いたりしているのを歌にあわせて跳ぶ、というものでした。またやってみたくなりました、軽い運動だから中高年の運動不足解消になるかも…?
今頃ですが (pia)
2007-05-10 02:11:16
古い記事へのコメントでごめんなさい。
たまたま歌詞の一部を検索して、こちらに来ました。

この唄は、私が子供の時に愛聴していた童謡のソノシート(古っ!)に入っており、今でも時々口ずさんでいました。
でも、タイトルも忘れており、覚えていた歌詞を確認したくて検索したのですが、少し違うようなので、余計なこととは思いましたが、書き込みさせていただきます。
私のは古い記憶ですし、勝手に変えているかもしれず、また、ソノシート自体が歌詞を違えていたかもしれず、まあ、今さら確認してどうなるもんでもないのですが、もし自分が違えて唄っているなら、なんだか、創った人に悪いような気もいたしまして(笑)。

「○○」が違う部分です。

♪一かけ二かけで三かけで
四かけで五かけで橋をかけ
橋の欄干「腰をかけ」(←掛け言葉ですね)
はるか向こうを眺むれば
十七、八の姉さんが
花と線香「」手に持って
姉さん 姉さん どこ行くの
私は九州 鹿児島の
西郷隆盛 娘です
明治十年「十二月」
切腹なされた「父親の」
お墓参りに参ります
お墓の前で 手を合わせ
南無阿弥陀仏と「拝みます」
拝んだ後から 幽霊が
ふ〜わり ふわりと
ジャン ケン ポン!

どうでしょうか?
何か、お答えいただければ幸いです☆

ごめんなさい (pia)
2007-05-10 02:42:54
別の単語で検索をかけたら、
いろんな歌詞があることがわかりました。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/ichikakenikakete.html
フライングして、バカな書き込みしちゃいましたね。

ほかにも、自分で覚えていた歌詞の中で、
♪明治十年「十二月」

とあって、西郷さんは本当にこの時に切腹していたのかなと思っていたのですが、実は9月だったようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%83%B7%E9%9A%86%E7%9B%9B

最初のURLのサイトにも、様々な歌詞があり、
明治10年3月というのがあってびっくりしましたが、
伝承に継ぐ伝承でどんどん中身が変わったのでしょうね。
私は九州出身で東京在住、昭和30年代に生まれた人間ですが、
自分の周りでこの唄を口ずさんでいた人はおらず、
ただソノシートにあったこの唄が不思議な感じで忘れられず、
ふと思い立って確認した次第です。

素敵なブログに、こんな事で書き込みしまして、お目汚し、大変失礼いたしました。
pia様 (coty)
2007-05-10 16:08:24
ご訪問ありがとうございます。
いろいろな情報をありがとうございました。歌詞のバリエーションのサイトが、大変興味深いので記事内にリンクを貼らせていただきました。特に敵討ちバージョンが勇ましくて、いいですね!

童謡のソノシート(懐かしッ!)にも、この手遊び歌が入っていたんですね〜〜!横浜の子供だけでなく全国で歌われていた、有名な曲であったことに驚きました。

そもそもこの記事を書くまで私は
「一角、二角で三角で四角で五角で橋を架け」
と唄っておりました!
で、疑問に思っていろいろなサイトを見て、どう考えても「一かけ」が正しい気がいたしましたのでそこだけは修正して掲載しました。
子供の歌の伝承は、面白いですね(笑)
また何か情報がありましたら是非教えて下さい。
一かけ、ニかけて (タック)
2011-04-16 19:32:51
わたしは、71歳、山梨県甲府市出身です。
終戦直後のころ、手遊びをしながら、西郷隆盛
の出てくる歌を歌い、ジャンケンをしていました。その歌は、

一かけ、二かけて、三ほかけ、
四かけて、五かけて、橋をかけ、
橋の欄干手を腰に、
はるか向こうをながむれば、
十七、八の姉さんが
両手に花持ち、線香持ち、
姉さん、姉さんどこ行くの、
わたしは九州鹿児島の
西郷隆盛娘なり、
明治十年三月三日、
切腹なされた父上の、お墓参りに参ります。
お墓の前で手を合わせ、
ナムチン、ナムチン、ナムチンチン、
拝んだあとの心持ち、フワリ、フワリと
ジャンケンポン。

というものでした。
どのようにして日本中に広がったのでしょう。
不思議ですね。
タック様 (coty)
2011-05-06 12:03:48
貴重な情報をありがとうございます!
この歌が日本各地に広まってゆくうちに
各地方で微妙に変化していく様は
とても興味深く楽しいですね。
そちらでは最後に幽霊が出てこないのですね〜

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