活かして生きる ~山里の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

智慧1

2017-04-22 04:54:00 | 

白隠禅師は「智慧」の為に余程まごついた御方でした。

元来、白隠禅師は常に「智慧」の多い御方だったのです。

 

「何事も三年たてばやれるが、そうはいかぬは坐禅ばかりだ」

と。

 

少し得るところがあると、「魔が差す」ものです。

自分が人より優れたように見えたり、人が「馬鹿」に見えたり

することです。

 

これは「自分の定力(じょうりき)」を認めているからです。

これは皆「禅病」です。

 

おシャカ様はこれを、「見(けん)」といっています。

三祖大師も、

「真を求むるを用ひざれ 唯(た)だ須らく見(けん)を

息(や)むべし」

と言っています。

 

「見」とはものを認めることです。

「智慧の第一に起こる」のは、「何もないという見(けん)」です。

これを「法空の見」と言います。

 

その後に「平等・差別(しゃべつ)の見」です。

「真平等」とか「新差別(しんしゃべつ)」です。

 

また、「正偏不二(しょうへん ふに)」

「現成公案(げんじょう こうあん)」

「当体即是(とうたい そくぜ)」

などと認めるものです。

 

これが所謂「魔」なのです。

「善境界(ぜんきょうがい)」も「魔」なのです。

「盛衰(せいすい)」のある人です。

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