この肝心な処(一大事因縁)をはっきりさせておいて
頂きたいと思います。
そして決して人の力を借りる用は一つもないということです。
必ず自分自身が自分自身に於いて自分自身でそれが処理(解決)
が出来るものであるということです。
そこに「無師独悟」ということがあるのです。
それで必ず最後は「無師独悟」のものです。
それは何故かというと、自身のことを他の人が識る訳がない
からです。
それでそれを知ってみると、お互いに話し合うと
(指導者の悟の点検を受ければ)本当にそうだということが
通じるのです。
そこにおシャカ様や歴代の覚者方が代々それを伝えておいでに
成ったという理由があるのです。
道元禅師はこれを一歩進めて自己と法(證)を対峙せず自己は
指導者と共に本證の全体であるという道理「本證妙修」
(ほんしょうみょうしゅう)から、必ず指導者に参ずべきだと
おっしゃっています。