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日本一脚の速い「鉄ちゃん」を目指します!
時刻表検定1級
10km33:04、フルマラソン2:46:31

コスモタイガーのフツー♥の旅行記~木曽ドライブ編

2017-05-15 | 旅行

【4月29日(土)】

(※できればyahooやgoogleの地図見ながら読んでくださいね♪)

世間では、GW初日なんて思われてる今日。
特に我が愛知県は、某自動車メーカーの影響も少なからずあるようで、TVを付けると9連休が前提のニュースが流れていたりする。

残念?ながらコスモタイガーの勤務はカレンダー通りで、普通に今日明日休んだら、月曜日から仕事なのさ。

空は曇ってて、旅行日和とまではいかないものの、今日は嫁子供に義父母も一緒の、日帰り旅行と相成った。

まずは車で20分少々で義父母宅へ。
そこで義父の車に乗換、いざ出発!
目的地は、これまた事前にいろいろ話し合い、子供も楽しめる「赤沢自然休養林」と決している。

赤沢自然休養林。
所在地は長野県木曽郡上松町。
林野庁中部森林管理局管轄の国有林の中に、文字通り森林公園として整備されている場所だ。

古くは伊勢神宮の御神木や建築材を産出し、江戸期に入ると、尾張藩直轄地の山となった。
今も木曽地域が、我々尾張の人間にとって、「ぶらっとドライブ」する親しみあるスポットになっているのは、尾張藩直轄地という歴史も関係してるかもしれないね。

赤沢自然休養林を語る上で絶対に外せないのが、木曽森林鉄道だ。
いわゆるナローゲージ(軌間762mm)というやつで、最盛期には総延長400kmを超えるほどの路線を木曽山中に巡らせ、木材の運搬を担っていた。
また、山間の交通事情が劣悪だったこともあり、「便乗」の名目で、観光客や沿線住民も利用していたとされる。

時代とともに道路、特に国道19号が整備され、同時に木材の運搬はトラックに移行。
それとともに森林鉄道は衰退の一途を辿った。

1975(昭和50)年、「日本で最後まで残った森林鉄道」としての栄誉とともに、木曽森林鉄道は、いったんはその幕を閉じた。

その森林鉄道が、1985(昭和60)年、伊勢神宮の建築用材運搬のため、一時的に復活させたのを機に、多くの鉄道ファンが動態保存を要望。
それを受けた形で、1987(昭和62)年夏に、休養林敷地内のわずか2kmではあるが、乗車可能な形で復活した。
今では休養林の観光の目玉となっている。

その他、初心者用から本格的なトレッキングのものまで、様々なウォーキングコースが7~8種類整備されている。(というより、休養林的にはこっちが主たる目的なんだろうけど…)

まるで行ったことあるかのごとく語っているコスモタイガーであるが、そう、実は訪問済。
といってもあれはもう20年近く前になるかな?
気軽にドライブに行って、もちろん森林鉄道に乗車し、トレッキングコースを散策もした結果、スズメバチに刺されて帰った苦い記憶がある。

さてさて、毎度のことながら前置きが長くなってしまった。
名古屋から木曽方面へ車で行くのにノーマルな経路は、中央道を中津川ICまて利用し、そこから先は国道19号。(中山道編17参照)

でもさ、GW初日とやらで、高速なんか乗って渋滞なんかに巻き込まれたら目も当てられない。
金払って渋滞なんて、コスモタイガーは本当に嫌いなんだよね!
景色も防音壁ばかりでつまらんし。
(実際、中央道は7~8kmの渋滞でした)

幸い、義父母は道の駅めぐりを趣味としているため、一般道路が大好き!
コスモタイガーももとより異存なし、というより大歓迎。

仕事柄、道に詳しい義父に運転も道の選択もお任せ。
いざとなればカーナビもある。

さすがに長久手市を抜けてから猿投グリーンロード(有料道路)の力は借りたけど、あとはひたすら「下道」♪
広大な豊田市を過ぎ、岐阜県に入れば瑞浪市。

道の駅「らっせいみさと」で最初の小休憩。
恵那市に入って国道19号に出れば、さすがにここからは国19をひたすら走るのみ。

中津川、落合、そして長野県に入って南木曽。
どこかで聞いたことある名前だ(笑)。

道の駅「大桑」で2回目の小休憩。
ここまで来ると完全に山深き雰囲気。
目の前の19号は、この辺りではそのまま中山道だったはず。(旧中山道編16参照)。

よく見ると、道の駅の奥まったところに小さな祠があった。
これ、もしかして中山道の名残かな~?
走った時には気付かなかったなぁ。
脇目も振らず通過しただけだもんな。
子供はツバメを見て楽しんだようだし、再びレッツゴー!

車窓右手、遠目に大きなお寺の屋根が見える。
定勝寺かな?
ってことはあの静かな須原宿やね。(旧中山道編18参照)
何だか中山道runのビデオを超高速で早送りしてるような感じだ。

そして何より目を奪われるのが山腹に見える「桜」。
名古屋ではとっくに散ってしまったけど、ここでは今が満開らしい。

19号沿いに「寝覚ノ床」。
旧中山道からは少し逸れているため、旧街道runの際はスルーしちゃったけど、ここも何度か訪問済。
浦島太郎伝説が残る景勝地だ。

この真ん前のレストランで昼食休憩。
一応、名所らしい名所ではあるから、話のタネ?に写メだけしておこうっと。

カーナビに従い、トンネルを2つ抜けてから左折して、19号から外れる。
久しぶりに信号があって、交差する街並みが上松宿。
あまりに素晴らしい須原宿の後だっただけに、あんまり印象に残ってないんだけど、駅近くの小さな喫茶店でピラフを食べたことは妙に覚えてる。(旧中山道編19参照)

クルッとループ橋を過ぎれば、あとは県道473号。
山の中の細い1本道。

初訪問の妻は、「ホントにこんな山奥にそんなところあるの?」という顔をしている。
大丈夫!看板も出てるから。

途中から、さらに細い山道に入り、行きついた先、やっと赤沢自然休養林、到着!!
標高1000m超。
ひんやりした空気が流れている。

実はここ、冬は積雪が多く、実質閉鎖。
今日4/29が、今シーズン初日ということで、GWにも関わらず、車も人もまばらな状態。
もちろんそれを狙ってたんだけどね。

駐車場から森林鉄道へまっしぐら!
運転は30分間隔。
待ち時間が少しあったので、駅舎に併設された森林鉄道記念館をじっくり見学…したのは大人3人だけで、今日は子供の相手がパパの仕事(泣)。

さぁ、時間が来ました。
乗りましょう!

乗車時間約10分、距離にして約2km。
ナローゲージの可愛らしいトロッコ車両が山間をゆっくり走る。
誰に似たのか、鉄道大好き娘も大興奮!

ナローゲージといえば、東海道runで利用した近鉄内部線を思い出すなぁ。(旧東海道編10・13参照)
その内部線も、支線の八王子線とともに、2015年4月、第3セクター「四日市あすなろう鉄道」として再出発している。
あれから10年だもんな~、そりゃ、いろいろ変化はあるよね…。

もっとも内部線は四日市の住宅街の中。
家の軒先のようなところを走って凄く生活感を感じたけれど、こちらはせせらぎを聞きながらの山の中。
目に入る風景はかなり違うけど。

終点は丸山渡駅。(冒頭写真
下車専用駅で、ここからの新規乗車は不可。
そのまま乗ってきたトロッコで引き返すか、散策路を歩いて戻るかの選択。

コスモタイガー一行は、散策路を戻ることにした。
もっとも新しく、手頃な、「ふれあいの道」コース。
全線にわたって木道として整備され、階段もなく、バリアフリーのウォーキングコースとなっている。

自然いっぱいで気持ち良いウォーキング。
小川のせせらぎも癒される。

駐車場に到着。
少し土産物屋を冷やかす。

本当はもっとゆっくり堪能したいところだけど、到着を待っていたかのように急激に温度も下がり、雨がぱらついてきた。
ある意味、途中で降られなくてラッキーって話だけど。

1時間少々の滞在でもったいないけれど、天気には勝てません。
早々に車を走らせ、国19に戻る。

もう1つの目的。
どこでもいいから、日帰り温泉に入ってから帰ろう!

少し迂回になるけれど、選んだのは昼神温泉。
どうせ気ままなドライブだからね。
それに今の季節、昼神温泉は「花桃」が満開なはず。

いつしか子供はお昼寝タイム。
途中から国道256号に入れば、これまた妻籠宿の真ん中を突っ切る。
「重要伝統的建造物群保存地区」第1号なんだよ、と偉そうに解説したりする。(旧中山道編15参照)

もちろん今日は素通り。
256号(通称ニコロ、別称ハナモモ街道)を進めば、周辺は木地師の里。
木工品の土産物屋が点在。
子供が寝てるのをいいことに、冷やかしで1軒寄ってみる。

道の両側、満開の桜が、標高が下がるにつれ、「花桃」に変わっていくのが素敵だ。
雨もいつしか上がっている。

昼神温泉も、名古屋地区には人気の温泉地。
中央道使えば、園原IC利用で1時間半程度の距離。

花桃も有名で、すぐ隣の園原地区には「花桃の里」として散策コースもあるとか。
また、「ヘブンス園原」は夏はハイキング、冬はスキー場として有名だ。

17時過ぎ。
国道沿いにある日帰温泉施設「湯ったりーな昼神」に到着。
駐車場の散り際の桜と満開の花桃が並ぶ姿は殊のほか美しい。



山間の静かな温泉地が脚光を浴びることになったきっかけは、中日ドラゴンズの元主砲、落合博満選手。
あれは1986(昭和61)年の12月のことだった。

若かりし星野監督が着任と同時にチーム内大改革を断行!
その第一弾が、ロッテオリオンズと4対1の世紀のトレードで、三冠王落合選手を獲得したこと。

そしてその落合選手が名古屋に来るや否や、自主トレの場所として選んだのが、この昼神温泉だった。
毎朝散歩するのが日課で、その散策コースがのちに「落合ロード」として整備されたんだね。
残念ながらコスモタイガー、歩いたことないけど。

(全国的には)無名の長野県の温泉地に、大挙してマスコミが押し掛け、毎日のように落合選手のニュースが流れることになり、昼神温泉にとってはさぞかし大きなPRとなったに違いない。

その落合選手も、今では「監督」としての方が有名になった感がある。
若いドラゴンズファンに至っては、落合監督が三冠王を3回も獲得した物凄い「選手」だったことも知らなかったりして。

で、もう1つ気になるのは「東山道」。
そう、中山道の前身とされる、あの東山道。(旧中山道編3他参照)

中山道は、馬籠・妻籠と、山脈の北側を行くけれど、東山道は(西からだと)中津川の手前、坂本集落から山に分け入り、恵那山を超えていた。
その峠を神坂(みさか)峠と称し、現在も一部に当時の道がそのまま残っているらしい。
東山道最大の難所で、万葉集にも詠われている。

中央道を東に向かって走ると、中津川ICを超えて最初のパーキングが神坂Pだし、そこから始まる長大トンネルも神坂トンネルと呼ばれ、現在もそのまま地名として残っている。

地図を見ると、神坂峠祭祀遺跡、神坂神社、長者屋敷跡、など、こんな険しい山々の中にも確実に生活の気配を感じさせる遺跡や地名が残っていて、そそられる。

そして資料によれば、山を下りきったところが「阿智駅」(※現在の鉄道の駅のことではなく、馬を休ませたり取り替えたりする所、ちょっとした集落)とされている。
まさに昼神温泉は、長野県下伊那郡「阿智村」だ。

時間と費用に余裕があれば、2~3日逗留して、周囲を走り?回りたいところ。
東山道にまつわる史跡を巡ってみたいところだけれど、残念ながら今日は入浴のみの駆け足旅行。

さぁ、温泉も入った、土産も買った。
あとはどこかで(できれば名古屋に戻ってから)夕食を食べて帰るだけ。

256号をそのまま1kmほど走れば、今度は国道153号に出る。
飯田街道やね。(身近な気になる古道たち⑨、⑪参照)

ずーっと走れば名古屋に出る。
もう真っ暗だから景色は楽しめないけれど、お腹を空かせた5人は、一路名古屋へ向かうのであった。


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コスモタイガーのつぶやき(6)~推理小説

2017-04-18 | つぶやき

最初にも、そして何度も書いたけれど、コスモタイガーは重度?の鉄チャン。
今風の区分によれば「読み鉄」というやつか?
別の言い方だと、時刻表オタク。
もうなくなってしまったけど、時刻表検定の1級なんてのも取得している。

で、コスモタイガー、読書もそれなりに好きで、といってもジャンルに偏りはあるけどね。
歴史や地理の本もそれなりに好きだけど、地下鉄車内等で気軽に読むのは、推理小説かな。
コスモタイガー的には、根詰めずに読むには、推理小説が一番だ。

で、コスモタイガーが推理小説、というと「西村京太郎ですか?」「斎藤栄ですか?」と真っ先に聞かれる。
確かにね、特に西村京太郎の十津川警部シリーズなんて、かなり有名だしね。

実際、十津川警部シリーズばかり読んでた時期もあったんだけど。
最近は以前ほど読まなくなった。
たまにTVシリーズを楽しむ程度だ。

その背景には、ローカル線や寝台列車の廃止が相次ぎ、鉄道を使ったトリックが成立し辛くなってきたということ。
これが鉄道推理の最大の魅力、時刻表を駆使したトリックを単純にしてしまうんだよね。

再婚列車のニックネームもあったも急行「さんべ」(超古!)。
いったん離れた2つの編成が、それぞれ別々のルートを辿ってまた再会・再連結される。
それをトリックに使った作品もあった。

日田彦山線香春駅から分岐してたローカル路線の添田線。
香春駅でトイレに行ってるAさんを置いたまま、列車は香春駅を発車。
列車で待ってたBさんは大慌て。

オロオロ状態のBさんを乗せ、そのまま列車は添田駅に。
あら不思議!
添田駅のホームにAさんが!

そう、添田線の方が若干距離が短いから、香春駅から添田線経由の列車に乗ったら、添田駅に先廻りできちゃうんだね。
こんな話題性のあった添田線も1985年に廃止されている。

寝台列車がらみの典型的なトリックが、夜7時か8時に東京都内で殺人事件発生!
でも容疑者はその時間、東京駅発の寝台列車に乗っていて、すでに静岡県内走行中♪

こんなの、頭に路線図入ってる人には初歩的なトリックで、東京駅発車後、次の駅ぐらいで降りて都内に舞い戻り、殺人実行後、新幹線で追いかけて、名古屋辺りで追いつく。

翌朝、何食わぬ顔でずーっと乗車してたかのように見せかけて、はい、アリバイ作り終了。

そんなトリックの宝庫?寝台列車も今や天然記念物状態。
それに、だいたいこの手の話は、駅の出札係の駅員さんに刑事さんが容疑者の写真を見せて、「この男、見なかったか?」って感じだけど、今の時代、主要都市はほとんど自動改札だから、よほど奇抜な行動でも取らない限り、駅員さんもいちいち見てないだろうしね(笑)。

そういった様々な社会情勢の変化もあり、マニアックな?鉄道トリックは成立しづらくなってるんだろうね。

まぁ、飛行機と鉄道を組合わせた意外なルートでのトリックもないわけじゃないけど、空港は鉄道の駅ほどあちこちに存在しないし、途中下車もできない(笑)。
鉄道ほど複雑かつマニア向け?のルートにならないからね。

大げさに言えば、単に鉄道が出てくるだけのフツーの?殺人事件が増えたかも。
あるいは犯人や刑事さんが、単なる移動の手段として、鉄道を使ってるだけとか…。
その作品自体の良し悪しは別にして、「鉄道推理」本来の醍醐味とはちょっと違うような気がしないでもない。

(コスモタイガー漂走記の中で散りばめるように書いたけれど)、いつ頃からか確かな記憶もないけれど、今じゃ内田康夫作品に完全にシフトした感じ。
そう、TVでも「信濃のコロンボ」や「浅見光彦」シリーズで有名です♪

浅見光彦君なんて、ソアラで全国を走り回ってる設定だから、むしろ鉄道なんてほとんど出てこない。
鉄チャンのコスモタイガーにしては意外な組み合わせなのかもしれないけれど、単なる犯人探しだけではなく、その土地の観光地の情景や歴史や由緒、はたまた社会問題に至るまで、やさしく語ってくれるのが好きなのだ。
この辺りが、TVドラマにしても人気がある一因なんだろうね。

随分たくさん読んじゃったね。
旧街道ランの電車の中でも読んでたなぁ。
いくら鉄道好きでも、何度も同じ電車乗ると、景色にも飽きてくるからね。

まぁ、正直、中には「?」な作品もあるけれど、秀作はやっぱり印象に残る。

独断と偏見で印象に残る作品をいくつかあげるとすると…。

★死者の木霊。
内田康夫氏の実質的なデビュー作。
のちに信濃のコロンボと呼ばれる竹村警部だけど、この作品ではまだヒラの刑事。
ちょっと硬い感じだけど、かなり面白いです!

★平家伝説殺人事件。
いきなり伊勢湾台風のシーンで始まるのが印象的。
自分の生まれる前の出来事とはいえ、地元愛知県で起きた悲劇に胸が痛みます。
これ、内田ファンの中でも必ず上位に来る名作のようです。
恐らく、清楚なヒロインと浅見光彦の(良い意味での)親密さが心を打つんでしょうね…。

★箸墓幻想
後年、これと似たような事件が起きたことにビックリ!(もちろん、この作品の方が先です)
ラストが悲しすぎます。
TV見ましたけど、これを2時間に収めるにはちょっと無理あるかな、と思うぐらい、中身の濃い作品。
邪馬台国の勉強もできます。
個人的には、ヒロインの中で一番好きなのは本作です。

★華の下にて
珍しく?京都の華道界が舞台で、予備知識なしだと山村美沙さんの作品かと勘違いしてしまいそうです。
マイナスとマイナスが合わさってプラスになったような?作品で、これも内田ファン的にも必ず上位に来る名作です。
プロジェクトXでも紹介された、岐阜県の荘川桜にまつわる逸話も登場します。

★後鳥羽上皇殺人事件
まぁ、これも随分とTV化されてますからね。
犯人の意外性・ストーリー構成も面白いですけど、やはり浅見光彦のデビュー作ってのが大きいんでしょうね。
刑事局長の弟、浅見光彦のストーリーは、ここから始まります。

★白鳥殺人事件
イチオシはこれ!
東海道ランの帰路、「こだま」の車中で完全に没頭してしまい、家に着くまでに一気に読み切ってしまった作品。
本作も、恐らく名作に入るはずですが、まだTV化されてません。
いや、できないんじゃないかな?
読めば判るけど、実在の(かなり有名な)未解決事件がモデルになってます。
きっと真実もこうだったんじゃないかな?と思わせる不気味な作品。
それでいて旅心をそそる情景豊かな文章は健在。
ちょっと変わった?ヒロインも印象的です。

完全に個人の好みですが、こんなところかな?
他にもTV化どころか、映画にまでなった「天河伝説殺人事件」もラストが悲しくも美しく、いずれ天川村を訪問してみたいなと思ってしまう。

東海道・中山道がらみだと、「斎王の葬列」では東海道土山宿、「皇女の霊柩」では中山道馬籠宿・妻籠宿がかなりの部分で描写されてて嬉しい。
「還らざる道」は地元愛知県の飯田街道足助宿と、中山道の馬籠宿が舞台となっている。

信濃のコロンボシリーズだと「追分殺人事件」では、名前の通り、中山道追分宿の分去れも登場!

これらの作品は、旧街道の知識を持って読むとかなり面白い。
何だか殺人事件の謎解きをしながら、旧街道の復習をしている感覚に陥る。

随分と脱線気味に語ってしまった。
加齢の影響?か、以前ほど旧街道を走る機会も減り、読書量も減少の一途なのが残念だなぁ。

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コスモタイガーのつぶやき(5)~捨てゲーム

2017-03-31 | つぶやき

祝!プロ野球開幕!

さぁ、今年もいよいよ野球ファン待望のペナントレースが始まりました。
ということで、プロ野球にまつわる話で呟いてみよう。

高校野球も嫌いではないし、先日まで手に汗握って応援してたWBCももちろん面白かったけれど、やはりコスモタイガーはプロ野球の「本業」?であるペナントレースが最も熱くなれる。

高校野球は言うまでもなくトーナメントという名の短期決戦。
WBCも1次リーグ・2次リーグ・決勝トーナメントと段階があるとはいえ、やはり短期決戦に分類されるかと。

その点ペナントレースは、143試合(2017年現在)にも及ぶリーグ戦があり、その先のクライマックス・日本シリーズを戦い抜き、やっと頂上に立てる。

1試合の中での駆け引きもある中で、ペナント全体を見据えた駆け引きやペース配分も考慮しての采配やプレーの数々。
短期決戦には絶対に起こりえないドラマもあり、本当に面白い!
名古屋生まれ名古屋育ちのため、どうしてもドラゴンズ寄りの見方にはなるけれど。

たぶん小1ぐらいから徐々に興味を持ったかな?
当時の4番はマーチン。
エース星野仙一、若きリリーフエース(今でいうクローザー)が鈴木孝政!
近所の公園で野球やる際は、鈴木孝政投手の真似ばかりしていたことをかすかに覚えていたりする。

小学生にとっては、単に贔屓球団がその日その日の勝利を願って応援していただけ。
ただ、「見る」スポーツとして野球が好きだったことは一貫してた。

もっとも見る目が養えたのは学生時代の4年間。
当時のドラゴンズの本拠地、ナゴヤ球場で警備のアルバイトをしていたこと。

「警備」なんていうと恰好良いけど、有事に備えているだけのこと。
強いて言うならファールボールの行方に注意を払う程度で、トラブルがなければただ野球見てるだけ。
(まぁ、実際有事にも何度か遭遇し、随分と悲惨な思いもしたし、午前様になって両親を心配させたりもしたけれど。)

当時は130試合制。
半分はホームで、地方ロード(ドラゴンズの場合、浜松や岐阜等の地方遠征が5試合ぐらいあった)を除けば、60試合程度がナゴヤ球場開催。
ローテーションで2軍戦も担当したし、オープン戦・オールスター・日本シリーズもあったからね。
あと、当時は年1回、パリーグの近鉄バファローズがナゴヤで3連戦を組んでいた。(近鉄が名古屋にも乗り入れてるからってのがその理由だったとか)。
合計すれば、年間70試合ぐらいあったんじゃなかろうか?

たまにクラブ活動や授業の都合で休んだけど、7~8割出勤してたと思うから、4年間で200試合以上は見たんじゃなかろうか。

まだ交流戦もなかったため、同じ相手と年間で26試合もする長丁場。
当然選手の好不調の波もあるし、研究もされるし。
思わぬ選手がブレイクして来たり。
ローテーションをしっかり守り、ときには敢えて前後を入れ替えたり。
相手投手との相性とかも計算しないとね。

たまに使われる言葉。
「捨てゲーム」。

「決して安くはない入場料を払ってその日に見に来たファンを馬鹿にしている。捨てるなんて何事だ。常に全力で勝ちに行け!」なんて普段ロクに野球も見ない識者や、それをまともに受けたファンが叫んだりするけれど。
それは言葉のアヤだよ、と反論したい。

年間143試合。
現実にすべて勝つなんてあり得ない。
毎年、だいたい優勝ラインは80勝前後。
同じ相手と3連戦、という日程の中で、いかに80勝をもぎ取っていくか。

3連戦の初戦。
相手は絶対的なエース。(ちょっと前の田中マー君とか、全盛期の江川とか…)

こちらもエースをぶつけて!となると、高校野球のような短期決戦なら、まさに名投手同士の熱い投げ合いが続き、浪花節的な感動に繋がるんだろうけどね。

高校野球で屈指の名勝負といわれる、星稜VS箕島の延長18回とか。(確か石井投手と堅田投手だったかな?)
最近では、早実のハンカチ王子と駒大苫小牧の田中マー君の対決とか。
かなりのオールドファンなら、(自分の生まれる前だけど)魚津商業村椿投手と徳島商業の板東投手の投げ合いなんてのを連想する人もいるかもしれない。
もちろんそれはそれで素晴らしいし、感動もするけれど。

ちょっと待て!
プロ野球は明日も明後日も試合がある。
負けたら終わりのトーナメントじゃないんだ。
高校野球と同じ物差しでプロ野球を見ないでくれ、と。

選手層の厚いチームなら、エース級の選手が2人3人もいて、明日は明日で計算が成り立つんだろうけれど、そうじゃないチームは、今日、いくら熱くて感動的な投げ合いをしても、明日以降の計算ができなければ何の意味もない。

そういう場合は、勝ち目の少ない今日は、実績のない若手投手を博打的(やけくそ)に起用。
とっておきのエースは明日に回し、明日の勝つ確率を高める。
ついでに疲労気味のベテラン野手を休ませ、思い切ってルーキーを起用!なんて良くある話。
こういう「勝ち目の少ない」ゲームを捨てゲームなんて表現するんだろうけど。

「勝ち目が少ない」というだけで、実際にグラウンドでプレーする選手が手を抜いてるわけじゃないし、ましてやわざと負けるわけじゃない。
本当に捨ててるわけじゃなく、当然勝つに越したことはないわけで、ただ「負けることは想定内」というだけの話。
「ファンを馬鹿にしている」とはかなり飛躍した発想だな、と思うのは自分だけだろうか。

「捨てゲーム」という表現も悪いのかもしれないが、うわべの意味だけを切り取って解釈するなんて大人げないなと、興ざめした記憶がある。

もちろんそれで相手エースを攻略して勝つかもしれない。
若手投手がまさかの快投を演じて完封でもすれば、相手チームは大打撃だし、チームにとっては大きな収穫!
実際こんなゲームも数えきれないほどあった。
その最たる例が、1987(昭和62)年8月9日の近藤真一投手のノーヒットノーランデビューではなかろうか。
ちょうど警備のバイトで、リアルに見ただけに、本当に衝撃的だったのを昨日のことのように思い出す。
(現在、彼のご子息がドラゴンズの打者として在籍中)

今日勝つための戦略。
今日負けても、明日明後日のゲームをより確実に拾うための戦略。
そんな智謀を尽くした用兵と戦術こそが、ペナントレース最大の醍醐味なんだけどなぁ…。

そしてこの智謀に長けた戦い方で印象に残るのが、「ID野球」の野村監督、そして「守り勝つ」落合監督。

落合野球については、語り出したら長くなりそうなんで、また稿を改めるつもりだけど、とにかく好きだった。

そういえば以前つぶやいた将棋にも似てるかも。
野球も、ゲームの中では「先手(先攻)・後手(後攻)」があるし。
相手と対戦する中でのじっくり腰の据えた頭脳戦的なところとか。

プライベートではそんなに気が長いとも思えないけれど、ゲーム性のある話になると途端にどっしり構えて、それを楽しんでしまう自分がおかしい。

確信はないけれど、何となく自分のやってるマラソンにも役立ってるような気もする。
1年じゅう、好調を保ち、全てを100%で!ってのは非現実的。
ちゃんとシーズン全体を見て、目指すレースに向かって組み立てていかないとね。

何やら長くなってしまった。
語り出したら止まらなくなってしまった。

キリがないので今回はいったん締めるとしよう。
続きは稿を改めてまたの機会に。

そして…、頑張れ!ドラゴンズ!!

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コスモタイガーのフツー♥の旅行記~館山編(4)/最終回

2017-03-17 | 旅行

【1月31日(火)】

さぁ、今日は最終日!
と言っても、道中土産を買いながら、のんびり帰路に着くだけなんだけどね。

全般的に天候には恵まれたけど、今日が一番空がきれいなようだ。
ホテルの窓からは、世界遺産にもなった、名峰富士を拝むことができた。(冒頭写真)

朝風呂と朝食を堪能し、10時ぎりぎりにチェックアウト。
送迎バスで舞浜駅到着。

すでに新幹線の切符は、名古屋を発つ前に購入済。
手元の乗車券は「東京都区内→名古屋市内」となっている。

これまた知らない人が多いけれど、必ずしも東京駅と名古屋駅限定、という意味ではない。
まさに表示の通りで、JRが指定した都区内の駅からならどこから乗ってもいいし、名古屋市内のJR駅なら、どこで降りてもいいというルール。
(ただし、都区内や市内駅での途中下車は不可)

いろいろ細かな特例はあるものの、乗車距離が201km以上だと、大都市圏を中心とする特定区域については、この都区内や市内発着の切符になるんだね。

舞浜駅から東京駅を経由して名古屋へと帰宅するコスモタイガー。
この舞浜駅では、東京駅ではなく、隣の葛西臨海公園駅までの130円切符を購入すれば良いということ。
葛西臨海公園駅は「東京都区内」の駅の1つだ。

東京駅で乗換。
言うまでもなく、首都東京のターミナル駅の1つ。

途中下車不可、要するに改札出ることは出来ないけれど、その必要もないぐらい、構内には飲食店や土産物店が数えきれないほどあるからね。
土産を購入し、昼食でお腹を満たしてから、ゆっくり新幹線に乗車。

まだ明るい時間帯に自宅到着。
さぁ、明日からはまた、フツー♥の生活が待っている。

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コスモタイガーのフツー♥の旅行記~館山編(3)

2017-03-03 | 旅行

【1月30日(月)】

さぁ、旅行.3日目の朝。
今日も若干の雲はあるものの、天候には恵まれた。
マラソンは走れなかったけど、それだけは救いだ。

午前中は館山からディズニーランドへ移動。
実はコスモタイガー、まだ子供ができる前、嫁と2人でディズニーシーだけは来てるんだけど。ディズニーランドは今日が初めてなのさ。

ところで館山からディズニーランドへ行く方法として、大きく3通り。

① JR乗継。
マニアックに説明すると、館山→蘇我(内房線)、蘇我→舞浜(京葉線)。
これを鈍行で乗継、最寄駅の舞浜で降りれば、ディズニーランドはほとんど目の前だ。
個人的には、この方法が1番興味あるけどね、鉄チャンだからね。
旅情色ならこれが圧倒的だ!
ただし鈍行がメインだから、時間がかかるのと、運賃が高い。
当然自由席だから、座れないなんてこともある。

② 千葉・千葉みなと行(日東交通)の高速バス乗車。
終点の千葉みなとで下車し、京葉線に乗換て舞浜駅下車。
ただし、手前の千葉駅・千葉中央駅までは結構本数あるけどさ、千葉みなと行は少ないのが難点。
ただし、いったん乗ってしまえば、乗換の稼働も含めて、これが最もスムーズな気もする。

③ (往路で利用した)東京行の高速バスでいったん東京駅に戻り、京葉線にて舞浜駅へ。
本数も最も多く、接続も考慮するとこれが一番なのかな?
難点は、「来た道を戻る」のと、わずかとは云え、経路的に遠回りになることが、時刻表オタク的に抵抗感があったりする。
あとは東京駅の京葉線乗換、悪名高き?地下通路を延々と歩くため、乗換にはそれなりの時間がかかること。

とはいえ、やはりもっとも一般的な方法は③らしい。
オーナーご夫妻も、東京行高速バスに合わせて、駅前まで送ってくださるというので、お言葉に甘えて③、とした。

幸い、渋滞もなく、順調に進み、デ゙イズニーランドに到着したのは13時ごろ。
とりあえず、お腹がすいてしょうがない。
しばらくぶらつきながら、まずは少し遅めのお食事タイム。

ここではさすがに歴史や旧街道を感じるものは何もなく(笑)、コスモタイガーは黙って付いていくだけ。
昼・夜の部で、パレードをこれでもか、これでもか、と楽しみました。
























さて、随分と楽しんじゃったね。
すっかり夜遅くなっちゃった。

送迎バスで5分ほどの温泉付きホテルを予約してある。
あ~あ、温泉入って、ゆっくりビール、飲みたいなぁ。

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