歌集冬麗

還暦をすぎてから日常の細事を日記のように詠み続けてきました

冬麗

2012年11月14日 | 表紙 


まえがき

2012年11月14日 | まえがき

 短歌をはじめたのは、還暦をすぎてからです。コスモス短歌会に入会し、日常の細事を日記のように詠み続けて来ました。その間には、夫、二人の弟、義妹との別れがあり、挽歌も多くふくまれています。

 八十歳を機に、これまでに詠んだ歌をまとめ、その時々の生の証(あか)しを、家族、親族、有縁の人に残してみようと思いたちました。歌はすべて旧仮名で詠んでおりますが、ルビは、主に新仮名を使っており、順不同です。

 歌集名「冬麗(とうれい)」は、「冬麗のひかりはさせり花ひとつつけずなりたる臘梅の上(へ)に」(第4章-8)からとりました。四季に例えるなら「冬」である晩年を穏やかに過ごせている事への深い感謝を込めております。


もくじ

2012年11月14日 | もくじ 

まえがき

第1章 赤穂の塩
 1-1 庭の木槿
 1-2 菜を摘む
 1-3 赤穂の塩
 1-4 同窓
 1-5 孫一
 1-6 初夏の風
 1-7 桔梗
 1-8 夕光のなか

第2章 紙風船
 2-1 乙津川
 2-2 調剤薬局
 2-3 メダカと金魚
 2-4 音を楽しむ
 2-5 紙風船
 2-6 をりふし
 2-7 サファイアの指輪

第3章 しほからとんぼ
 3-1 特攻花
 3-2 告知
 3-3 眦の涙
 3-4 予科練記念館
 3-5 しほからとんぼ
 3-6 菅生川
 3-7 うぐひすの声
 3-8 奄美の海
 3-9 母の帯

第4章 寒の卵
 4-1クラシックギター
 4-2 押し花
 4-3 孫二
 4-4 寒の卵
 4-5 おみくじ
 4-6 コスモス短歌大会
 4-7 茶香炉
 4-8 冬麗

第5章 存へて
 5-1 いますこし
 5-2 若葉の京都
 5-3 国東
 5-4 宿坊の庭
 5-5 吾亦紅
 5-6 夜の雅楽
 5-7 存へて

あとがき


第1章

2012年11月14日 | 第1章 赤穂の塩

 赤穂の塩


1-1 庭の木槿

2012年11月14日 | 第1章 赤穂の塩

 窓の外(と)に揺るる木槿(むくげ)のしろばなに眼(まなこ)あそばす水仕(みずし)を終へて




 庭に咲く白き木槿(むくげ)に薄日さし雨の名残(なごり)の雫(しずく)ひからす




 一株のねぢ花掘りてくれし人眸(め)に少年のひかりをやどす




 雨おほき娘(こ)の生まれ月こしきぶの小花は紅(こう)の色ふかめゆく




 六月の雨つめたくて素(す)の足に布の草履のあたたかきかな




 残り咲く白き木槿(むくげ)に風たちて一花(いちげ)一花(いちげ)の揺るる夕暮れ


1-2 菜を摘む

2012年11月14日 | 第1章 赤穂の塩

 人あらぬ畦(あぜ)にかがまり籠(こ)をもちて万葉人(びと)のごとく菜を摘む




 ふくらみし白木蓮は梢先(うれさき)にいま飛びたたむ鳥の象(かたち)す




 食はれつつ新しき葉を増やしゆく秋海棠(しゅうかいどう)に木漏れ日の差す




 新しき葉の萌え出でよばんまつりの根方に米のとぎ汁そそぐ




 細き枝(え)の小さく固き梅の芽に午後の陽穏(おだ)し明日は立春




 庭隅に散りぼふ昨夜(よべ)の豆の上つめたき春の雨は降り頻(し)く




 しげりあふ青葉の暗き翳(かげ)のなか梅はしづかに実を育てをり




 春雨につつまれて立つ山法師カーテンに濃きシルエットおく




 いくばくの蜜を吸ひしや春蘭の花(か)蕊(ずい)に黒く乾(から)びゐる蝿




 「春望」の掛軸の下いちりんのうすくれなゐの牡丹(ぼうたん)ひらく




 芍薬の固き蕾が時かけてひらきてゆきぬゆつくり生きむ


1-3 赤穂の塩

2012年11月14日 | 第1章 赤穂の塩

 父の仕事の関係で、十歳から二十三歳まで過ごした兵庫県赤穂市。戦中、戦後の貧しかった時代ですが、前には瀬戸内海の穏やかな海がひらけ、後には緑豊かな山々の連なる恵まれた自然がありました。特に朝夕眺めた坂越(さこし)湾に浮かぶ原生樹林の生島の姿は忘れられません。また、学校は赤穂城址にあり、運動場の一角に天守閣の石垣が残っていました。毎日、外堀にかかる木の橋を渡り、大石良雄旧宅跡、長屋跡の前を登校しました。今も学友との交流が続いています。




 故郷にあらねど恋ほし育ちたる赤穂の塩をスーパーで買ふ




 一寸にみたぬ小魚いかなごは瀬戸内海に春告ぐる魚




 瀬戸内(せとうち)の春の使者とて届きたりクラスメートの煮たるいかなご




 坂道を下れば瀬戸の海ひらけ原生樹林の生島ありき




 小学生われら一里の道をゆき花岳寺へ詣でき義士祭の日は




 コンクリートの畳に示す大広間ここに座りしか大石内蔵助




 十代のわれらに万葉集教へ賜(た)びし師の情熱を今に思へり




 豆御飯旨かりしかな麦刈りの勤労奉仕の畦(あぜ)に食みにき




 養殖の牡蠣(かき)の筏(いかだ)を浮かばせて真昼しづけし赤穂の海は




 日の出でし海面(うなも)に光やはらかし微(かす)かに四国と見ゆる島影


1-4 同窓

2012年11月14日 | 第1章 赤穂の塩

 四十年逢はざる友を訪(たづ)ねゆく車窓に春の雪ながめつつ




 きぬのべばし・うぐひすの森とふ駅をすぎ電車は友の町へ近づく




 手をのべてスーツケースを持ちくるる同窓の男子の名前うかばず




 巧(たく)まずに人を笑はする友もちて才なきわれは専(もっぱ)ら笑ふ




 戦時下にお下げのわれら二里をゆき炭焼く檪(くぬぎ)伐りしを語らふ




 半世紀経て同窓と歌ふ校歌「ここぞ名に負ふ赤穂城」はや


1-5 孫一

2012年11月14日 | 第1章 赤穂の塩

 短歌をはじめた頃、一番末の孫は五歳でした。その孫も二十三歳になり、五人の孫は皆社会人になりました。




 ひらがなの手紙したため入学祝孫におくりぬ土筆をそへて




 身の丈はかくやあらむか離(さか)り住む孫おもはしむ下校の少女




 吾(あ)を真似て幼(おさな)も小(ち)さき手を打てり深く辞儀して何を祈るや




 五十年後の夢語りゐる女(め)の孫の瞳の輝きわれは眩しむ




 葉書一ぱい顔のみ描きて男(お)孫より運動会の案内届く




 五目並べ夫(つま)には勝てぬ男(お)の孫が碁盤の前にわれを誘(いざな)ふ




 なりけりもまにまにも好きと六歳の孫は百人一首をとれり




 上(かみ)の句を聞きて即座に取る孫の得意の札はわれと重なる




 みみずさへ厭(いと)ふ孫には秘しおかな柊(ひいらぎ)にゐし蛇(くちなわ)のこと




 バードコールに寄り来し鳥は雨のごと鳥語をふらす少女の上に




 将来の夢は何かと幼子は六十路(むそじ)半ばのわれに問ふなり




 「ビンゴゲームは楽しかつたね」テディベアの便箋に孫の丸文字をどる




 小一の孫が祖父への置手紙「はいけい」といふ文字にはじまる




 鍵盤を自在にすべる孫の指小五といふにわれより長し


1-6 初夏の風

2012年11月14日 | 第1章 赤穂の塩

 草を引く目(ま)前(さか)を跳ねて散りゆけり生(あ)れしばかりのこほろぎの子ら




 あざやけき黄色愛(め)でつつさくさくと夏の朝(あさ)餉(げ)の花おくら食(は)む




 南天の下枝(しずえ)に張れる蜘蛛の網(い)に白き小花のふりこぼれたり




 里道を掃けばいくつも日に乾きみみずが死にをり古鉄(ふるがね)のごと




 初夏(はつなつ)の里山のみち陽をかへしさるとりいばらの若葉がひかる




 琅●(ろうかん)にまさると仰ぐ初夏(はつなつ)のひかりのなかの濃みどりの梅
   (●左側:王、右側:干)




 本堂の五色の幔幕(まんまく)返し吹く御遠忌(ごえんき)けふの風のつめたし




 「迦陵頻(かりょうびん)」舞ふ幼らの背の羽を揺らしてすぐる初夏(はつなつ)の風


1-7 桔梗

2012年11月14日 | 第1章 赤穂の塩

 桔梗(きちこう)のあすは咲(ひら)かむちから秘めふくらみにけり色ふかめつつ




 陽にぬくむ蒲団に秋の蝶のゐて取り入るる手のしばしなづみぬ




 花終へしあぢさゐの下のあかまんま雨をふふみて紅鮮(こうあざ)らけし




 けさ切りし小菊に付きてきしならむ流しの隅のさみどりの蜘蛛




 陽に向かず傾(かし)ぎしままに畑(はた)に佇(た)つ野分(のわき)のあとのひまわりの花




 おほかたは葉を落としたる山法師のむかうに白く丸き月あり




 月明(げつめい)に湧きて溜まるやへちま水漉(こ)せばほのかに草の香のする




 夜(よ)を啼かぬ籠の鈴虫灯に見れば髭はそよろと動きてをりぬ




 美術館は蒼(あお)ぎる空の中にあり手を合はせたき半月浮けり


1-8 夕光のなか

2012年11月14日 | 第1章 赤穂の塩

 風を遣(や)り風を迎へて自在なりゑのころ草は夕光(ゆふかげ)のなか




 北窓のむかうに草を焼く煙うすれゆくとき夕闇はきぬ




 田へ急ぐ水の流れにふれにつつ畦に枝垂(しだ)れて萩咲きてをり




 ストケシア朝(あした)にひらき夕(ゆふ)べには花閉ぢゐしが間なく散りたり




 バーベキューの宴(うたげ)の果てし夜(よ)の庭に十薬の花ほのかに白し




 庭に咲く十薬に眼をむけし友こころ病みゐし遠き日をいふ


第2章

2012年11月14日 | 第2章 紙風船 
 紙風船


2-1 乙津川

2012年11月14日 | 第2章 紙風船 

 約三十年程、通勤で朝夕渡った乙津川は、四季折々の歌材となりました。初期の歌が数多く入っています。




 鶯のいまだつたなき声を真似一人歩きぬ川辺の道を




 川の面(も)にきらめき映る朝の陽は橋ゆくわれと共に移らふ




 冬晴れのひかりをまとひ芽吹きたる赤芽やなぎは銀の色みす




 河原(かわはら)の枯木にひとつ点となり白鷺一羽まるまりてゐる




 しじみ採る人のそばより水の輪が川の面(おもて)をひろごりてゆく




 小春日の土手の傾(なだ)りに触れむまで低く飛び交ふ白蝶小さし




 草の上(へ)に仔猫を置きてバイバイとゆきし少女らまた戻り来つ




 跳(は)ぬるがに草生(くさふ)のなかをカラス来て夕立(ゆだち)の後の潦(にわたずみ)飲む




 白鷺が嘴(はし)に抜きたる白き和毛(にこげ)北風にのり吹かれゆきたり




 河原(かわはら)の枯葦の根を浸しつつ乙津の川に夕潮のぼる




 雨のなか草生(くさふ)に降りたる白鷺が水嵩(みずかさ)のます水路をのぞく


2-2 調剤薬局

2012年11月14日 | 第2章 紙風船 

 処方箋を持って見える患者さんの中に、大分合同新聞の短歌欄の選者がおられました。勉強したい旨伝えましたところ、快諾頂き、添削指導をして下さいました。間もなく「コスモス短歌会」への入会を勧められました(宮柊二により創刊された歌誌「コスモス」の選者でした)。私は、当時六十一歳でしたので退職する迄の数少ない職場詠です。




 眼を病める患者(ひと)より賜(た)びし丹精のとりどりの菊を窓口に活く




 鉢植ゑの百日紅は丈低く待合室に紅き花垂る




 小鳥らの囀(さえづ)る声のいつよりか蝉しぐれとなるわが勤め路は




 自(し)が爪を切るに一時間かかりますと眼を病む老女窓口に言ふ




 処方箋差し出す人も受くる吾(あ)も互(かたみ)に今朝の寒さ言ひあふ




 日当りの良き薬局の待合室に媼(おうな)はひとり日向ぼこりす