河瀬サロンSOHOスタイル    起業・経営者実学サロン

SOHOコーディネイタ河瀬謙一@三鷹からの発信。
キーワードは、身の丈でお金をかけない起業と経営。

実行へのヒント-157

2007年10月20日 | Weblog
次の10年の目標は、まず自立で、次に”研究と独創”である。

自立は大人になる一つのけじめだが、つまりはSOHO事業者も立派に大人になる。
すでに支援は不要で、顧客一社への依存率が下がり(分散)、目標とした利益が上がれば自立となる。

自分で事業を計画し、動かし、成果を得る。
これが楽しくてやめられない、という世界が生まれる。

なんで大きな会社にしがみついていたんだろう、とか、特別大きな会社にするより小さな会社で思い切り好きなことに打ち込んだほうが幸せだ、という社会が一部に誕生する。

独立して成功する人の確率は低い、というのは初めから大きな勝負をするからで、小さくともそれを行うこと自体が好きだ、という場合には全く違う論理が働く。

つまりロードマップが違う。

そんな事業者は一見趣味の延長で働いているように見えるかもしれないが、本質的には全く違う。若い人の事業計画を聞いていると実感としてわかる。
豊な時代の創業はそうなる。

さて、自立の次は”研究と独創”だ。
これは阪急の創始者、小林一三翁のことばである。

自分でしっかり研究して独自の商品やサービスを提供する、ここに利があるという意味である。

中身は読み方らやり方によって違うが、高付加価値化でもあり、堅実な成長をもたらす、あるいは長期にわたって安定高収益をもたらすものはここにしかない。

みんなと同じことをやっていると安心はするだろうが、売上はついてこない。
あるいは過当競争が待っている。

またそれは、自立したSOHOだから進める段階である。
一挙にここへ飛ぶことも不可能ではないが、大変大きなリスクを必要とする。
まあ、やめておいたほうが良い。

だから段階を追って”独自商品とサービス”を開発し提供できる体制を整えよ、となる。

「みんなが歩いている道を離れるときは心細いが、自分で探したその小道をゆくと素晴らしい景色が広がっていた」
というような内容の本を読んだ覚えがある。

まさに、「人のゆく 裏に道あり 花の山」ではないか。
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実行へのヒント-156

2007年10月20日 | Weblog
SOHO CITYみたかの現状

現在三鷹市には官民合わせて8つのSOHO入居施設があり、115社がすぐにでもコンタクトできる所に位置している。

その7割ほどが答えてくれたアンケートでは、合計売上が30億円を超えてしまった。中堅一企業を誘致した程度の効果はすでにあらわれている。

さらに、ある研究者の調査によると、SOHO集積のもたらした効果はここ5年で46億円。その多くは地元周辺に落ちている、ということになる。

一方、東京都の産業調査によると、、市内で4人以下の従業員の数はざっと4,000。
体感では、すでに1,000社以上のSOHOが集積していることと付け合わせると納得がゆく。従来の小規模事業者も付加価値をつけてSOHOやマイクロカンパニーという形に変わるのではないか。できない場合は後継者が途絶えるという形になるだろう。

将来、日本で働く人の1割、すなわち700万人から800万人は独立か業を営むことになるだろう。それはアメリカの統計(マイクロカンパニー、個人事業者は2,033万社)から単純計算で導いたものだかなんとなくしっくりする。

すでに学生からは「サラリーマンや役人にはなりたくない」という人が少なからず現れている現状からも納得する。大企業が正社員を今のまま抱え込むことができないことからもなんとなくわかる。

さあ、こうして独立事業者が増えてくると様々なサービスや新しい商品が提供されるようになり、益々世の中が面白くなるだろう。

SOHO、IC(インディペンデント コントラクター)、マイクロカンパニーなどを包含するのがこれからのSOHO CITYみたかになり、相互に協力したり競争したりするようになる。

そして次の新しいビジネスを創るだろう。
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実行へのヒント-155

2007年10月03日 | Weblog
「官設活民(かんせつかつみん)」と大きな仕事

官が作った箱モノは全国いたるところにある。
これを民間人が積極的に使ってしまおう、というのが「官設活民(かんせつかつみん)」の意図である。

「それはやっていません」
「それはできません」
と言われたら、市民から提案書を出す。

市民のアイディアにはだめなものもあればいいものも両方沢山ある。
まったく採算に乗らないものを、少しでも黒字に近づけるアイディアだってある。
だから担当者は提案書を受け取ったら決断をしなければならなくなる。
決断をしないのが一番悪い。

市民からの要求を放ったままにしておくのはいかがなものか。
多分、変えたりするのが怖いとかめんどくさいのでなく、決断力と実行力の両方がないのだと思う。

未来のことは分からないのだから、躊躇しないで決定すればよいのだ。
物事の情報を事前に集めようとすれば決定材料はそれなりに揃う。
逆にわからないものは永遠にわからないのである。

新しいことなどは事前の情報がないのだから、とにかくやってみなければ何も始まらないしわからない。
結果が悪ければ変えればよいだけの話である。

PDCAとはこのことだが、つまり提案されたときに「すぐやろう」とか「代替え案を実行」とか「中止」とかにしないで、決定しないままずるずる先に延ばすのが最悪である。

さて、戦後60年を過ぎて、日本の仕組みは制度疲労をはるかに超えてしまっている。
どう考えても、立場を超えて知恵と力を合わせたほうが得である。
互いに知恵を絞り、汗を流して新しい社会やライフスタイルを作り出すのが我々の世代の仕事である。

改良ではなくて開発だが、ともかく大きな仕事である。

松下幸之助は「困難な仕事も素直な心になればこそ」という意味のことを言っている。
ならばお互い素直な心で臨みたいものである。
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無作為抽出で市民参加、はじまる

2007年10月01日 | Weblog
三鷹市の”まちづくりディスカッション”2007年の部、参加者の募集がはじまりました。

今年は”災害対策””高齢者の暮らしやすさ”、の2つがメインテーマです。

この市民参加方式の基本と特徴は、
・ 今年は10月20日(土)、21日(日)の2日間で行う。
・ まず無作為抽出した市民に1,000通の参加招待状を送る。
・ 参加表明した人を公開抽選で50人に絞る。
・ 当日はテーマに沿って数十分の情報提供を行う。
・ 参加者は5人の小グループに分かれる。
・ 各々テーマに沿った話し合いをする(約70分)。
・ 結果は”まとめ”として行政に提案される。

無作為抽出の意味を一言でいえば、”市民の良識”があまり偏らずにまとめられるところにあります。

この市民参加方式が浸透することにより、間接民主主義をより現実に沿ったかたちへ持ってゆくための”民意のありか”を具体的に示すことができる、との期待が十分持てるのも魅力です。

さあ、自分が高齢者になったとき、災害にあった時に”わがまち”はどうあってほしいか。そのために自分は何ができるのか。

今日現在の参加表明者は66名。

国や地方自治体だけではなく、”市民のちから”が試されます。
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