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⑦ 甲賀流忍術屋敷その1 「落とし穴」 ~忍者は、殺し屋じゃぁないんだよぉ!~2016私の秋旅 滋賀

2016-12-24 23:12:00 | 新日本紀行 関西編 滋賀

さてMIHOミュージアムから甲賀流忍術屋敷に行く山道ですが、また結構ナカナカの道をナビが案内するんです。さすが忍者の里は、人目につかない山の奥にあるのね。ナビ一回目の、ゴルフ・クラブがある山の中の両側一車線の道を案内されて、しばらく進みましたが大変危険な気配を感じて引き返し、ナビ二回目の別の道を行きましたが、そんなに「険しい山道感」が変わらなかったです。

山道の運転を慣れている人は何でもナイかもしれませんが、休日ドライバーの私としては、何とか2台対向できるかどうか、いや対向できないなというような所が結構ある、甲賀の両側1車線っぽい山道を10キロ以上走るのは、度胸を鍛えに行っているような趣きがあります。

やっと民家が見えるような場所に降りて来て高速に乗り上げて、次のインターが甲賀流忍術屋敷まで降りたら3分の所だったんですが、ここで忍が、先にインターでお土産を見ておきたい、とリクエストしたんですよ。

そこで、出口でなく休憩所の方に行って、土産物を見て車に乗り込んで標識を見たら、いったん甲南インターって休憩所に行くと、忍術屋敷のある出口には出られずに転回禁止になっていて、次のインターまで走ってから、またここに戻ってこないといけないことが判明したんですよ!

高速は逆走禁止なんで、いたしかたない。次のインターまで走って、いったん外の道に出てまたインターに入りなおして、甲南インターまで戻ってきました。この苦労、高速の出口を間違ったことがある人なら、わかってもらえますよね?

・・・まあ、こんな旅のアクシデントも旅の醍醐味なのだ。と思うことにしよう。そして、インター出口からすぐ(3分)の、甲賀流忍術屋敷に遂にやってきました!

1) 落とし穴

前回はツアーを利用して、伊賀と甲賀の忍者屋敷に6年前に来たんです。

伊賀は観光地化されていて、甲賀とはまた違う良さがありますが、甲賀流忍術屋敷の凄さは、何といっても現存する唯一の「本物の忍者屋敷」、というところ。

約300年前に建てられた「本物の忍者」の屋敷の迫力に呑み込まれそうになって、圧倒されるような感激を受けたことを覚えています。何せ、もう一度来たいと思って、実行するぐらいなんですよ。リピートしたい観光地って、それほど多い訳でも無いですよ。四国・徳島から滋賀の甲賀市の山奥まで、ホント来る機会って、まず無いんですから。

さて、前回来た時に、忍者屋敷同様に印象深かったのが、シニア世代の白髪のおじ様ガイドの方です。

「忍者はねぇ、殺し屋じゃぁないんだよぉ!」と言いながら、要するに戦国時代に活躍して諜報(スパイ)活動をしていた、「兼業薬剤師」なんだよ、と熱く説明をされていました。

今も甲賀市には薬品会社が多いそうです。

甲賀市のロケーションが山中だけに、薬草もたくさん生えています。

その知識を生かして各国を薬売りや山伏の姿をしつつ諜報活動に回ったとか、そんな展示もあります。

スパイ活動が目的で、ゴルゴ13みたいなスナイパー(狙撃手)という訳ではないので、殺してしまうと相手から情報が得られません。

だから、甲賀流忍術屋敷の、先述のおじ様ではなく、今回はお姉さんガイドの流ちょうなご説明のヤマ場も、深さ約3メートルの「落とし穴」ですが、生け捕りにして後で情報を聞き出すのが目的ですから、落とした先に尖った槍が何本もあって、落ちた敵が串刺しになんかはなりません。そして落とし穴は、まっすぐに掘られておらず、じょうごを逆さにしたみたいに、下が広いので、自力で両手両足を踏ん張って、上に抜け出すことはできません。

実は、屋敷の主人側にとっては自衛手段として、この落とし穴は屋敷の地下に掘られている通路とつながっており、この通路から屋敷外へ抜ける抜け道ともなっています。

しかし、今回のご説明の中でも、穴の中の電気をつけたり消したりしてくれましたが、消されたら穴の中は漆黒の闇で、そして掘った穴独特の「ボワァァ~」という何とも言えない寒気がするような冷気が、地の底から漂ってくるんです。

こんな穴に落とされたら誰だって、真っ暗闇の中を動き回って、抜け道を探したり、あっても前に進もうという気には普通はなれないと思いますね。息を潜めて敵か味方かわかりませんが、誰か来るのを待つのが最善の策と思うはず。もちろん3メートル下に心の準備なく落ちたら、たいていケガをしていて、動き回れないと思います。

本当に恐怖だろうな、この穴に思いがけず落ちたら。一瞬、パニックになるのでは。

私の行った夕方4時の回では、一緒に説明を受けた人が10名ほどいましたが、やはり他のお客さんも、そして忍も目を丸くして、恐る恐る落とし穴をのぞき込んだり、写真に収めたりしていました。

前回訪れた時も、この3メートルの落とし穴と戸外への抜け道、そして写真の「しのび押入れ」の床下は分家に出られるように、地下に通路が掘られていた(今は土で埋まっているそうです)という話を聴いて、冷気を放つ地下の暗がりの中、家の下にタコ足のように張り巡らされた逃げ道のことを思うと、本物の忍者屋敷の鬼気迫る迫力に、息詰まるぐらいの感銘を受けました。

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