クッキングハウス メンバー日記

日々の活動の中での思いをつづっていきます。

希望・統合失調症治療の指針

2016年10月17日 | Weblog
 統合失調症理解の前提として、「感情が物質であること」を認識しなければならないとぼくは前のブログで書きました。

 強いネガティブな感情が感覚器官に異変をもたらし、見えるものに過敏になるようにしたり、強い怒りの感情が妄想というゆがんだ認知を次から次へと生み出します。

 悪さをする強いネガティブな感情は物質であり、物理的に目にくっついたりすることで目を過敏にしたりするのです。あまり過敏になりすぎると、見えるものがくっつくように強く見え、緊張をもたらします。統合失調症緊張型の形成です。

 感情が物質であることという考え方はいままでの科学や常識にはないものなので理解がややこしく感じると思います。

 でも考えればこの「物質」の名前は未知のものではないのですね。

 「気」という名前です。

 そうです、感情は「気」という物質です。東洋医学の気です。

 統合失調症の原因は強い恥ずかしさや強い怒りの「気」なのですね。

 ふつうは「気」というのはさらさらしたかすかな気体のようで人間の感覚ではよくわかりません。

 ですが強い恥ずかしさや強い怒りの「気」は濁った「気」です。密度が濃く、重さもある程度あるように感じられます。たとえていえば、ふつうの「気」が水素ガスのようにさらさらしたものだとすると、濁った気はメタンガスのようなものですね。

 実際このメタンガスのような気は感覚でも容易に感じられます。どういう感じかというと、こころの深いところからあがってきてこころの表面から排出されるときに「グワッ。」とか「グルルッ。」という振動が感じられるのです。

 食べ物が腸の中を移動するときの腸内のガスではないかと言われそうですが、何回か感じると、腸内のガスではなく濁った気であることはわかります。

 なぜかというと濁った気は排出されるときに統合失調症の症状がよくなるのでわかるのです。

 たとえば胸や腹の部位に「グワッ」という振動があると視野にうつるものが気になって気になってしかたがないという統合失調症の症状が消え、視野がすっきりするのです。

 腸内の食べ物の移動で視野がきれいになるという因果関係はありません。

 それに視野がきれいになるというのは、思い込みでは不可能なくらいはっきりしています。

 二十年間、毎日「グワッ」「グルルッ」という振動を、目の症状がすこしよくなるのと同時にぼくは感じています。

 でもこういう風に「強い恥ずかしさや強い怒りの感情はメタンガスのような『気』である」と説いてもあまり説得力はないですよね?

 「グワッ」とか「グルルッ」とかいう振動は腸のなかのガスの音ではないか?という意見にあまり強く反対は言えないと思います。

 だからぼくはじっさい感情のかたまりを感じるんだ、というだけでななく、感情のかたまりというものが物質であるということを、治る過程を観察することによってもそう言えると主張しているのです。その詳しい説明は前のブログでしました。

 感情が物質であるということはいままでの科学では言われていないですよね?だからそれを説明するのに一苦労がいるんです。

 でもそれを受け入れていただければ、統合失調症というのは思いもかけず簡単に説明できる。

 感情は物質であり、その物質の名は「気」である。

 統合失調症は強い恥ずかしさや強い怒りなどの濁った「気」が体内にたまることで発症する。

 そうすると統合失調症を治療するということはどういうことですか?一言で説明できますね。

 統合失調症は体内にたまった濁った「気」を体外に排出することで治る。これです。

 体外に排出するではなく、体内にあっても「溶かす」ことでなくすことも考えられますよね。

 強いポジティブな「気」を発生させることで濁った「気」を溶かしてなくすというのは現実に可能です。ブログで幻聴の治し方で説明しました。他にも説明あります。

 さらにこの「気」という言葉を使った統合失調症の定義は正確なだけではなく、差別・偏見にも強いですよね。

 現在の学説は脳に病気になりやすい素質があるから発症するというのが統合失調症の定義ですが、うまれつきの素質があるから病気になるんだ、という見方は、

 精神や脳が強ければ病気にならないといういままでも差別的な見方とどう違うんですか。おれは強いから精神病にならないとどうどうと言っている人はいっぱいいますよ。

 わたしたちは素質があるから病気になると学説がそうなっているからそう威張って言われてもただ小さくなって聞いているしかないんです。

 でもほんとうは、おれは強いから精神病にならないとどうどうと言っている人に反論はできます。それは科学の力です。

 わたしたち統合失調症者は、高学年で公共の場でおもらしをしたり人とケンカをしたりしたのが原因で病気になった、不運な人間たちなのです。病気にならない人と脳のどこもかわらない、ふつうの人間です。

 生まれつき病気にかかりやすい脳をもった、だめな人間たちではないんです。

 ただしい学説で判断されないのは、基本的人権がないのと同じです。

 こころの病の人は、人類の歴史の中であまりにもないがしろにされてきました。

 理由はこころの病気にかかると、あまりにもあっけなく消えていってしまうからです。

 科学の力がのび、こころの病気の人にも生きる支えができ始めたいまこそ、こころの病気の人間にも、社会での居場所をきちんと与えるべきです。

 わたしたちは弱い人間なんです。

 助けてほしいんです。

                               (とまと)
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