クッキングハウス メンバー日記

日々の活動の中での思いをつづっていきます。

高い年齢で人前でおもらしをすると統合失調症緊張型になる

2016年10月13日 | Weblog
 あれは、小学五年生ぼくが十一歳のときでした。

 放課後のサッカー部の部活動のとき、夕暮れ時です。

 練習をしていたぼくは小便をしたくなりました。先生にお願いしてトイレにいかせてもらおうとしたのですが、言えませんでした。

 遠慮があったんだと思います。トイレはトイレの時間に黙って行く。それがそのころのぼくのふつうでした。

 校庭のわきにあった山の陰に隠れてだまってしてきてしまおうかと考えましたが、あせればあせるほど足がすくんで実行できないのです。

 そうです、あせるとかえって何もできなくなってしまうのですね。それでぼくは校庭で小便をもらしてしまった。

 もらした瞬間はパニックでした。

「もらしたーっ。」「きもちわるい。」という思いで頭の中はいっぱいでした。

 解説すると、もらした瞬間に感情が大爆発したのです。そのときに大量の「恥ずかしいーっ。」という感情がうまれ、それが30年たっても心のなかに残ることになったのです。

 まわりの人の反応はみていませんでした。みたくなかったのだと思います。

 家にかえりましたが、そのときの気持ちなどはおぼえていません。

 そのあとはおもらしのことを意識するとはずかしくて、そのときの記憶を心の奥におしこめたままでした。

 小学六年の二学期から、ぼくは自分から中学受験の勉強をしはじめました。

 六年の二学期から勉強を開始したにもかかわらず、うなぎのぼりの成績で、東邦大学付属東邦中に行きました。

 やたらとがんばって勉強するところとが特徴なのですが、これは統合失調症初期の特徴だと思います。

 どうしてかというと、苦痛があるからがんばるのです。ハングリー精神と同じで、プレッシャーがかかるとがんばるのと同じことです。

 何が苦痛なのかと言うと、おもらしをしてしまったことではありません。

 おもらしをしてしまった結果として、視野のまわりのものがやたら気になるという統合失調症の症状がでてきてしまっているのです。

 病的に恥ずかしいという気持ちが目にくっつくと、目にうつるものが気になりだすのです。

 視野のまわりのものが気になるが、自分としては本をよんだり、人と話してすごしたりしたいのです。つまり気にしてられません。それなのに気になるのです。

 すると力が入ってきます。緊張してきます。

 不思議なことですが、本人としては視野のまわりのものが「気になる」という自覚がないのです。どうしてでしょうか。

 こたえは緊張するからです。緊張すると、視野のまわりのものを「気にしている」ことが自分でわからなくなるのです。

 がまが鏡で自分の姿をうつして緊張のあまりぽたりぽたりとあぶら汗をながすのと同じで、緊張しているううちにある部分はまったく意識の外にいってしまってみえなくなっているのです。

 でも緊張するのは視覚的にものが気になるからです。視覚的に気にならなければ、緊張はしません。

 こうやって不必要に緊張するにしたがってそれをはねのけようと、やたらがんばる。

 ぼくはがんばって東邦中に行きましたが、それも二年生になると付属の高校ではなく別な高校へ行こうとしだした。

 中学三年に進級するときに東邦中を退学して地元の公立中へ移りました。ところがそこも一学期のあいだだけ行き、別な公立中学へ越境していくといいだした。そして移った。結局高校は開成に合格して進学した。

 この、頻繁に居場所をかえるところも統合失調症の特徴です。

 中学校を二回もかわる。なんとぜいたくな子供かとおもうかもしれませんが、これもれっきとした理由があります。

 理由は生きていることに苦痛がともなうからです。結局、生きていて楽しいと思えないから何回も居場所をかえ、理想の場所をさがしもとめてさ迷い歩くのです。

 何が苦痛なのでしょうか。ところがこれは自分で自覚しづらいことなのです。こたえは視野のまわりのものがやたら気になることが苦痛なのです。

 ものすごい苦痛だから力が入ってくるのです。緊張するのです。

 生きることが何か楽しくなくなり、暗くなってきます。

 小便をもらして恥ずかしいという気持ちが目にくっつくと、やたらものが気になるようになります。

 ですが目に映る車や木や建物が気になったって、かかわりあっていられないのです。そんなものがどうだっていうのでしょうか。

 それなのにそんな自分の意志とは関係なく気になるのです。苦痛です。

 気になる理由はおもらしをして恥ずかしくて恥ずかしくてしかたがないという気持ちが目とつながっているからなのです。

 目をあいていればものがきになります。しかもそれは自分では自覚できなく、ただただ体が緊張してくるのです。

 生きていることに自然とともなう快さがなくなってきます。

 だから、理想郷をもとめて居場所を何回も変わったりするのです。

 学校の成績は、どうだったでしょうか。

 統合失調症の初期の特徴として、勉強をやたらがんばるので成績は中学三年の夏休みまではよかったです。ただ、勉強にはむらがあって、嫌いな勉強はまったくしません。難しくても好きな勉強はやたらのめりこむのでうならせます。

 ですが中学三年の二学期から成績が急降下しはじめました。高校受験のまじかのテストではぼくは東京のTAPという高校受験の塾では名門の塾で六百番台の成績をとってしまい、これではいくら塾での成績とはいえ、開成高校合格のレベルではありません。それまではもちろん合格圏内でした。ですが受験本番ではぼくは燃えてテストにのぞみ、なんとか合格しました。

 統合失調症初期の特徴として、がんばりすぎるくらいがんばるということがあげられます。

 けれどもこれは統合失調症の症状であるものが気になる症状が苦痛だからで、苦痛が軽い程度ではそれをはねのけようと、ハングリー精神と同じ原理でがんばります。

 ですがこのものが気になりすぎるという症状は時間を追って進行してきます。時間の経過とともに気になり具合が進行してきます。それにつれて緊張もひどくなってきます。

 なんども言及したことですが、本人には「視野にうつるものが気になる」自覚はありません。緊張が強くなるとわからなくなるからです。

 ですが緊張の激化とともに生きる快さはますます失われていきます。

 その結果、成績が下降するのです。がんばりすぎるくらい勉強していた段階から、勉強をしづらくなる段階に入ります。

 つづくのは勉強の不能であり、ひきこもりです。
                                 (とまと)
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