風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

ガストン・ルルー 『オペラ座の怪人』

2012年02月12日 04時02分29秒 | 




そうなんだ! 彼女の涙が私のうえに注がれていたんだ! 聞いてくれ、ダロガ、そのとき私がどうしたか聞いてくれ……私は、彼女の涙を一滴も無駄にしたくなかったので、仮面をかなぐりすてた……それでも彼女は逃げ出さなかった!……彼女は死んでしまわなかった! 彼女は生きていた、泣いていた……私のうえに涙を注いで……私といっしょに……私たちはいっしょに泣いたんだ!……ああ、天にまします神よ! あなたは私にこの世の幸福をすべて与えてくださった!……

(ガストン・ルルー 『オペラ座の怪人』角川文庫)

先日実家の本棚を整理していたら、なぜか奥から『オペラ座の怪人』の文庫本が出てきてかなり吃驚しました。
買った記憶がまったくなかったので。でも、よーくよーく思い出してみると、三年前にロンドンでミュージカルを観て感動して帰国後、ブックオフでこれを手に取ったような記憶が……。結局転職活動やら何やらで心身ともに余裕がなく、そのうちに買ったことすら忘れてしまっていたわけですが。
というわけで、さっそく読んでみたところ――。
すっごく良かったんですよ、これが…!
原作がこんなに良かったとは、まったく期待していなかっただけに嬉しい衝撃でした。
だって三文小説だとかB級小説だとか言われていたので、てっきりもっと安っぽい内容かと思っていたんですよ。
でも要は「純文学ではない」というだけで、すばらしい大衆小説である点はコナン・ドイルのホームズ・シリーズと同じ。
“作者”がいかにも自分の体験を語っているかのようなノンフィクション風な手法(注まで挿入している徹底ぶり)も、ワトソンのそれを彷彿とさせます。
それもそのはず、ルルーはミステリー作家なのですから。
つまり『オペラ座の怪人』は意外なことに、サービス精神いっぱいの、笑って泣けるミステリー風娯楽小説だったのでした(支配人室での安全ピンの下りなど、声を出して笑ってしまった)。ALWのミュージカルは原作のそういう魅力を実によく表現したものだと、改めて感心しました。

でもストーリーに関しては、私は原作の方が好きです。
原作では、クリスティーヌの怪人に対する優しさをより強く感じることができました(逆の意見も多いようですが)。
原作のクリスティーヌの心の動きは以下のとおり。
顔を知らない“音楽の天使”に惹かれる→怪人の素顔を知り恐怖を抱く(ラウルから「君の彼に対する感情は何だ」と聞かれ、”恐怖心”であると答えている)→同時に、怪人の絶望の深さを知り強く哀れみを感じ、彼との約束を守って度々地下の部屋へと自ら通う→一方で、ラウルと愛を誓ったことで怪人の怒りを買い、恐ろしいことが起きると怯えたクリスは、ラウルと逃げることを決意する。しかし自分を信頼し愛してくれている怪人を裏切ることに戸惑いを感じ、最後にもう一度だけ舞台に立ち、怪人に自分の歌を聴かせてあげたいと思う→歌を歌いあげたクリスは再び地下へと攫われる。そのまま地下で怪人と共に一生を過ごすことに絶望したクリスは自殺をしようとするが、怪人に阻止される。そして目の前で殺害されそうになっているラウルを助けるために怪人の妻になることに同意する。人質としてラウルを地下に閉じ込めた後、部屋に戻った怪人をクリスは静かに待っていた。彼が(生まれて初めての)キスをしても、クリスは逃げなかった。涙を流して神に感謝する怪人とともに、クリスも涙を流す→怪人はラウルを連れてきてクリスに“君たちの結婚祝い”だと指輪を渡し、二人に去るように言う。そして自分が死んだときにはその指輪と一緒に埋葬してほしいとクリスに約束させる(この指輪は以前怪人がクリスにあげたもので、クリスはラウルとオペラ座の屋上で会っていたときに落としてしまった。それを怪人が拾った)。その言葉を聞いたクリスは、怪人の額に自らキスをする→感動で涙を流す怪人を後にし、二人は去る。

クリスティーヌが抱く“恐怖心”は、角川訳では“嫌悪感”となっていましたが、この日本語ではどうにもクリスの性格が冷たすぎるように感じたので英訳を読んでみたところhorror”と書かれてありました(その後仏語原文を調べてみたら、やはり"Horreur"という単語が使われていました)。つまり、身の毛がよだつような恐ろしさ。というわけで、“恐怖心”がより近い和訳ではないかと判断しました。ちなみに他の文庫版でも「恐怖心」と訳してあるそうです。以下、アポロの竪琴の章から英訳を抜粋。

"Before answering that," said Raoul, at last, speaking very slowly, "I should like to know with what feeling he inspires you, since you do not hate him."

"With horror!" she said. "That is the terrible thing about it.
He fills me with horror and I do not hate him. How can I hate him, Raoul? Think of Erik at my feet, in the house on
the lake, underground. He accuses himself, he curses himself, he implores my forgiveness!...He confesses his cheat.
He loves me! He lays at my feet an immense and tragic love.
... He has carried me off for love!...He has imprisoned me with him, underground, for love!...But he respects me: he crawls, he moans, he weeps!...And, when I stood up, Raoul, and told him that I could only despise him if he did not, then and there, give me my liberty...he offered it...he offered to show me the mysterious road...Only...only he rose too...and I was made to remember that, though he was not an angel, nor a ghost, nor a genius, he remained the voice...for he sang. And I listened ... and stayed!...That night, we did not exchange another word.
He sang me to sleep.


そもそも私は原作にしろミュージカルにしろ映画にしろ、クリスが恋愛的な意味で愛しているのは最初から最後までラウルであり(想いの強さはともかくとして)、怪人に対する感情は哀れみや母性的なものに近いと思っています。
だからこそ、ミュージカルのラストでクリスティーヌが怪人に指輪を返しても、納得できるのです。
25周年公演のレビューでしばしば「最後、クリスは“ラウルではなく”怪人に気持ちを残していったのだ」というものを見かけますが、その解釈は行き過ぎだと思うのですよ。だって、ラウルに対するよりも強い愛を怪人に感じていたのだとしたら、どうして彼女は怪人をあの場に一人残して去ったのでしょう?殺害も辞さないと沢山の警官が迫っていることをクリスはわかっているのに、なぜ置き去りにできたのか?仮に怪人が捕まることはないだろうと考えたのだとしても、この先ずっと彼が孤独な拷問のような人生を生きることがわかりきっているのに、彼を置いて去った理由。
それは、彼女が恋愛対象としてラウルを愛していたから、ラウルとの未来を選んだから、ではないのでしょうか。
また、「クリスが怪人とは(芸術の)魂のレベルで結ばれていた」というのはこの物語の根本なのでその通りなのですが、とはいえ、その感情と恋愛感情は限りなく似てはいても、やはり非なるものだと思うのです。

さて、ストーリーはミュージカルよりも原作の方が好きというところに話を戻しますが、指輪の役割についても、原作の方が断然いいです。
指輪が怪人→クリスティーヌ→怪人→クリスティーヌ→そして最後に怪人の元へと戻る原作の流れは、とても感動的。ミュージカルの方はラウルがクリスへ贈る指輪も登場するので解釈がややこしくなってしまっていますし(そもそも2つの指輪は同じものなのか否か?とか)、ミュージカルを観た誰もが一度は思う「わざわざ傷ついている怪人に追い打ちをかけるように指輪を返さなくても…」というモヤモヤも、原作ではもちろんありません。
また、ミュージカルや映画ではクリスは怪人を「彼」としか呼んでいないのに対し、原作で彼女が「エリック」と呼ぶとき、恐怖はもちろんあるのですが、同時にそこにはなんともいえない優しさを感じます。

また原作は、怪人の設定も良い。
たしかにミュージカルよりも怪奇性や残忍性は強いですが、そこには十分な理由がある。
彼の生い立ちを知る〈ペルシャ人〉は、次のように言っています。
「彼は、世にも稀な醜さゆえに忌み嫌われ、人間の世界から疎外されてしまった。そのために彼は往々にして、そういう扱いを受けた以上、自分は人類にたいしてなんの義務も負っていないと考えているような行動をとることがあった」
現代の私達からみると“容姿の醜さ”という欠点(とあえて書きますが)はそれほど大きなものだろうかと思ってしまいますが、これは見世物小屋が当たり前に存在していた時代の物語です。現代の価値観と同様に考えるべきでないのは、言うまでもありません。
そして父親からも母親からも愛されず、見世物小屋の見世物として育った彼が、何の抵抗もなく殺人を犯す人間となっても、どれだけ彼を責められるでしょう。
真に彼の異常性を責めることができる人がいるとしたら、それは彼とまったく同等の悲惨な境遇を経験した人だけではないかと私は思います。
ペルシャ王の宮殿で、拷問の仕掛けを嬉々として作ったエリック。しかし彼は一度として“人間としての幸せ”を感じたことはなかったでしょう。
愛を与えられたことのない彼は、愛を知らなかった。常識を教えられたことのない彼は、常識を知らなかった。しかしだからこそ、激しくそれに焦がれた。
オペラ座の地下深くには全く不似合な「いじらしいほど所帯じみていてやぼったく、のどかで、常識的なインテリア」の部屋に住む怪人(それらの家具は、彼の母親の形見)。そんな“普通の”家具に囲まれた、“普通の”暮らしこそ、エリックが最も焦がれたものだった。

このような悲惨なストーリーの中で、彼を「化け物」と呼びながらもすべての事情を知り、彼の性格を理解し、彼に「悪事を働くな」と“常識”を教える〈ペルシャ人〉ダロガの存在に、私達は救われる。エリックもまた命の恩人であるからという理由だけでなく、そんなダロガに何かを感じていたからこそ、最後に彼を頼ったのでしょう。
もっとも、ALWがミュージカルで〈ペルシャ人〉の存在をカットしたのは、正しい判断だと思います。2時間程度のミュージカルでは話が煩雑になりますし、このペルシャ人の役割はクリスティーヌに重ねられる部分も多いですから。

なお原作は「視点が定まっておらず、どの登場人物にも感情移入がしにくい」という批判もあるようですが、純文学ではなくミステリー&娯楽小説として読むと、そういう部分が却ってうまく作用していることに気付くはずです。物語の最初のバレリーナ達の噂話では怪人は幽霊のような不気味なぼやけた存在で、続くラウル視点ではクリスティーヌを誑かす悪役に見え、やがてクリスティーヌの台詞からどうやら単なる悪者ではないらしいと気付き始め、ペルシャ人の手記に至ると怪人の複雑な過去や人間性が明らかになり、手に汗握るスリリングなクライマックスの後に怪人自身の口から語られる感動的な結末へ。見事なエンターテインメント性だと思います。
もっともこの物語は“作者”がペルシャ人から聞いた話や、クリスがラウルへあてた手紙、その他の調査結果から導き出されたオペラ座怪奇事件の真相、という設定になっていますが、「“作者”はどうしてそこまで知りえたのか?」という部分は多々あります。しかしそういった矛盾は物語の核心には関係のない些細な欠点であり(ホームズだってそういう都合のいい点だらけだし)、この物語は“作者”がさまざまな調査をしても足りなかった部分は自身の空想で補完し、そして到達した「彼なりの怪奇事件の一つの真相」を描いた物語、と読めばいいのではないかと思います。

そして今ふと気づきましたけど、ミュージカルでは「ドン・ファンの勝利」のスコアが、上演されているんですよね。原作を読んだ今では、良かったねぇ怪人^^、と思ってしまいます。だって20年もかけて作り上げたんだもの。


★★★
角川文庫p232でラウルから「もしエリックが美男子だったら、君は僕を好きになっているだろうか?」と聞かれたクリスが、「犯した罪を隠すように、わたしが心の奥底にしまっていることを訊きだして、いったいどうしようと言うの?」と答えているのですが(←結構ヒドイ)、この台詞がなぜか英語版には全くありません……。版権切れでネットに上がっている英訳は、こうです↓。

"You are frightened ... but do you love me? If Erik were good-looking, would you love me, Christine?"
She rose in her turn, put her two trembling arms round the young man's neck and said:
"Oh, my betrothed of a day, if I did not love you, I would not give you my lips!
Take them, for the first time and the last."

クリスの答えが丸々一文完全にスキップされている…!
どのサイトの英訳を見てもそうです。
いったい何が起きているのか…(混乱)
他の文庫本ではどうなっているのでしょうか…。今度図書館で借りてみよう…。原文の仏語の方も調べてみます…。

(追記)
ということで仏語版を調べてみたところ、ちゃんとありました、「犯した罪を〜」にあたる原文↓。
Malheureux ! pourquoi tenter le destin ?...Pourquoi me demander des choses que je cache au fondde ma conscience comme on cache le péché ?
なぜ英語版にだけないのでしょうね…?
英語版の翻訳者が「この文章は宜しくないからカットしよう」と勝手に削除しちゃったのかしら…(笑)

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