風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

『風立ちぬ』 1

2013-08-25 00:29:09 | 映画




「この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである」


(宮崎 駿)


『風の谷のナウシカ』が公開されたのは、私が7歳のとき。
以来ジブリと一緒に歳を重ね、大人になり、新作が公開されればやはり映画館に足を運び、そして人生の半ば近くまで来てしまったわけですが。
今回この『風立ちぬ』を観ながら、宮崎監督、この映画を作ってくれてありがとう、と心から思いました。
おそらく監督にとってこれまでの作品と違う、作るのに覚悟を必要とした作品だったであろうことが、わかったからです。

私はこの作品を宮崎監督の「最高傑作」と言うつもりはありません。
そう言ってしまうには、これまでの宮崎作品が放ってきたファンタジーの魅力は強烈すぎる。
あの積乱雲の合間から天空の城が姿を現すときのワクワク感、不思議な生き物が棲む深い森のちょっと恐ろしいようなざわざわ感、八百万の神さまが去った朝の静謐で透明な油屋の空気、緑の荒野の向こうから突如ロボットのような巨大な動く城が現れたときの息をのむ光景――。
それぞれのテーマは重くとも、宮崎監督が作り出したそれらの世界に、どれほど心躍らせてもらったことか。

しかし今回の作品がそれらと完全に異質かというとそうではなく、やはり、その延長線上にあるのだとも強く感じました。
夏の高原の爽やかな空気感、主人公の夢の世界の躍動感、見事な“風”の描写、時空を超えた人の繋がり、古い日本家屋の木の香り、それらの合間にそこはかとなく漂う寂しさ。
そのどれも、これまでの作品と共通する、これまでの作品があったからこそなしえた、描写の美しさ、豊かさだと思います。

この映画について賛否以前に「何が言いたいのかわからなかった」という意見があることを知り、驚きました。私はあらすじさえ読まず、まったくの前知識なしに観に行きましたが、「わからない」ことなど何ひとつなかったからです。
これまでのジブリ作品と比べてもテーマはとても明快で、はっきりとスクリーン上で表現されています。つまり、上で引用した、監督ご自身が述べられていること、それがすべてでしょう。
零戦という多くの人を殺す道具にもなりえる飛行機を作った主人公についても、同様です。
カプローニ(萬斎さん、よかったなぁ)がはっきりと言っているではありませんか。「君ならピラミッドのある世界とない世界、どちらを選ぶ?――私はピラミッドのある世界がいい」と(まぁこの例えもちょっとどうかとは思いますが)。
夢がはらむ危険性。
その葛藤は、ラストの風景の中にちゃんと描かれている。
二郎は決して神様でもなければ、完全無欠なヒーローなどでもないのです。
完成披露記者会見で監督は「(ラストは)じたばたしていく過程なんですよ。形を出してしまったらこれは違うなということが自分でわかったんです」と言っていました。
それでもなお、“夢”をもって生きることの大切さを、宮崎監督はこの映画を通して言いたかったのだと思います。

そしてものすごく乱暴な言い方をしてしまえば、菜穂子との「愛」も、主人公の「夢」の前では、二次的なものなのだと思います。
だからといって愛の重さが軽いわけでは決してなく、それは二郎にとっても菜穂子にとってもまったく自然なことで、限られた時間の中で、限られた人生の中で、二郎は「夢」を追い、菜穂子はそんな二郎を愛し、二人は「愛」を育んだ。
周りからどんな風に見えようと、二人は誰よりも「幸福」なのだと思います。
二人だけにわかる、しかし何よりも確かな愛の形でしょう。
他の宮崎アニメのヒロインと同様に、この菜穂子も、自分の価値観をしっかりと持っているとても素敵な女性。
震災のとき二郎から「君たちの荷物は?」と聞かれて、「いいんです」と躊躇せずにきっぱりと答えるところに、そんな性格がよく表れています。
周りに流されず、自分にとって何が一番大切か、何が一番幸福か、よくわかっている。
『ひこうき雲』の歌詞の少女そのものです。
そんな女性に、瀧本美織さんの芯のしっかりした声はよく合っていました。

庵野監督の声も、とてもよかった。
私は今まで宮崎監督が声優を起用したがらない理由がいまひとつ理解できなかったのですが、今回の映画を観て、とてもよくわかりました。
下手でもいいから、「演技」ではない、“ありのままの声”を望んでいたのですね。
そして今回は声優はもちろん、俳優でも納得がいかず、そして庵野監督。
素晴らしい選択だったと思います。

宮崎監督は「なぜ今あの時代の日本を描いたのか?」という質問に、「また同じ時代が来たからです」と答えられていました。
亡くなった私の祖父は、「今の時代は戦前によく似ている」と言っていました。
空に美しい飛行機を飛ばしたいという少年の夢が、二度と戦闘機という形になることのないように。
私達は、何が最善の道か、それぞれが自分自身で考えて、しっかりと答えを出さなければならないでしょう。

そして、たとえ戦争はなくとも、どんな時代でも、どんな人にとっても、「生きる」ということはそれだけで、本当に大変です。
それでも、どんなに過酷な状況下でも、“夢”をもって生きる主人公の姿をただまっすぐに描いたのがこの映画です。
映画のコピーは「生きねば。」ですが、私には宮崎監督が「それでも、生きろ」と、「力を尽くして生きろ」と、この映画を通して言ってくれているように感じました。

青空いっぱいに真っ白な飛行機が飛ぶラスト。
気付けば泣いていました。






『風立ちぬ』 2

『風立ちぬ』 3

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