
たまに、あの方にはパートナーがいたのだろうか、と考える。
恋人でも友人でも、関係性は何でもいいのだけれど、もしかしたら、誰か心を許せる人が近くにいたのかもしれない。
私の自己満足に過ぎないのだけれど、そう考えると、少し心が慰められる。
自分はというと、最近ようやく、Rに対して、やっぱりこの人なのかしらん?という気持ちが芽生えてきた。
Rのすごいところは、何年経っても「びっくり箱」なところ。
未だに、彼女の言動には日々驚かされている。
彼女の考えることはよく分からない。
でも、分からないのがいいの。そのほうが面白いから。
これは私の悪い癖なのだけれど、私は、割とすぐに人を「この人はこういう人」とカテゴライズしてしまう。
観察好きの、分析好き。
さらに悪いことに、一旦分かった気になると、興味を失ってしまう。
情の薄い、身勝手な人間だ。
Rは、私が分析を放棄した唯一の人かもしれない。
付き合いたての頃は、それはもう必死に分析しては一喜一憂していたけれど、その分析はことごとく的を外していた。
もちろん慣れ合う部分はあって、行動の癖はお互いある程度把握しているし、一緒にいれば居心地がいいし、意外と意見が合う部分も多い。
でも、それとは別次元の話として、根本的に、Rがどんな性格なのか、何を行動原理としているのか、未だに掴めない。
人並み外れて賢いような気もするし、人並み外れて抜けているような気もする。
私にとっては、理解し合えることよりも、理解し合わぬままに共存できることのほうが、重要みたいだ。
最近必要があって読んだ本に、熱帯魚に心酔する孤独な少女が出てきた。
私も、人と付き合うことが苦手だった小学校から高校くらいまでの間、熱帯魚に恋焦がれていた。
互いに分かりあうなどとは考えもしない(ように見える)魚たちに憧れた。
大人になった今は、他者とのコミュニケーションは昔ほど苦痛ではなくなったけれど、本質はあまり変わっていないのかもしれない。











懐かしいなぁ〜
記事に親近感を持ちました(^^)
風邪などひかないように♪
またネッ
コメントありがとうございます。
熱帯魚、良いですよね。
未だに悲しいことがあると、彼ら/彼女らの飄々とした姿にあこがれます。
はりぃ〜♪さんも、お体をおいといくださいませ。
本年もどうぞよろしくおねがいします。
いかがお過ごしですか?
去年は、仕事以外ではほぼRとしか会わない・喋らない一年でした。笑
今年はetsuさんとももう少しお会いできたら嬉しいです。
本年もよろしくおねがいします。