椿姫

フェミニズムの残酷性を斬る

ある判事の指摘 1

2005-08-12 12:07:44 | ある判事の指摘
      
配偶からの暴力の防止及び 
被害者の保護に関する法律
における保護命令制度についての問題点
      

 
 本稿は,現在国会で法改正作業が進められている、いわゆるDV法に定められた保護命令制度の闇黒点について,実務的な観点からの問題点を検討した上,上記法改正作業内容の1つである,退去命令の期間を現行の2遇聞から2か月に延長する方向での法改正に対し問題点を指摘したものである。

憲法上の問題点についてまで論じている点で異論も予想されるが,従来のDV法に対する論考は,専ら配偶者闇暴力の背景,被害の深刻さといった社会学的視点からのものが圧倒的に多数を占めており,法律実務の観点から論じたものは限られていたことから,あえて一石を投じたい。

          


①はじめに

現行の「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(以下「本法律」という。)は、平成13年4月13日に公布され,同年10月13日から施行されたものであるが、同法附則3粂において「この法律の規定については,この法律の施行後3年を目途として,この法律の施行状況等を勘案し,検討が加えられ,その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする。」とされていたことから,現在,国会で同法の改正についての審議がなされている。

最高裁民事局関係者によれば、その一環として,同法10条2号が定める退去命令に基づく退去期間を,現行の2週間から2か月とし,発令に際しては,現行法と同様,当該期間を短縮して発令することはできないとの方向で改正作業が進められているとのことであり,その旨の新聞報道もなされている。

筆者は,いわゆる執行・破産専門部に所属し、保護命令の審理・発令に携わっているところ、その実務を通じ、本法律における保護命令制度については,その審理手続と法的効果に問題があるのではないかとの疑問を抱いていたのであるが,今回の改正では,退去期間の延長によりさらに問題が拡大するのではないかとの強い危倶感を抱いている。

しかしながら,議員立法という本法律の性質、あるいは審理非公開が原則という保護命令制度の性質によるためか、これまで、裁判関係者により保護命令制度の問題点が公に論じられたことはないようである。

本稿は,保護命令発令の際の審理を通じて筆者が問題意識を有するに至ったところの、事実認定上の問題点,保護命令の対象となる暴力の範囲についての問題点及び退去命令の問題点をそれぞれ指摘し、これに対する私見を示すものである。

②事実認定上の問題点


保護命令発令の要件は、「被害者が更なる配偶者からの暴力によりその生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」とされている(10条)。

そのため,発令の可否の審理に当たっては、配偶者の暴力の有無・程度が問題となるが、その認定に当たっては、当事者双方からの聴取(12条1項・14条1項)のほか、申立人が配偶者暴力相談支援センターの職員又は警察職員に村し、配偶者からの暴力に関して相談し、又は援助若しくは保護を求めた事実がある場合には、裁判所かしらの求めにより、一これら諸機関から、申立人が相談し又は援助若しくは保護を求めた際の状況及びこれに対して執られた措置の内容を記載した書面の提出がなされ(14条2項),裁判所が必要があると認める場合には、当該機関の長又は相談等を受けた職員に対し、この書面に関して更に説明を求めることができるとされている(同3項)。

相談等がなされていない場合には,申立人は,配偶者からの暴力を受けた状況及び更なる配偶者からの暴力によりその生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいと認めるに足りる事情についての申立人の供述を記載した書面で、公証人法第58条の2第1項の認証を受けたものを添付しなければならないとされている(12条2項)。

これら書面の提出等の制度について、14条2項の制度は,公的な機関からの事実を収集し,迅速かつ適正に保護命令を発令するための資料を得ることを図ったも、同3項の制度は,保護命令の迅速な発令に資するため、一定の事項について、民事訴訟法に定める手続よりもさらに簡便な方法で裁判所が事実調査を行うことを認めたもの、とされている払公証人法による認証についても、客観的・定型的な信用力が制度上担保されている公証人作成の宣誓供述書(公証人法60条の5は、証書の記載が虚偽であることを知って宣誓をした者は10万円以下の過料に処すると定めている。)を添付すべきこととして,迅速かつ適正に保護命令を発する条件を整えることにしたものとされている。



しかしながら、実際に保護命令の審理に当たってみると、事実の認定という点においては、これらの制度が十分な効果を上げているとは思われないことが多い。

千葉県の場合、被害者が配偶者暴力相談支援センターに保護を求め、その職員の援助を受けて申立てがなされるというケースが比較的多いが,この場合「申立書の記載内容と前記制度に基づき当該機開から送付された書面の内容とは(当然のことながら)概ね同一である。警察に保護を求めた後に申立てがなされた場合には、申立書及び申立人作成の陳述書の記載内容よりも簡略化された内容の書面が送付されることが多い。

つまり、前記制度は、迅速かつ適正に保護命令を発するための資料を整える、換言すれば申立人作成書類の信用性を確保し、足らざる部分を補うという役割が想定されと思われるのであるが,実際にはその効果は限定されたものとなっている。

14条3項に基づく職員からの説明、12条2項に基づく申立てについては、筆者はまだ経験していないが、これらについても、事実確認という点ではやはり限定された効力しか発揮されないのではないかと思われる。


本来、配偶者からの暴力の多くは、家庭という、第三者が存在しない閉鎖的空間において行われることがほとんどであると思われる。そのため、相手方が暴力の存在を認める場合は格別、否認した場合には、多くの場合、暴力の有無、あるいはその暴力が誰によってなされたかについては,双方の言い分のみでしか判断できないことになる。

その際、裁判官としては、当事者と質疑応答を繰り返しながら、どちらの言い分が真実であるか判断することになるが、それが行き詰まった場合には、後記のとおり保護命令が相手方に看過できない不利益をもたらすものであること,保護命令発令要件の立証責任は申立人にあること(10条)から,申立人に不利益に判断せざるを得ない。(申立てを棄却せざるを得ない)

現在、その多くは診断書が提出されているため、少なくとも暴力の有無・程度については判断が容易となり、その暴力が申立てに近接した時期に生じたものである場合には、相手方が否認するということは多くの場合ないのであるが,そうでない場合には、まず暴力の有無それ自体が争点となり、そうなると,裁判所自体が自ら証拠収集する機能を備えていないことともあいまって,相手方の対応次第では収拾ががつかないことにもなりかねない。



さらに考慮しなければならないのは、不利益処分を科す前提として、それに相等しい非行(本件では暴力)の存在(実体的要件)と事実確認手続を経たこと(手続的要件)の両方が必要であると考えられるところ、本法律は、特に退去命令を念頭においた場合,程度の点で後者の要件が不十分ではないかと思われることである。

後記のとおり、過去命令により相手方にもたらされる不利益は、決して看過できるものではないと考えるが、本法律は、対象となる暴力の内容を「その生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」と規定する(10粂柱春本文)ことで実体的要件を具備していると考えられる一方、手続的要件については,(多くの場合)当事者方からの聴取と関係機関からの資料送付により審理することとしている。

このことと、刑事手続において、捜査機関による授査を通じて一定の証が収集され、事実の有無が検討・確認された後に初めて裁判所の審理に付されることとを対比し場合、刑事手続に比べ、保護命令の審理における裁判所の得る資料が限られていることは明らかある。

そうであるならば,、続的要件における実質的充足の程度が限定されている以上、それに伴い発令されるべき保護命令の内容も限定されるべきではなかろうか。

ただし,配偶者からの暴力の特質にかんがみ、本法律が速やかな裁判をすることを規定していることに照らし,むやみに手続を重くすることは適切ではなく、刑事手続と同様の手続を導入するのも現実的ではない。限られた資料の下での短期間での審理を求められるとの保護命令制度の現状を前提に、不利益処分(保護命令)の程度と実体的・手続的要件の程度を相互に均衡させることが必要なのである。

そして,そのような視点に立つとき,保護命令の対象となるべき暴力の範軋退去命令の問題性が浮かび上がってくる。(続く)





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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
もう改正されています (ken)
2005-08-13 16:00:23
 退去命令の期間を2か月とする改正は、平成16年に成立して(平成16年法律第64号)、今年の1月から既に施行されています。



 ご指摘はごもっともなところもありますが、改正DV法で現実に不都合が生じたという話は聞こえてこないようです。