風の旅人 西村一広 Sailing Diary

海とセーリングだけの人生で考えたこと、悩んだこと、感動したこと、学んだこと、あれやこれや。

教室をホクレアにする、という発想

2007年07月31日 16時43分00秒 | Weblog


先週日曜日、ホクレアの日本来航を振り返るシンポジウムが終わった。
海と航海術について学んだ母校の東京海洋大学で、それも入学式と卒業式が行なわれた思い出深い講堂で、ナイノア・トンプソンの隣に座っている自分に、内心ドキドキしていた。
幸せだった。

このシンポジウムが終われば、今回のホクレアと自分の人生との関わりが、どんなことだったのかがはっきりすると期待していたのに、なんだか、余計ぼんやりとしてきたような気がする。

ナイノアが、討論されたすべてのテーマで繰り返していた、「次世代に伝えること」というフレーズがリフレインしている。

横浜総合高校のケンタロウ先生が口にした、「教室をホクレアにしたい」という新鮮な一言が、頭に突き刺さっている。

日々の細かい仕事の合間に考えるには、少しスケールが大きすぎて、重要性が高すぎて、考えをまとめるに至らない。
少しまとまった時間が必要だと思う。

シンポジウムの前日、深川の門前仲町で飲んでいたとき、国立科学博物館の海部先生が、「このプロジェクトに関わった人たち全員が、それぞれの立場で記録を書き残すべきだ」というアイディアを出し、日本のビールを飲みながら、刺身をつまんでいたナイノアが、強くそれに同意した。

自分の周りで起きたことを書き記していく作業を通して、もしかしたら、今回ホクレアに接することができたことで、今後の自分の人生が見えてくるのかな、とも思う。
書いてみようかな。
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ヒラリー・リスター

2007年07月27日 12時51分08秒 | Weblog


ヒラリー・リスターという英国人女性セーラーのことを知っていますか?

ヒラリーは今年35歳。その彼女がこの7月24日、シングルハンドでイギリス南端の島、ワイト島をセーリングで一周した。
アメリカズカップの起源であるワイト島一周のコースそのものは、距離にして50マイルの、ごくありきたりで、ウイークエンド・セーラーにとっも、レースでもよく走る一般的なコース。

でも、ヒラリー・リスターが、彼女の意思で動かすことができるのは顔と首だけという、重度の四肢麻痺障害者であることを知ると、ぼくは彼女が成し遂げたことに驚嘆せざるを得ない。一人でセーリングすることをシングルハンド・セーリングというけれど、彼女の場合はその「ハンド」さえ使えないのだ。

彼女は、特殊なストローをくわえ、そのストローに空気を吹き込むことと、吸い出すことで、舵とセールをコントロールしてセーリングする。具体的にどのような機構なのかは分からないが、いずれにせよ、常人には到底不可能と思える方法を会得して、50マイルの海をセーリングで走り切ったのだ。

ヒラリーは、生まれつきの四肢麻痺障害者ではない。
彼女は健康な女の子としてイギリスに生まれ、スポーツが大好きな活発な少女として育った。
しかし、11歳のころからひざを動かすことができなくなり、15歳のときには歩けなくなった。運命はさらに厳しく彼女に襲い掛かり、ついには首から上以外の随意筋が動かなくなってしまう。
しかし、その過酷な運命に彼女は屈しなかった。不自由になっていく身体に絶望することなく、音楽を学び、水泳に挑戦し、車椅子で海外に旅行した。

不自由な体に屈することなくありとあらゆることに挑戦していく彼女が、ふとした偶然で出会ったのが、セーリングというスポーツだ。
自由に動き回ることの楽しさを、彼女はセーリングで思い出した。そして自分の運命への挑戦をセーリングで具現することを考えるようになった。

彼女は昨年英仏海峡を単独で横断するという快挙を成し遂げた。
そして今年、ワイト島一周に成功した。
来年の彼女の計画は、イギリス一周だ。これは彼女にとってとてつもないチャレンジであり、冒険だ。
しかし、ワイト島1周を成し遂げたばかりの彼女はもう、その夢に向かって準備を始めているのだという。

ここのところ、個人的に、嫌な人間ばかりを立て続けに見てしまい、人間不振に陥りかけていたのだけれど、彼女の凛々しい行動に、勇気をもらった。それに加えて、セーリングが人間に作用する力について、改めて考えさせられた。

何か、自分なりに、微力であっても陰ながら彼女を応援したいと思い、自分のブログを使って、彼女がセーリングで成し遂げた偉業と今後の彼女の計画を紹介させてもらうことにしました。



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さかなの日

2007年07月25日 12時00分33秒 | Weblog


7月24日。
京浜急行に乗り、家族全員で横須賀に魚を食べに行く。
目指すのは、京浜急行の横須賀中央駅すぐ近くの『市場食堂』。
最近、例の「思いっきりテレビ」でも詳しく紹介されたようだから、ご存知の方も多いかも。

御主人の松井さんの目利きで、地元神奈川産をはじめ、全国各地の旬の魚介類が揃う。御主人自らが料理するそれらの魚がまずいわけがない。しかも値段は超嬉しい庶民価格。
店の入り口にはそれらの新鮮な魚を小売しているスペースがあり、そちらのほうは美しい松井奥様が取り仕切っている。

ぼくは一度、松井さんの仕事にくっついて、マグロの競りを見に行ったことがある。
零下60度で真っ白に霜を噴いてカチンカチンに凍っているマグロの油の乗り具合を、この道のプロたちが素早い仕草で見分けている様子も興味深かったが、それ以上に、マグロが船倉から出されたとたん、普段穏やかな松井さんの目つきが、必殺ゴルゴ13のような鋭いプロフェッショナルな目に変わったことに、嬉しい驚きを覚えた。マグロを目利きしている松井さんの背中からは、話しかけるのがためらわれるほどのオーラさえ出ていた。
どんな世界であれ、本物のプロというのはこういう人を言うのだよ。

こんな松井さんの目利きで選ばれた魚だから、ここの店の物がまずいわけがない。
ご近所の人は是非行って自分の舌で確認すべきです。

さて、広くて、明るくて、清潔な店内のテーブルの一つに座り、家族3人で思いっきり美味しい魚たちを食べる。お魚さんありがとう。みんなで大満足。

子供が小さいので家族を先に帰して、本日の第2部は、仕事を終えた松井御主人と奥様とで、飲み。
松井さんの前には焼酎の1升ビンが立ち、ぼくの前には浦霞の一升瓶が立つ。この浦霞は、お店の開店祝いにお持ちしたもので、それを自分で飲んじゃっちゃあ、しょうがない。

その後場所を移してカラオケを思いっきり歌い込んで終電の時間も遥かに過ぎ、帰りのタクシーによろよろと乗り込んだところで、本日のメインテーマであったヨットの話をするのをすっかり忘れていたことに気が付いた。
でもいいぞ。またおいしい魚を食べに行く理由ができたからね。
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淡路島での3日間

2007年07月23日 11時11分21秒 | Weblog
7月21日、22日は子どもの教育の現場にいる人たちからいろんなことを教わった、いい週末になった。
それも、一段高いところから教育を論ずる人たちではなく、教育の現場でドロドロになって子どもたちと対峙している人たちから教わったので、体に直に響くようにいろんなことが伝わってきた。

ぼくたちチームニシムラのいつもの面々からは、自分たちの専門であるセーリングを、セーリング未体験の教育のプロたちに伝えた。我々のもとでセーリングを体験する人たちと一緒に乗るに当たって、チームニシムラの関係者がいつも頭に置いているテーマは、『海の上を風に乗って自由自在に走る楽しさを伝える』、ということ。難しい技術など最後の最後に伝えればいいし、セーリングの楽しさを知った人は自発的にその技術を一生懸命習得しようとするものだ。

この二日間、風はあまり強くなかったけど、あるかなしかの風をつかんで海をスイスイ走る楽しさを、教育現場のプロフェッショナルたちに伝えることができたと思う。

「まず、自分たち自身、本当に楽しい思い出ができた」
「もっと乗ってたかった」
「セーリングがこんなにエキサイティングで面白いとは知らなかった」
先生たちが自分で舵を持って、まずはプールで練習し、次に海に出てセーリングしたあとの感想の言葉です。

そして、
「子供たちも、絶対に喜ぶと思いますよ!」
と自信を持って保証してくれた。
発達障害に苦しむ子供たちに長く接してきた先生たちの言葉だけに、勇気百倍だ。

今回の、事前研修に来てくれた先生たちとの熱のこもった討論を糧にして、9月の本番までに、これらの先生たちとメールなどで連絡を取り合いながら、本コースの具体的なカリキュラムを決めていこうと思ってる。

セーリング文化を携えて未知の領域に足を踏み出す責任は強く重圧としてかかっている。だけど、ホクレアの航海支援でも、いろんな主張をする人たちとの板ばさみになる立場で緊張の連続に耐えることができたし、今回も頑張って新しい試練に挑戦してみようと思う。

9月の本研修が無事に終わって、こどもたちと笑顔で記念撮影をするために、全力を尽くそう。

夏本番直前の、施設が所有する広くて美しいビーチにいるのは、我々だけだった。なんとも贅沢なことだったけど、今回のセーリングセミナーが起爆剤になって、10年後にこの浜からたくさんのヨットが出て行く光景を見てみたいぞ。

アクアミューズを艇庫に入れ、昼食を食べてからさらに討論会を行い、それからバスに乗って淡路島を北上して明石大橋を渡り、三宮で解散した。
9月も、よろしくお願いします。

新神戸から乗った東京行きのぞみの中で、この週末に学んだことをずっと反芻していた。
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教育とセーリング

2007年07月22日 17時30分38秒 | Weblog


7月21日。
今日、明日と、淡路島の南あわじ市にある国立の施設で、軽度の発育障害を持つ子供たちとそのご両親を対象にしたセーリング体験事業の事前研修会です。
その施設は、淡路島の南端(写真)に近い砂浜に面する広大な敷地を持つ施設。一般の小学生や中学生、高校生のスポーツ合宿に使われるほか、いろんな研究活動を行なう団体も利用しています。

今回の私たちの事前研修会は、発育障害を持つ子供たちの教育に関する分野を大学で専門的に研究している大学生の皆さんや、養護学級で子供たちに実際に接している先生方に、実際にセーリングを体験していただいたうえで、セーリングがそういった子供たちの教育に果たして効果があるものなのかも含め、みんなで討論をして、9月に行われる本研修に備える、というもの。
私たちチームニシムラがセーリングをその方たちに伝え、その方たちから我々が児童教育などのことについて学び、その、一種両極端にある2つの専門分野に共通認識を持つ場、という位置づけです。

今回の企画のご提案をいただいたのは昨年の12月でしたが、チームニシムラとしては、なにぶん専門外のことでもあり、また痛切にこの分野について勉強不足を実感していることでもあり、このお話をお受けすることに、とても躊躇しました。

しかし半年間悩んだ末、もし、そういったお子さんを持ち、その子たちに社会性を身につけて欲しいと切実に願っている親御さんたちの力に、セーリングというスポーツ文化が役立つ可能性があるのなら、と考え、意を決してこの分野に足を踏み入れることにしました。

事故だけは起こしてはいけない。
これがいつも一番最初に頭にあります。
このことを出発点として、どのようなことに気をつけて、どのようなカリキュラムを組めば、参加するこどもたちと、その親御さんたちに喜んでもらえるか。
討論は夜遅くまで続きました。

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淡路島の南あわじ市

2007年07月21日 17時15分04秒 | Weblog


さてさて。

7月19日の朝、横須賀のトヨタレンタカーで2トン・ロングの平積みトラックを借りて、久里浜発金谷行きの東京湾フェリーに乗って、東京湾を横断し、千葉県の富浦へ向かう。

富浦で東京海洋大学のヨット部諸君の手伝いを得て、アクアミューズ8隻をトラックに積み込み、再び一人になって一路館山-木更津道路を北上、アクアラインに乗り海ほたるを経由して、午前中とは逆方向に東京湾を横断。羽田を経てお台場で東関道をお台場で降りて有明のフェリー埠頭へ、フェリー出港時間の1時間前に無事到着。
ふー。

道中強い横風もなく、荷台に2列4段重ねで高くそびえるアクアミューズも飛ばされることなく全艇無事有明埠頭まで到着。でも時速70キロでしか走れなかった1車線の館山道では、後ろに大渋滞を従えてしまった。スマナかったよう。

7月19日19時、『オーシャンウエスト』は予定通り有明埠頭を出港する。
デッキに出て、夜の東京湾の風に吹かれて、これからの行く末などを考えた。暗い。いや、行く末ではなく、東京湾の海面の話、だ。

東京湾の夜景を眺めながら、ゴキゲンの展望風呂に入り、ビールで夕飯を食べて部屋に帰り、焼酎を飲んで布団の上にごろりと横になったと思ったら、気絶した。

次に目が覚めたら朝8時。部屋のカーテンを開けると、穏やかにうねる海にはすでに清々しい朝の気配はない。早朝から操業している漁船は、そろそろ帰り支度をしている様子。
遠くに紀伊半島の山々が見える。フェリーが走っているのは、もう熊野灘だった。

いや、それにしても深い睡眠だった。ここ最近のベストのいい睡眠だった。

朝9時、潮岬を通過。

海は、ホクレアを曳航して西から東にこの半島を越えた日、6月6日と同じように、とても穏やかだ。
あの日のことがクリアに思い出される。

ホクレアのご意見番クルーのノーマンとレイトンが言い出して、あのレグのキャプテンだったブルースもそれに乗って、潮岬の串本側と紀伊大島の間に掛かる、くしもと大橋の下をくぐりたい、絶対にくぐらせてくれ、と言い始めたのだ。

海図と入港案内をくまなく調べるが、手持ちのどの資料にも橋の高さが書いていない。
ホクレアのマストは低いので問題ないが、カマヘレのマストは海面上60フィートある。
遠くから橋を眺めるが、20メーターないようにも見えるし、30メーターはありそうにも見える。

きちんとした資料がない以上、いやだ、行くべきじゃない、と言い張ったものの、ノーマンが、自分が現役時代(ノーマンは、米国のマトソン・ラインの船長として長く活躍した本物の船乗り。船乗り仲間から大いに尊敬されている)に大型の船で通ったことがあるので大丈夫だと言っている、とブルースがVHFで言って来る。

海図には、橋の横の山の高さが記載されていて、その山と端の高さを比べるが、どうも20メーター前後(60フィート)しかないように見える。

ここでカマヘレのマストが引っかかりでもしたら、大変な事態になるし、そのあとのホクレアの航海全体に関わってくる。

でもブルース決行すると主張し、それを阻止できずに、ついに橋をくぐることになった。

かなり近くに接近して初めて、橋の最上部に『20メーター』の文字を発見! 
うー。どうしよ。
ただし、橋の高さの表記は、略最高高潮面からの高さのはずだし、しかも、潮汐はほぼ最干、しかもその干潮はかなり低い。

数々のラッキーを呼び込むホクレアは、ここも無事通過した。

ノーマンが「自分は通ったことがある」、と言ったのは、あとで嘘だったと判明。
「いや、そうでも言わないと西村さんが通してくれないと思ったので」
そうだよねえ。おかしいと思ったんだよ。外国の貨物船がわざわざ串本港を通り抜けたりしないもの。


さて話がずれた。
潮岬をかわして北上を始めたオーシャンウエスト号は、予定通りその日20日の午後1時過ぎに徳島港に無事到着。
潮岬を過ぎてから吹き始めた南風が、非常に強くなっている。25ノットくらいは吹いている。

鳴門大橋を渡るとき、この風は横からの風になる。荷台の上にそびえ立つアクアミューズが風圧を受けるとトラックごとこけるのではないかしらん、ととても不安になる。

迎えに来たM谷に連れられて、徳島市内の阿波クルージングクラブのクラブハウスに行き、ロープを借りて荷固めをする。
アクアミューズは、強く固縛しすぎると、ハルがへこんでしまう。しかし、構っていられない。

意を決して、さらに強まる風の中、鳴門大橋に向かう。

結論から言うと、渡ることは渡れた。しかしとっても危なかった。恐らく同じ状況がもう一度あれば、もう二度と絶対にトライしないだろう、と思うですね。
それくらい恐かった。橋から転げ落ちてアクアミューズともども鳴門の渦潮に飲まれることさえ有り得そうでした。

無事、目的地である南あわじ町の研修施設に到着。
今回のセーリングイベントを手伝ってくれるチームニシムラ最強のインストラクター、M橋夫妻は飛行機ですでに到着していて、無事の再会を喜び合う。

アクアミューズをトラックから降ろし、明日の打ち合わせと準備をする。
徳島県阿南市在住のM谷は、トラックをトヨタレンタカー徳島空港店に返却するために先に帰った。
ありがとさん。

夜、研修施設のスタッフの人たちに連れられて福良の魚料理屋へ。
旬の鱧がとても美味しかった。

明日からは、ちょっと重いテーマに挑戦するセーリング体験イベントの、準備講習会だ。
今日も早く寝よ。


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淡路島へ

2007年07月19日 05時25分55秒 | Weblog


気が付けば、ホクレアが横浜からハワイに帰って4週間が過ぎた。

カマヘレも、昨日ホノルルに到着したと、マイク・テイラーからメールが来た。
横浜ベイサイドマリーナを6月23日に出て以来、25日間の長い航海、事故もなく、日本人の乗組員たちも元気に到着したらしい。みんな、長い航海に慣れていなかったにもかかわらず、あっぱれだ。

ホクレアに関わったこの数カ月、なぜか自分の周りでは実にいろいろなプライベートな問題が起きた。精神的に追い詰められた出来事もいくつかあったなあ。
ホクレアとの時間を心の余裕を持って堪能できたのは、日本航海がほとんど終わる頃だったように思う。

今、ようやく、机の前の椅子に座り、静かな気持ちでパソコンに向うことができる精神状態に戻りつつある。

もうすぐ梅雨も明けそうだ。
自分の身の回りのすべてのことが解決したわけではないけど、この夏は日本に留まって、久々に思いっきり日本の夏を楽しもうと思っている。

このブログも、過去にさかのぼって整理してみたい。


この数ヶ月、本当にいろんなことが、ホクレアと一緒になって自分に降りかかってきた。今までの一生分のアップ&ダウンが心と体に降りかかってきた。

それらの個人的問題の同時多発的勃発に時期を合わせるようにホクレアがやってきた。

ホクレアとの慌ただしい日々の中で自分が何を考えていたのか、ナイノアやブルースやチャドと共有した濃密な時間の中で、自分の中の何が変わっていったのか、文章を書くことで確認したいと思う。

その前にまず仕事をしなきゃね。
ゼロからの再出発だよ。しんどいことだけど、何かおかしくもある。

今日からセーリングを伝える仕事で淡路島に行きます。
こちらのテーマも、重いよ。

小型のセーリングカヌーを8隻、2トンロングのトラックに積み、今夜、東京の有明埠頭を出港して徳島に向う東九フェリーに乗る。
東京-徳島間、一人で過ごす18時間の船旅。ペットボトルに焼酎も詰め込んだ。

東九フェリー『オーシャンウエスト』号は、明日の午前中に潮岬をかわす予定。
ホクレアを曳航してあの岬を通過した6月6日、潮岬は信じられないほど穏やかな海だったけど、明日の朝、あの岬はどんな表情をしているのかな。

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