ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

弛緩出血

2010年03月01日 | 周産期医学

atonic bleeding

【定義】 弛緩出血とは、分娩第3期または胎盤娩出後に、子宮筋の収縮不全(子宮弛緩症)に起因して起こる異常出血(500mL以上)である。

【病態】 子宮筋の収縮不良により、胎盤剥離部での生理学的結紮とよばれる止血機序が障害されて、大出血をきたす。

【発生頻度】 (最新産科学・異常編より)
500~1000mLの出血:15.2%
1000~2000mLの出血:2.6%
2000mL以上の出血:0.14%

【症状】
①持続的外出血
②子宮の柔軟と子宮底上昇
③全身症状:貧血、ショック
④その後の経過で、血栓および塞栓、腎不全、DICなどを起こすことがある。

Sheehan症候群:分娩時の大出血のショックに伴い、下垂体前葉に虚血性梗塞が起こり、その結果、下垂体細胞が破壊されて下垂体機能不全に陥った病態。

【予後】
2000mL以上の出血は極めて危険である。

母体死亡は出血死が第1位を占めている。

【弛緩出血の原因】
①多産婦
②子宮壁の過度の進展:
 多胎、巨大児、羊水過多症
③子宮収縮を妨げるものがあるとき:
 膀胱・直腸の充満、子宮筋腫、手術創(帝王切開後)、
 胎盤・卵膜の遺残
④子宮筋の疲労:
 微弱陣痛、遷延分娩、過強陣痛
⑤子宮弛緩作用のある薬剤:
 吸入麻酔薬(セボフルランなど)

【治療】
(1) 出血性ショック対策:
①輸血、輸液、②ショックの治療

(2) 子宮収縮薬投与:
①オキシトシン、
②プロスタグランジンF2α、
③麦角剤(マレイン酸メチルエルゴメトリンなど)

(3) 子宮収縮促進処置:
①導尿、
②子宮底輪状マッサージ、
③遺残物除去

(4) 双手子宮圧迫法:
腟内に挿入した内手と腹壁上の外手の間に、子宮体および子宮頚を挟んで、恥骨結合に向けて強く圧迫する。数分ないし数十分間圧迫して止血を図る。

(5) 子宮腟強圧タンポン:
子宮腔および腟内に滅菌ガーゼで固く充填する方法。麻酔下で行うことが望ましい。外手で子宮底を触りながら、子宮腔の最上部より隙間なくガーゼを充填し、腟も同様に充填する。ガーゼはタンポンの役割を担い、周囲の神経叢を刺激して子宮収縮を促す。

(6) 子宮動脈塞栓術(UAE)

(7) 開腹手術:
①子宮摘出術
②子宮動脈結紮、内腸骨動脈結紮


弛緩出血、問題と解答

2010年03月01日 | 周産期医学

【国試過去問】

33歳の1回経産婦。妊娠38週2日に自然陣痛が発来し、3時間後に3150gの男児を経腟分娩した。Apgarスコアは9点(1分)、10点(5分)であった。分娩10分後に胎盤が自然娩出し、子宮底は臍上4cmに触れる。下腹部痛はないが胎盤娩出直後から中等量の出血が持続している。母体脈拍数は84/分で血圧は126/68mmHgである。母体ヘモグロビン値は9.8g/dlである。

対応として適切なのはどれか。

a 硫酸マグネシウム投与
b プロスタグランジンF2α
c 輸血
d 子宮動脈塞栓術
e 子宮全摘術

解答:b

分娩直後の異常出血で、子宮底を臍上4cmに触れるので、弛緩出血と考えられる。バイタルサインから、いまだショックには至ってない。子宮収縮剤(オキシトシン、プロスタグランジンF2α、麦角剤)を投与し、子宮収縮を促す。現段階ではいまだ輸血、子宮動脈塞栓術、子宮全摘術などの適応ではない。硫酸マグネシウムは子宮収縮抑制剤であり、弛緩出血には禁忌である。

******

【正誤問題】

(1)弛緩出血では、オキシトシン投与、双手圧迫法を行う。

(2)弛緩出血は分娩第3期以後に1000mL以上の出血のあった場合をいう。

(3)弛緩出血は胎盤娩出後の持続的性器出血の原因となる。

(4)弛緩出血の原因としては羊水過多症があげられる。

(5)弛緩出血の原因としては膀胱充満があげられる。

(6)弛緩出血は巨大児分娩で起こりやすい。

(7)弛緩出血は自己血輸血の適応となりうる。

(8)弛緩出血では子宮摘出術の適応になるものがある。

(9)弛緩出血では消費性凝固障害によるDICが発生する。

(10)弛緩出血への麦角薬の投与では血圧上昇、冠動脈収縮に注意する。

解答 ――――――

(1)O 

(2)X 弛緩出血とは、分娩第3期または胎盤娩出後に子宮筋の収縮不全に起因して起こる異常出血(500mL以上)である。

(3)O

(4)O 弛緩出血の原因:①多産婦、②子宮壁の過度の進展(多胎、巨大児、羊水過多症)、③子宮収縮を妨げるものがあるとき(膀胱・直腸の充満、子宮筋腫、帝王切開後、胎盤・卵膜の遺残、④子宮筋の疲労(微弱陣痛、遷延分娩、過強陣痛)、⑤子宮弛緩作用のある薬剤(吸入麻酔薬など)

(5)O

(6)O

(7)X

(8)O 子宮収縮剤投与、双手圧迫法でも子宮収縮不良で出血が持続する場合、子宮摘出術を行う。

(9)O

(10)O

******

【正誤問題】

(1)子宮筋腫の合併では弛緩出血が起きやすい。

(2)妊娠経過中に子宮壁の過伸展があれば弛緩出血が起きやすい。

(3)弛緩出血は微弱陣痛に対する子宮収縮薬の長時間投与で発生する。

(4)弛緩出血は胎盤片や卵膜片の子宮内遺残で発生する。

(5)弛緩出血は暗赤色の出血が主であるが、時に鮮紅色の出血もある。

(6)陣痛発来前に行われた選択的帝切後には弛緩出血が発生しやすい。

(7)Sheehan症候群は弛緩出血などの異常出血が原因となる。

解答 ――――――

(1)O

(2)O

(3)O

(4)O

(5)O

(6)O

(7)O Sheehan症候群は分娩時の大量出血またはショックで下垂体前葉が虚血性壊死に陥り、下垂体機能低下を来たしたもの。