ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

大野事件から三次試案を振り返る、医療再生への道探る―医療制度研究会

2008年08月12日 | 大野病院事件

コメント(私見):

もともと産婦人科医は長期的に減少傾向にありましたが、ここまで急激に減ってしまうとは誰も予想していませんでした。今、三十代、四十代の働き盛りの医師達が、お産からどんどん離れています。地域の分娩を長年にわたり担ってきた病院や診療所が分娩の取り扱いを中止する例が、全国各地で後を絶ちません。大野病院事件がこの産婦人科医減少の傾向にさらに拍車をかけたことは間違いないと思います。

各医療圏では、何とかしてこの危機的状況を打開しようと、それぞれ、地域としての対応策を必死になって協議しています。しかし、協議をするたびに次から次へと新たな難問に直面し、頻繁に対応策の全面的練り直しを迫られているような状況です。

私の居住する医療圏でも、2006年春に地域の分娩取り扱い施設が6施設から3施設に半減しました。分娩を中止した3施設では、合計すると年間800件程度の分娩を取り扱ってました。当科の分娩件数は、2006年4月から従来と比べていきなり倍増しました。

個々の医療圏や県レベルの自助努力には限界があり、このままではこの先、各医療圏の産科医療体制がどこまで持ちこたえられるか全くわかりません。

大野病院事件を契機に、崩壊の危機に瀕している産科医療に対する世の中の関心が急に高まり、マスコミでも毎日のように産科の問題が取り上げられるようになりました。政府もやっと危機感を持ち始めて、最近、産科医療を立て直すためのいくつかの緊急対策を発表しました。しかし、全国各地の産科医不足の深刻さは、今も変わりがありません。このまま放置すれば、産科空白地域がどんどん広がり、お産難民が全国各地で大量に発生するのはもう時間の問題です。政府・行政・市民・医療関係者・司法・警察・報道関係者などで情報を共有し、この国の産科医療を立て直すための抜本的対策に乗り出す必要があると思います。

”お産難民”発生寸前 (東京新聞)

****** 医療介護CBニュース、2008年8月11日

大野事件から三次試案を振り返る
―医療制度研究会

 現場の医療者らが医療問題について考えるNPO「医療制度研究会」は8月9日に夏季研修会を開催。「大野病院事件から第三次試案大綱までを振り返る」をテーマに、産婦人科医やテレビ番組制作者、弁護士がそれぞれの立場から講演した。

【福島県立大野病院事件】
 福島県立大野病院事件は、2004年12月、帝王切開手術中の女性を、子宮に癒着した胎盤のはく離による大量出血で失血死させたとして、当時の産婦人科医長、加藤克彦被告が業務上過失致死などの罪に問われて06年に逮捕・起訴された事件。今年8月20日に判決が言い渡される。公判では、出血後もはく離を続けた判断の妥当性などが争点となり、弁護側は加藤被告の無罪を主張している。現場の医師からは、「産婦人科医が一生に一度、遭遇するかしないかと言われるまれな症例で、医学的にみても治療に誤りはなかった」との声が上がっている。訴訟リスクを懸念する医師らが臨床現場を離れ、重症患者を引き受けなくなる委縮医療を招いているとの指摘もある。

「大野病院事件が何を残した」
野村麻実・名古屋医療センター産婦人科医師

 野村氏は「産科医療崩壊の現場から―大野病院事件によって浮き彫りにされた問題点」と題して講演。事件発生から加藤被告が逮捕されるまでの流れとして、「医師法21条による(異状死の)届け出がされていない。遺族からの告訴がされていない」と指摘した。このため、死因究明制度の第三次試案や法案大綱案が、医師法21条の改正に着眼していることを「大きな誤解」とした。また、「業務上過失致死傷罪が(告訴されることが公訴の前提となる)親告罪でないために、警察が望めばいつでも介入できることも問題」と述べた。
 このほか、医療事故死などの捜査手法について、「業務上過失致死罪の逮捕基準があいまいで、自白偏重になっている。自白調書が欲しいために逮捕・拘留する『人質司法』と言われ、それも問題」と述べた。

 大野病院事件の争点整理として、①胎盤と子宮の癒着を認識した時点で胎盤のはく離を中止すべきだったか【癒着部位やその程度、出血の程度や予見可能性、死亡との因果関係、クーパー(手術用ハサミ)を使用してはく離したことの妥当性】②医師法21条違反に当たるか③被告の供述の任意性―を挙げた。このうち①に関して(「癒着部位やその程度」以外)は、「医師の裁量権の問題。その場で医師がどう判断し、どう対応するかは素人が考えて判決を出す問題ではない。それが争点の中心的な問題になっている。それを刑事で裁くことに問題がある」との見方を示した。

 野村氏は「刑事訴追の問題点は、個人を罰するという方法しかなく、検事が問題とする点についてのみ議論が続けられること」と指摘。大野病院事件でも、麻酔科などの問題は議論されていないと訴えた。また、裁判の場では遺族感情は慰撫(いぶ)されないと主張した上で、「医療と裁判は相性がよくない」と述べた。
 このほか、福島県内では事件後に13施設(休止予定も含む)が分娩の取り扱いをやめていることなどを説明し、事件の影響で県内の産科医療の崩壊が進みつつあると訴えた。

(以下略)