富士山…コーヒー…そしておしゃべり

富士河口湖駅からほど近い小さな喫茶店。店の事や近所の話題、富士山、季節の移ろい等々、見た事思った事をのんべんだらりと…

万灯練り供養

2017-10-19 16:28:10 | 日記

 さて、それでは池袋東口出発の万灯練り供養の様子です。

 これはまだ出発前です。片側二車線の道路の駅と反対側の外側一車線分を講の連中が待機しています。7時出発。その時間が近づくと先頭の方から例の団扇太鼓が鳴り始めます。講によっては鉦や笛が入ります。そしてリズムというかアクセントというか、これも講によって若干違います。いずれにしろ、その音量は相当なものです。右端に写っているのが万灯。そして左側に法被を着たお兄さんが粋に纏を回しています。これが鬼子母神の表参道に入ると道幅いっぱいに広がりますから、この纏回しも大層大ぶりになりますが、ここでは左側一車線分しか使えないのに加えてもう一車線は車が通過していきます。だから、少し遠慮気味になっています。

 そして万灯ですが、これです。

 詳しくは分かりませんが中は塔がデザインされているようです。これは直接首からかけた紐と手で持っていますが、中には台車に積んで練っていく講もありました。この、手で持っていく万灯は時々揺すられるので、夜の空間をたゆたうクラゲを見るような緩い律動に引き込んでくれます。

 そして、団扇太鼓です。

 これを持って打ちながらずうっと練り歩くのですから、手にマメができ、それが潰れて・・・しかもこれが三日続く訳ですから、相当な疲労ではないでしょうか。そしてその音量の大きさにはびっくりします。たった一枚の皮を貼った太鼓なのに、両側のビルに反射して横を通る車の音をもすっかり圧倒してしまいます。それが腹にドンドンドンと響いてくるたび、何やらトランス状態に入っていくような気がします。尤も、宗教的にはそここそが重要な部分なのでしょう。

 やがて7時になると先頭から少しずつ進み始めます。この日のコースは池袋東口を出発して明治通りを千歳橋まで進み、目白通りに入ってそこから鬼子母神表参道を目指し、最後は鬼子母神本堂まで。普段はとても歩いて行こうとは思わない距離です。それを老いも若きも太鼓や鉦を叩きながら練り歩くのです。祭りの力、すごいものです。

 花火のドドーンも凄いものですが、それに勝るとも劣らないこの太鼓の響き。それが立ち並ぶビルに反射してしかも延々と続いていく。日々変わっていく都会の姿とその中で連綿と続く祭りとの年一回の出会い。或る意味、人間の精神が持つ、相矛盾する在り方の相克を見ているような不思議な感覚に捉えられます。

 来年も来ようかな。

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玉手箱

2017-10-19 15:04:11 | 日記

 一昨日、お休みを戴いて雑司が谷鬼子母神の御会式を見て来ました。ずうっと雨が続いていたのですが、なぜかその日だけ晴れ。朝の富士山もご覧の通りでした。

 ホントに久しぶりの富士山です。お客さんと今度晴れたらきっと山頂は真っ白だ、と言うような話をしていたのですが、今年はまだ冠雪がありません。去年より一ヶ月くらい遅れているようです。

 さて、その御会式ですが、少し冷たい風が吹き始めた3時くらいに雑司が谷に着きました。池袋駅からだったので東通りからお墓の横の路地を抜け、法明寺さんの山門に出ます。そこに今日の出番を待つ万灯を囲み、その講のみなさんが寛いでいらっしゃいました。

 まだ明るい時間、人出も今ひとつ。静かに歩けました。さてもうすぐ鬼子母神というところでこんな屋台が出ていたのです。

 ケバブ、主にアラブ語圏で食べられる焼肉ですが、真ん中にある肉の塊を後ろのヒーターで焼いていました。それを少しずつ削ぎ落として食べるもののようです。で、この屋台をやっているのが外人風(日本国籍を持っているかどうかはわかりませんが)の男性。他の屋台でも幾つかで外人風の方がやっていました。元々は大道芸人も含んだものだったようですが、香具師(やし)。モノの本によるとこれが江戸初期には既に職業として記載されているそうです。つまり歴とした伝統的な職業と思っていたのですが、こんなところにもグローバル化の波は押し寄せているようです。

 さて、境内から表参道へ回りました。まだ人通りの少ない参道は静かでした。

 この先をしばらく歩くと都電荒川線の鬼子母神駅があります。このちょっと手前の民家の前に万灯のミニチュアが飾ってありました。

 何だかシャレてますね。

 それからまた鬼子母神境内に戻って、中を一回りしたのですが、例の見世物小屋がありません。そこで、お堂の横でお札などを売っている年配の方に伺ったのです。

「以前、来た時に確か見世物小屋があったように記憶しているんですが、今はないんですか?」

するとその方がおっしゃいます。

「ああ、大昔には、やってたね。メリーゴーランドや大きな球の中をオートバイが走るやつとか。上から千円札を入れると、それをパッと掴んでいったりしてね。」

「・・・」

 大昔!!そうなのです。まるで玉手箱を開けてしまった浦島太郎の心境でした。記憶という異次元世界はきっと光速で動いているのでしょう。だからそこでは時間は停止しています。そして例えば同窓会で昔の友人に会った時など、否が応でも玉手箱を開ける必要に迫られるのです。確かに考えてみれば今のご時世に見世物小屋などあり得べくもありません。色々な意味で。

 少し暗くなって来た境内を歩きながら、何とも狐につままれたようなふわふわした気分に包まれていました。そう言えば鬼子母神の境内にも赤い鳥居が並ぶお稲荷さんがありました。見ると、その横で狐がこちらを見ながらコーンと一声。それは嘘です。

 さて随分長くなってしまいました。暗くなってからの万灯練り供養の様子はあした、お届けします。多分。

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