鎌倉時代は仏教が隆盛の時代でした。
平安時代までの仏教といえばとても難解で、大衆へ布教することは禁じられていました。平安時代までの仏教は鎮護国家の思想(仏法によって国家を鎮定し守護しようとする考え)に基づいた, 貴族など身分の高い人たちのための仏教でした。これに対して, 旧仏教は世俗化し堕落しているとして批判したのが新仏教の開祖たちでした。彼らは, 仏教本来の教えを実践し武士や民衆の期待に応えようとしたのです。新仏教を開いた開祖たちは一遍を除いて比叡山(ひえいざん)に学んでおり、「比叡山は一切衆生の救済」を説いたのです。鎌倉新仏教を生んだ母胎は比叡山にあったのです。
新仏教は, 大衆の救済と 国家からの自立に大きな特徴がありました。仏教が一般大衆に広まったのは長い戦乱の時代により厭世観(えんせいかん)=末法思想(まっぽうしそう)が強まり、魂の救済が求められるようになったためではないかと思います。
ともかくもこうして新仏教の宗派が興隆したのです
鎌倉新仏教
浄土宗(法然)
浄土真宗(親鸞)
時宗(一遍)
禅宗
臨済宗(栄西)
曹洞宗(道元)
法華経
日蓮宗(日蓮)
実は1983年の東大の入試問題に次のような問題(出題の形式は違います)が出ています。
「なぜ, 平安末・鎌倉という時代にのみ, すぐれた宗教家が輩出したのか。ほかの時代ではなく, どうしてこの時代にこのような現象がおこったのか, 説明せよ」。
ところで, こうした疑問は当然に起きるはずなのですが, 中学受験の参考書をいろいろ調べてみても見事にここはカットされています。新興宗教の宗派や開祖のほうが大切だと思われているのです。しかし, これはおかしい。子どもたちに説くべきはテーマのような命題ではなかろうか。私の素朴な疑問について, 東大の過去問が見事なまでにその疑問の正当なことを証明してくれていました。
平安時代までの仏教といえばとても難解で、大衆へ布教することは禁じられていました。平安時代までの仏教は鎮護国家の思想(仏法によって国家を鎮定し守護しようとする考え)に基づいた, 貴族など身分の高い人たちのための仏教でした。これに対して, 旧仏教は世俗化し堕落しているとして批判したのが新仏教の開祖たちでした。彼らは, 仏教本来の教えを実践し武士や民衆の期待に応えようとしたのです。新仏教を開いた開祖たちは一遍を除いて比叡山(ひえいざん)に学んでおり、「比叡山は一切衆生の救済」を説いたのです。鎌倉新仏教を生んだ母胎は比叡山にあったのです。
新仏教は, 大衆の救済と 国家からの自立に大きな特徴がありました。仏教が一般大衆に広まったのは長い戦乱の時代により厭世観(えんせいかん)=末法思想(まっぽうしそう)が強まり、魂の救済が求められるようになったためではないかと思います。
ともかくもこうして新仏教の宗派が興隆したのです
鎌倉新仏教
浄土宗(法然)
浄土真宗(親鸞)
時宗(一遍)
禅宗
臨済宗(栄西)
曹洞宗(道元)
法華経
日蓮宗(日蓮)
実は1983年の東大の入試問題に次のような問題(出題の形式は違います)が出ています。
「なぜ, 平安末・鎌倉という時代にのみ, すぐれた宗教家が輩出したのか。ほかの時代ではなく, どうしてこの時代にこのような現象がおこったのか, 説明せよ」。
ところで, こうした疑問は当然に起きるはずなのですが, 中学受験の参考書をいろいろ調べてみても見事にここはカットされています。新興宗教の宗派や開祖のほうが大切だと思われているのです。しかし, これはおかしい。子どもたちに説くべきはテーマのような命題ではなかろうか。私の素朴な疑問について, 東大の過去問が見事なまでにその疑問の正当なことを証明してくれていました。








