今、COCOに在りて

普通の主婦だった私が不思議な体験を通して見えない世界に導かれ、ネコのCOCOとココでみなさんと共に学び、歩んでおります♪

仙台

2017年06月19日 | 国内旅行

梅雨なのに雨が全然降らないのでお出かけが楽しい反面、今から水不足が心配な奈祐です。

みなさん、お元氣ですか? ようこそ、COCOへ!

数日前から三泊四日で仙台に来ています。

仙台には独り暮らしをしている祖母がいるので、今回、主人と会いに来ました。


仙台の祖母とは血が繋がっていません。

父が若い時に本当の祖母が亡くなり、仙台の祖母は祖父の後妻です。

祖父母は横浜に住んでいましたが、私が小学6年生の時に祖父が心臓発作で急死。

自分の子供がいなかった祖母は定年後、親戚のいる仙台に家を建てて移り住みました。

祖母は若い頃から看護婦を続け、最終的には病院の婦長さんまで勤めあげました。

昔から頭もすこぶる良く、歳の割にはすごく元気だったのですが、さすがに93歳になり、ヘルパーさんなどがいるとはいえ独り暮らしも大変になってきました。

物忘れも多くなり、気分が悪くなって何度か早朝に救急車を呼んだり。。。

周りは、いつ家から火が出たり、孤独死するかもしれないとヒヤヒヤ。

皆はずっと施設に入るよう勧めていたのですが、看護師だったプライドがあるのか、ガンとして拒み続けていました。

近所の祖母の親戚も祖母より若いとはいえ、皆、歳をとってそれぞれ健康問題が出てきたし、東京の私の両親も遠方の上、やはり体調は芳しくありません。

祖母は物忘れが多くなってきたので、お金や貴金属を失くさないよう仕舞い込み、それをまた忘れて自分の親戚達を疑ったりして人間関係も悪化。

自分の血の繋がった親戚とも疎遠になってきました。

そして三月に体調を崩して入院したのを機に、施設に入るのを、渋々ながらやっと了承しました。

たくさんの人に協力してもらい、ようやく祖母に最適な施設を見つけました。

その頃、祖母の体調も回復し、過ごしやすい気候だったこともあって、祖母はまた自分独りで生活出来る自信を持ってしまい(いや、傍から見ても誰も大丈夫だとは全く思えなかったのですが)、施設入居の手続きをしようとした途端に

「 自分は孤独死しても良いし、誰にも面倒をかけないから、やっぱり施設に行きたくない!」と、またゴネ出したのです。

これに業を煮やした、気が短い義理の息子である我が父は

「 施設に入らないなら、もう我が家は一切、関係ない!


と、ブチ切れまして

これはもし祖母に何かあっても母を行かせることはしないし、葬式も出さないし、祖父の眠る実家のお墓にも入れないということです

さすがの祖母も、これには震え上がったようで(ウチの父、元々すごく厳しい人なので)しぶしぶ施設入居を受け入れました。

今回、私たちも転勤後に少し生活が落ち着いてきたので、2人で仙台を訪れ、祖母の家の片付けを手伝いながら施設入居の準備をしようと計画していたのですが・・・

私たちが仙台に行く予定の二日前、祖母が緊急入院をしました。

幸い、命に別状はないのですが、急な入院だったので、近所の世話をしてくれる人や東京の母は大慌て。

「 誰にも面倒をかけないから」と言った途端、周りをブンブン振り回しました。

私たちもバタバタで、入院している祖母に会った時に「 ほら、言わんこっちゃない!」と、嫌味の一つか二つも言いたかったのをグッと我慢。

幸い、主人が祖母の良い話し相手になってくれて、優しく穏やかに祖母をなだめながら、話を聞いてあげていました。

ホント、どっちが孫だか分からないくらい(笑)

彼には本当に感謝です。

今回の私たちのミッションは、祖母が健康診断を受けた病院から送付されたという健康診断書を受け取って、それを施設に提出すること。

この書類を提出しないと、施設には入居出来ません。

もうひとつのミッションは、その書類を施設に提出した後、祖母の部屋を決めること。

しかし、この書類が全然見つからなかったのです(泣)

病院の祖母からその書類の置き場所を聞いて、祖母の家に行って探してみました。

緊急入院して病院に直行した割に、相変わらず祖母の家はきれいに掃除され、きちんと整理されていました。

こういうところは、さすが几帳面な祖母。

しかし、いくら探しても肝心の書類は見つからず。

再び病院に行って、祖母から心当たりの場所を聞き、もう一度探してみたのですが、それでも全く見つかりません。

その書類が無いと、祖母の施設入居の話が平行線のままになってしまいます。

前回の入院で妹と母が来た時も、通帳や印鑑が言われた場所になくて困り果てたそう。

もうその日はラチがあかず、クタクタになった私たちはホテルに帰ることに。

翌朝、祖母から電話がかかってきて、「 もしかしたら○○にあるかもしれない」とまた場所を指示されたのですが、既にその場所は2人で何度も探していたので、見つかる可能性は低いまま。

再び祖母の家に行って3回目の家宅捜査。

案の定、祖母の指定してきた場所でも見つかりません。

東京の母とは「 もう今日見つからなかったら、診察して貰った病院に書類を再発行してもらおう」という話になっていました。

しかし、それではまた時間もお金もかかる上、祖母の入居が更に遅くなってしまいます。

なんかだんだん腹が立ってきて、書類を探しながら亡くなったおじいちゃんに


「 も〜っ、おじいちゃん!
どこに書類があるか教えてよっ!!


と、思わず口に出して呟いたのです。

その3分後

書斎を探索していた主人のところに様子を見に行くと、大きめのお菓子の缶箱が机の上に置かれていました。

何気なくその箱を開けてみると・・・

「 あった!!!」

その場所は祖母に言われた場所ではなく、白い封筒だと言われていたのに、実際はうす緑色の封筒でした。

良かった、見つかって (*´Д`*)

きっと、おじいちゃんが私に教えてくれたに違いありません。

「 ありがとう、おじいちゃん!」 (^人^)

飾ってあった祖父の写真に手を合わせました。

その後、その書類を持って施設を訪れ、祖母のために部屋を選んできました。

(これはモデルルームです)

施設はまだ新しく、スタッフさん達も笑顔でとても感じがよく

部屋は個室でミニキッチン、バス・トイレ付き。

三食食事も出て、大浴場、カラオケルーム、シアタールームがあったりして至れり尽くせり。

祖母の代わりに私が住みたいくらいでした(笑)


ちなみに祖父は時々、祖母の夢の中に出てくるそうです。

夢の中で、祖父は何も話したりはせず、時々、亡くなった親戚と一緒に来たりするそう。

祖父が亡くなって三十年。

私たちに血の繋がりのない祖母を残して、自分だけ急に逝ってしまったので、あの世で心配して見守っているに違いありません。

その後、祖母の近所の従姉妹たちに主人が電話をかけてくれて、ご挨拶を兼ねて祖母の施設入居をご報告させていただきました。


今回、コミュニケーション能力を存分に発揮していろいろ頑張ってくれた主人に、いつも仙台に行ったら訪れるお寿司さんに行って、労いました。


テレビ番組の「 ケンミンショー」で知って食べてみたかった宮城県名物の「 はらこ飯」

祖母が入院したので、祖母の家には泊まれなかったので、急遽ホテルを予約することに。

主人がスマホでチマチマとホテル検索していて

「 あ!間違えてボタン押して予約しちゃった!
もうキャンセル出来ない

「 えぇっ〜!?」

ということで、渋々泊まった秋保温泉のホテル
(ー ー;)

多分、以前はどこかの会社の研修施設だったのを新しくリノベーションしたのだと思います


部屋はシングルの部屋に無理矢理ベッドを二つ置いてツインに。

お風呂・トイレは部屋になく、それがちょっと面倒。

初日は団体客が同じフロアにいて、ちょっとうるさかったのですが、二日目は静かに過ごせました。


スタッフさんはとても丁寧で良い方ばかり


中はオシャレで、朝食も簡単なものでしたが美味しく

大浴場もあり、ベッドも快適でぐっすり眠れて疲れを癒せました。

仙台市内とは違って、緑に囲まれ、空気も美味しく、とても静かで快適

朝の散歩も清々しく気持ち良かったです。

料金もリーズナブルだったので、当たり宿でした
たまには、主人の「 失敗」も役に立ちます(笑)

今日、これから三重に帰ります。

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