はじめに
7月5日(土)にTBSで放送された「世界不思議発見」という番組の舞台はキューバでした。日本では絶滅してしまったトキが何故キューバに数多く生息しているかというと、農薬を使わなくなって、トキの餌となる生き物が豊富になったことがあげられていました。なるほどと思ったのですが、娯楽系のクイズ番組なので、キューバの農業についてウェブ上で調べてみました。
革命後のキューバの軌跡
1959年のキューバ革命後、アメリカはキューバに最も近接した共産圏の国として厳しい貿易制裁を課してきました。革命以前のキューバでは、農地の約半分を国民の僅か1%の地主達が所有していました。革命後に農業は国営化され、以前から大量生産していたサトウキビを旧ソビエト連邦圏に売って、食糧、石油、農業機械、肥料、農薬などを買っていました。しかし、1991年の旧ソビエト連邦崩壊によって、キューバは肥料と農薬輸入の80%と石油輸入の半分を失いました。工業化された農業の必需品が失われた上、食糧を買うためのサトウキビも売れなくなって、突如として1100万人のキューバ国民の食の確保が最優先の課題に出現しました。国連食糧農業機関(UNFAO)によれば、1980年代後半は2600キロカロリーあった一日あたりのカロリー摂取が、1993年には1000〜1500に急落しました。キューバはこの危機的状況から、肥料・農薬や農業機械に頼らない持続的農業で食糧生産に邁進しました。堆肥やミミズを使う有機農法、トラクターから農耕牛への転換、生物学的虫害予防(テレビ番組では畑に植えられたひまわりの葉が害虫を引きつけていました)が導入され、駐車場、中庭、屋上を利用した都市菜園で野菜が作られました。この動きは、オーストラリアのタスマニアで生まれたパーマカルチャーという考え方を伴って広がって行きました。パーマカルチャーでは、地球への配慮、人々への配慮と、公正な分配が大切にされる三大要素です。こうして、首都ハバナは50キロメートル圏内の地域で、必要とする食糧の80%をまかなうすべを学びました。一日あたりのカロリー摂取も2002年には2600キロカロリーに回復しました。
こちらをご覧ください。
高い評価を受けたキューバの有機農業
1999年、Grupo Agriculture Organica(GAO)というキューバの有機農業グループが、もうひとつのノーベル賞と呼ばれるライト・ライブリフッド賞を受賞しました。この賞は世界のよりよき将来への貢献を評価された個人や団体に授与されるもので、授賞式はスウェーデン議会でノーベル賞授賞式の前日に行われます。GAOは、農民、農場経営者、農業技術者、政府関係者からなる団体で、工業的農業から有機農業への移行の最先端での業績が評価されたのです。GAOの目的はキューバの農民と政策立案者達に、従前の高エネルギー投入型農業は輸入に依存し過ぎるうえ環境に破壊的であり、有機農法には同等の収穫を達成しうるポテンシャルがあることを納得させることでした。
キューバは未だ国として貧しい
ユニセフの資料によると、キューバは2006年の一人当たりの国民総所得が1170米ドルで、44970米ドルのアメリカに比べるとはるかに貧しい国ですが、平均寿命、5歳未満児の死亡率、成人識字率はほとんど違いがなく、教育や保健医療は行き届いています。UNFAOの資料によると、キューバの2003年の穀物自給率は33%(日本は27%)で、旱魃による灌漑用水不足もあって、東部での食糧生産が需要を大きく下回っており、国全体としての食糧自給達成には届いていません。
キューバを低酸素社会のモデルと考える
ライト・ライブリフッド賞で評価されたように、アメリカによる貿易制裁下で突然、旧ソビエト連邦からの支援が断絶された特別の時代に、ハバナ市とその近郊で環境保全的な有機農業でささやかながら食糧自給社会を実現したことは、今話題の低酸素社会の実現の先取りと見ることができると思います。洞爺湖サミットでは温室効果ガス排出削減の数値目標をめぐって激論が交わされ、アフリカへの食糧支援についても数値目標が提示されました。しかし、先進国側、特にアメリカには経済成長を損ねたくない思惑があり、発展途上国側には折角始めた欧米型経済成長を妨げられたくない思惑があります。人類のエコロジカル・フットプリントを考えると、世界中で大量生産・大量消費の欧米型の経済モデルを実現するには、地球は数個〜10個必要になります。どこの国であれ、少しでも早く低酸素社会に入ることが望ましく、それがどんなものになるかは現在を出発点とした延長戦上ではなく、図らずもキューバが辿った変革を参考にイメージしてみると良いと思います。










