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BS世界のドキュメンタリーで「プーチンの野望」を連続放送

2011-12-18 18:03:33 | Weblog

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ロシアのウラジミール・プーチン氏は大統領を8年間務めた後、腹心のドミトリー・メドベージェフを大統領に据え、自らは首相として4年間君臨し続け、来年3月、に行われる選挙で、再び大統領の座へ返り咲くと見られています。最近行われたロシアの下院選挙で、ウラジミール・プーチン首相の与党「統一ロシア」は、批判を浴びている広範な票の操作にもかかわらず、大幅に議席を減らしました。ロシアは豊富な天然ガスと石油を梃子に資源外交を展開して来ましたが、近年世界のエネルギー情勢ではロシアへの依存度が減少傾向にあり、かつての威風を失われつつあるようです。隣国ロシアの動向には無関心でいられません。今年の下院選挙以前ですが、NHKとイギリスBrook Lappingが国際共同制作したドキュメンタリー「プーチンの野望(原題:Putin, Russia and the West」)が、00:00−00:50(24時間表記)のBS1で、12月20日(火)から4夜連続で放送されます。以下は番組HPで得られた各番組の概要です。

20日(火)第1回「新大統領 誕生」
 プーチンが大統領就任直後に取り組んだ税制改革や土地の自由化、そしてチェチェン紛争を振り返る。さらに、2001年6月、ブッシュ大統領が「プーチンの魂に触れた」と述べた初会談。当時 大統領補佐官だったコンドリーザ・ライスが、そこでパキスタンとアフガニスタン、タリバンについて述べたプーチンの予言的な警告を語る。その3か月後、アメリカで同時多発テロが起きた。 9.11直後、プーチンは、すぐにアメリカやヨーロッパ諸国に支援を表明。その陰でロシアはタリバンから協力を求められていたが、当時のイワノフ国防相がタリバンに対し、いかに決然とした態度で接したかを語る。
 欧米諸国に対し柔軟な姿勢を見せる一方で、プーチンは国内では独裁的になっていった。プーチンとともに主要なオリガルヒ(新興財閥)との会議に出席したカシヤノフ元首相は、プーチンの厳しい言葉に戦々恐々とする企業家たちの姿を振り返る。そして番組は、プーチンに刃向かった財閥の一人、ホドルコフスキーがどのような末路を辿ったかを関係者のインタビューを通して明らかにしていく。 

21日(水)第2回「脅かされる民主主義」
 2003年のグルジア政変、2004年のウクライナ大統領選挙を通して、プーチンがいかに周辺国を支配し、影響力を強めようとしていたかを描く。グルジアで、ロシアの後ろ盾を得ながら辞任に追い込まれたシェワルナゼ大統領と、民衆や欧米諸国の支持を得て大統領に就任したサーカシビリ。2人が、政権交代までの一部始終を振り返る。
 さらにウクライナの選挙について、クチマ元大統領は いかにクレムリンの後ろ盾を得てロシアの推す与党候補を当選させようとしたかを話す。選挙対策のためロシアから送り込まれた政府顧問によると、「ウクライナの仕事は、合法でもなければ公正でもなかった」という。その対立候補のユーシェンコは、毒を盛られた当時の様子や、大統領就任直後のプーチンとの会談について語る。
周辺国で権力掌握に失敗したプーチンは、ロシア国内で反体制派や人権団体などを次々に弾圧。一方、「ナーシ」と呼ばれる10万人規模の青年運動組織を作り、統制を強めていった。

22日(木)第3回「新たな冷戦の火種 グルジア」
 2008年、ロシアとアメリカの同盟国であるグルジアが戦争に突入した経緯を辿る。サーカシビリ大統領は、ロシアの圧力にどう応え、どのようにしてロシア軍への攻撃を決意したのか。アメリカのゲーツ元国防長官やライス元国務長官が、グルジアから軍事支援を求められた際に政府内で行われたやり取りの一部始終を語る。
 新たな冷戦の火種は、それ以前からあった。番組はグルジアのNATO加盟を巡り、賛成派のアメリカと反対派のドイツ、フランスの間で繰り広げられた交渉の舞台裏を明らかにしていく。加盟国は、ロシアの圧力に屈してグルジアの加盟を拒否するかどうかの選択に迫られていた。
 グルジア紛争は、フランスの仲介によって終結した。そのとき、サルコジ大統領とメドベージェフ大統領との間でどのような駆け引きがあったのか。当時 交渉に立ち会った政府関係者が、二人のやり取りを再現する。

23日(金)最終回「新しきロシアへ」
 アメリカの新しい顔となったオバマ大統領とプーチンから政権を引き継いだメドベージェフ大統領、そしてメドベージェフとプーチン、この2つの関係を描く。核兵器削減を目指すオバマにとって、ロシアとの関係修復は不可欠だった。オバマは権力を握り続けるプーチンではなく、メドベージェフへの働きかけを強めていく。2010年、核軍縮条約の交渉に参加した両国の元政府高官が、最後にメドベージェフとオバマの間で行われた電話のやり取りや、批准に至った経緯を振り返る。
 一方、メドベージェフは自らが目指す新しいロシア、民主主義と法に基づく国家を実現できずにいた。2008年の金融危機によって、国内の多くの企業が倒産。また、オリガルヒ(新興財閥)の一人、ホドルコフスキーの裁判についてオバマに「公正な裁判」を約束したにもかかわらず、プーチンの圧力に押され厳しい量刑を科すことになる。そして与党 統一ロシアは、2012年3月の大統領選挙にプーチンを党の候補として擁立することを正式に決めた。果たして、ロシアと欧米諸国の関係は再び、“同盟国”から“敵”へと変わっていくのか。

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メドベージェフ オリガルヒ サーカシビリ 統一ロシア メドベージェフ大統領 ウラジミール ウクライナの選挙 大統領選挙 クレムリン ユーシェンコ
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コメント

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Unknown (コソ泥とペテン師)
2011-12-24 21:55:27
コソ泥とペテン師観ました。なんで地上波で放送しないのか。20年前の名もなき英雄は今度も活躍するのかな・・民主党政権になり情報封鎖が日に日に進んでいる日本が怖い。

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