3月に惜しまれながら引退したJR西日本の寝台特急「トワイライトエクスプレス」が、旅行会社専用の団体専用臨時列車として再び走り出した。客室を最高レベルのタイプでそろえるなど〝豪華仕様〟で生まれ変わり、旅の舞台も大阪−札幌から西日本各地を回るルートに移った。日常から離れるトワイライトの醍醐味を味わうため、山口・下関から京都に向かう列車に乗り込んだ。旅の時間は約31時間。そこではツアー客や添乗員、車掌までが看板列車の復活に万感の思いを抱いていた。(高久清史)

添乗員の夫「妻も乗せてあげたい」

 2日午前7時すぎ、深緑の車体に黄のラインが映えるトワイライトは倉敷駅(岡山)に停車していた。ステンドグラスが華やかな食堂車で朝食が始まった。

 起きがけの体に優しい温野菜、スクランブルエッグを食べながら車窓に視線を移すと、ホームに通勤客や学生が列を作っていた。ガラス1枚を隔てて異なる時間の流れが、トワイライトの魅力を象徴していた。

 約20時間前の1日午前10時半すぎ、手を振る駅員、鉄道ファンらに見送られて下関駅を出発。山陽線、東海道線などを経由し、琵琶湖をゆっくり一周して京都駅へと向かう。

 客室は最上級のスイートとロイヤルルームのみ。食堂車で沿線の食材を使ったフランス料理などが振る舞われ、サロンカーでもシャンパン、ワイン、日本酒などを好きなだけ楽しめる。旅行代金も〝豪華〟で、今回の阪急交通社主催のツアーは乗車前日のホテル宿泊を含む2泊3日で35万−40万円に上る。

 「本当は妻も乗せてあげたい」。1日夕、食堂車でフランス料理を食べていた広島市安芸区のツアー添乗員の男性(58)はしみじみと語った。

 約1カ月前に添乗が決まり、妻は「いいね、仕事だから仕方ないね」とうらやましがった。列車が自宅近くの安芸中野駅に短時間止まることが分かると、妻は入場券を買ってホームまで来ると言っていた。

 この日夜、列車は10分前後、扉を閉じたまま駅に止まった。夫婦は携帯電話を握りしめ、窓越しに向き合っていた。

乗務回数100回超…車掌の感慨

 畳1畳あるかないかの車掌室で、車掌の広瀬英富さん(53)は山陽地方の夜景を見つめていた。

 復活以来、初めての乗務。「うれしいけど、見慣れた景色ではないから、しっくりこない」。

 トワイライトが華々しくデビューした平成元年、自身も駅勤務から車掌になり、大阪環状線で乗務した。トワイライトへのあこがれはずっと持ち続けた。15年、当時の上司に「乗るか?」と打診され、「お願いします」と答えた。

 この10年間で乗務回数は100回を超えた。豪華寝台特急ではあるが、「車掌室は夏は暑く、冬はすき間風が吹き込んだ」。深夜に車掌室を訪れ、鉄道愛を語りかけてくる乗客との交流も思い出深い。

 今回の乗務ではかつて使っていた車内放送の案内文、時刻表を持参した。「習慣ですかね」。そう笑う表情は誇らしげだった。

結婚半世紀、客室で語り合った夫婦

 広島市南区の石本弘生さん(79)と、妻の悦子さん(72)は結婚50周年を記念して乗車した。

 「雰囲気いいね」「幸せだね」。長い列車の旅で2人は客室で語り合った。食堂車では食事だけでなくクルーとの会話も楽しみ、柳井駅(山口)の停車中に催された駅周辺の観光名所めぐりでは白壁の街並みをゆっくり歩いた。

 2日夕、京都駅に列車が止まる。扉が開く直前、悦子さんは「ついちゃった」とつぶやいた。ホーム上では食堂車のクルーらが列をつくり、乗客を見送った。

 【用語解説】トワイライトエクスプレス

 平成元年7月に運行を開始。食堂車、サロンカーを連結し人気を博したが車両老朽化などの影響で今年3月に引退した。走行距離は約1900万キロ、乗客は約116万人。運行を望むファンらの声も後押しとなり、5月から山陽コースで団体専用臨時列車として運行、7月からは山陰コースも追加される。29年春に「トワイライトエクスプレス 瑞風(みずかぜ)」が運行を始める予定で、トワイライトの伝統が引き継がれる。


羨ましい~